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三日月   五、

 人里離れた山深い場所に多嘉良とななしの住む家はある。崩れかけたそれは廃屋にしか見えず、どうひいき目に見たところで家と呼ぶにはあまりにも酷い有り様を呈していた。

 今も昔も外界との係わりを極力絶ってきたのだろう。以前の外岬の繁栄も、ここまでは届かなかったようだ。


「わしの薬はよう効くからな。ななしが城下まで売りに行くのじゃ」


 多嘉良が調合した神経痛や頭痛の薬は良い値で売れるのだという。しかしそれも買い手があればこそ。この治世ではそれすら難しい。


「このような所で寂しくはないか?」


 慎之介の問いに、多嘉良は珍しく真剣な面持ちで首を振った。


「寂しいことがあろうものか。わしにはななしがおる」

「ならば何故、拙者と共に行けと言う?」

「それとこれとは話が別じゃ」


 この老人の考えていることはわからぬ――。

 そう思う慎之介であったが、嫌いではなかった。どこか憎めないところがあるのだ。


「……鬼とは何だ?」


 赤や青の肌を持つ角を生やした醜悪な生き物。物語の中に住む空想の産物。そんなものが実在するとは到底信じる事が出来ない慎之介であった。


「そんなものがこの世に居ると申すのか?」


 多嘉良がその金つぼ(まなこ)で、ぎょろりと慎之介を見た。


「ああ、居る。昔からな」

「拙者は見たことがない」

「気付かないだけじゃ。わしなら匂いでわかる」

「匂い?」

「そう、匂い。人を惑わす匂いじゃ。……まあ、それもここ最近はわからんようになってきたがな。齢をとると鼻も効かんようになるわい」


 言いながら鼻をすすると、一つ大きなくしゃみをした。


「では、鬼を祓うとはどうする?」

「おぬし質問が多いのう。弟子にでもなろうというのではあるまいな。わしはもう弟子はとらん」


 そう言って再びくしゃみをした多嘉良が首を傾げた。


「おかしいのう」

「何がおかしい」

「いやいや、おぬしがおかしいとは言っておらん」

「……?」


 その時、外で隗の足の様子を診ていたななしの悲鳴が響いた。

 慎之介と多嘉良が慌てて土間に下りたと同時に障子戸が開く。


「多嘉良とはどいつじゃあ?」


 ひょろりと背の高い男が、肩にななしを抱えて立っていた。ななしが暴れるのも一向に気にならない様子で、慎之介と多嘉良の顔を見比べている。

 その眼はどろりと淀んでいた。


「多嘉良はこっちじゃ」


 そう言って慎之介を指差したのは多嘉良自身である。

 慎之介はその男から視線を外すことなく刀を抜いた。青眼の構えでゆっくりと間合いをとる。


「おぬしが多嘉良かあ?」

「何の用だ」


 男がにたりと笑った。

 


 

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