三日月 六、
その男は、ななしを横に放り出すなり奇声を発しながら刀を抜いた。
「きえええええええっ!」
その勢いのままに慎之介の頭上目掛けて切り込んでくる。
思わず両腕を上げた慎之介の胴を、閃光の如き速さで刀の切っ先がかすめていった。
速い――。
そう思う間もなく次の一刀が繰り出されるが、慎之介も負けじとそれに応戦する。
慎之介の技は基本に忠実で洗練されたものである。しかし、男が放つ無言の攻撃は余りにも速い。
両者の刀が鋭い音をたてて合わさった。
「誰の命でここへ来た」
刀がぎりぎりと軋る。徐々に慎之介の足が後ろに下がっていった。
「もう一度聞く。誰の命だ」
男の顔が気味悪く歪んだ。つばぜり合いのすぐ間近にある慎之介の頬を、男の舌がべろりと舐める。
「――っ⁉」
慌てて身を引く慎之介の首を男が掴んで引き上げた。
「あれはどこにある?」
男の手が容赦なく首を締め上げる。刀がぼとりと床に落ちた。
「はな、せ……」
「さあ、あれを出せ」
「あれ、とは……」
意識が遠退きかけた慎之介の耳に、多嘉良の声が届いた。
「慎之介、これを使え!」
そう言って放ってよこしたものは、銀色に鈍く輝く懐剣であった。柄には片翼の龍の細工が彫り込まれてある。
「心の臓を狙うのじゃ!」
それを受け取った慎之介は、目の前の男の心臓に深々と剣を突き刺した。
「ぐおおおおおおおおおお…………」
苦悶の唸り声が響く。男の躰が空を泳ぎ、眼が虚ろに彷徨う。
その眼が、片隅で震えていたななしを捕えた。髪を結わえていた紐が解け髪が肩に掛かる様は、どうみても少女のそれであった。
「いたあああ」
刀を振り上げながらゆらりと男が近づく。
「ななし!」
多嘉良がななしの背に覆いかぶさるのと、男の刀が振り下ろされるのとはほぼ同時である。
その直後、慎之介は男の首を横一閃に切り落としていた。
何も感じることのなくなった躰はどうと地面に倒れ伏し、薄笑いを浮かべたままの首はごろごろと転がっていった。
「爺様?」
そしてここにも一つ。冷たくしおれた多嘉良の亡骸をななしが揺する。
「爺様、いやだ! ななしを一人にしないで!」
「多嘉良……」
横たわる多嘉良の傍らに膝を突いた慎之介は、見開かれた両瞼に掌を当ててそっと閉じた。
わかっている――。
「ななし、拙者と共に行こう」
ななしは暫く黙って慎之介を見上げていたが、やがってゆっくりと立ち上がり頷いた。