第2話 状況理解
ネタ少なめです。
シャルロット姫から一通り事情を聞き終えた神は、一旦平次の様子を見てくると姫に告げ、兵士の案内で平次の待つ来賓室へと足を運んだ。
「…何をしとるんだお前は」
「フハハハ! いやご苦労、ご苦労!」
来賓室の扉を開けると其所には、バスローブ姿でグラスを揺らしながら皮張りの椅子でふんぞり返る平次がいた。
「何か知らんがめちゃ堪能しとるな…」
「フハハハ、オレの聞いた限りではどうやら此方から元の世界に帰る手段は無いようなのでな。どうせなら勇者の立場を全力で楽しもうと思い至ったのだよ!フゥーハハハァ!」
この国において、異世界の客人であり伝説の救世主でもある勇者の待遇は当然、国賓以上となる。
平次は人生最高のブルジョワジーに浸りながら、グラスに注がれた葡萄ジュースをくいっと飲んだ。
「案外切り替え早いなお前…。まぁ、此方としては説得の手間が省けて有難い。さて…何から話すべきか。生憎私は人に説明するのは苦手なのだ」
「おぉ、そうだった。お前には聞きたいことが山ほどあんだよ」
「私はパイナップルは許せない派だぞ?」
「ちげーよ!!何で今テメェと酢豚談義繰り広げなきゃなんねぇんだよ!因みにオレも許せない派だよ気が合うな胸くそ悪い!そうじゃなくて、先ずは魔王やらこの国の状況やらを教えてくれ」
「ふむ、では魔族と人間との歴史から語ろうか…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
始まりは何時だろうか。遥か古来より、人間と魔族は互いに歪み嫌い合っていた。
僅かながら交流は有れど、価値観が、姿形が、生き方がどうしても噛み合わない。
相互理解を深める、などとは程遠い状況は幾千年の時を経た今になっても殆ど変わらなかった。
両種族とも身内の事で手一杯であり、倫理観も宗教も違う相手と態々交流するという発想自体、生まれなかったのだ。
さらに彼らの住む地には、切り立った山々や深い渓谷がこの冷えきった種族関係を具現化したように狭間に隔てている。
この互いに干渉しにくい環境ゆえ、種族間での侵略戦争など大規模な争いが起きることはただの一度も無かった。
…だがそこに突然、魔王を名乗るものが現れた。
魔王は魔族による世界征服の為に、魔族が崇める唯一の神・魔神ゴーヴェンの降臨を目論み、生け贄として適合する者を求めて人間の領地へ侵略行動を始めたのだ。
それに対し人間族は連合軍を建ち上げ対抗するも、魔王軍は圧倒的な武力をもってして破竹の勢いで近隣の国を次々と制圧し、数ヵ月後にはその魔の手は此処エスティアラ王国にまで迫る所まで来ているのだった。
現存の武力で対抗すれば敗北は必至。交渉の余地は皆無。
進退行き詰まったエスティアラ王国国王は苦悩と葛藤の末、藁にもすがる思いで禁忌を、古より祖国に伝わる勇者の召喚を提言した。
「……そして今に至る。という感じだな」
魔王の脅威から助けてください勇者様、つーことか。
ベタだねぇ…
「ふーん。んで、何でオレなんだ?自分で言うのもなんだが、特に取り柄のない一般学生だぞ。つーかお前がどうにかしろ」
「生憎、二級神以上の神が現世に直接干渉することは神法で禁止されている。ただ今回は異常事態だ、ある程度の行動は例外として認められるだろうが、魔王討伐など世に関わる事例には関与できん。精々お前のセコンドにしかなれんよ」
畜生!高見の見物かよ!
で、勇者がオレな訳は?
「それは、お前には『勇者足り得る魂』が宿っているからだ。」
「勇者足り得る魂??」
なんぞそれ。
「良いか、魂には練度というものがある。魂は輪廻転生を繰り返すことで鍛えられ、練磨され、徐々に格が上がっていく。そしてお前の魂は、凡人とは比較にならん程の極めて高い練度を誇っているのだ」
「つまりなんだ、オレって滅茶苦茶死んでるってことか?」
「いや、虫のように只死にまくれば良いものではない。生きている間どれだけ濃密な時を過ごしたかで質が決まる。要するにお前の前世は常にハチャメチャやって死にまくっとるということだ」
うわぁい、何その魂の芯まで染みた不幸属性。
「まぁ、そのお陰で神降ろしの陣にも問題無く引き寄せられたんだが。格で言えば、お前は既に神クラスだしな」
神クラスと言われても、恩恵を受けた覚えなんぞ無いのでピンとこない。
「まぁ、大体の事情は分かった。オレが選ばれた理由もちゃんとあって安心したぜ。もしテメェが適当に選んだんなら実写版ネ○ま全話をノンストップで強制視聴させてたとこだ」
「やめろ!!痛恥ずかしくて悶え死ぬわ!!!」
「ネ○まファンのダチに試した時は開始五分で赦しを乞われた…ん?誰だ?」
コンコン、と扉を叩く音がする。
異世界でもノックは共通のマナーのようだ。
「マツダ様、勇者様のご支度の方は宜しいでしょうか?」
松田を案内してきた兵士の声だ。
「支度?何の話だ?」
「おお、そうだった。ほれ平次、いつまでそんな格好をしている。早く着替えろ」
「んあ?何だよいきなり」
松田はクローゼットを開け放つと、アレとコレとと衣装を数着選び出しベットに放り投げた。
「決まってるだろう。国王に会いに行くのだ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「では、此方でお待ちください」
案内されてやって来たのは、映画の中でしか見たことの無いようなキンキラキンの巨大な扉の前。
所謂謁見の間という所だ。
この先に、この国の王が居るのか…
「何だお前、もしかして緊張しているのか?」
扉を見上げてぼうっとしていたオレに、衣装室から戻った松田が横から声をかける。
「いや、そういう訳じゃ…」
否定の言葉を発すると共に視線を隣に向けて、そこに立つ人物に思わず目を奪われた。
あの奇抜なポンチョルックから一転、機能性を重視させながら気品のある白のドレスを優雅に着こなすご令嬢、いや、松田が居た。
「ほう、中々似合っているじゃないか」
松田は腰に手を当て、オレを上下に見やる。
「テメェが選んだんだろ。似合ってなきゃブッ飛ばすつもりだったぜ」
一瞬でも見惚れてしまったことを悟られたくなくて、動揺を圧し殺して目を合わせずに扉へと向き直る。
「おぉ、コワイコワイ。だがお前は元々素材が良い。それなりに自信を持っていても構わんと思うぞ?」
「へぇへぇ、下手な御世辞は結構。素材云々なら鏡を見りゃ一級品のが写ってんだろうが。イヤミかお前」
女の子…っつーか神だし、比べるのもオカシイが。
「…………」
「……何だよ?」
てっきり当然だ、とか偉そうな事を言うと思ったが、予想に反して返ってきたのは沈黙だった。
「…いや、職業柄人に誉められるということに慣れてないのだ。気にするな」
いつもより小さな声でそう言うと、僅かに頬を紅潮させて扉へ向き直ってしまった。
「さ、さて、さくっと挨拶を済ませるか」
「あぁ」
扉が重々しく開かれ、オレ達は赤い絨毯の先へと足を踏み入れた。