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こぼれ落ちたもの

暗闇の中、一筋の光が少女を照らす。

泥と血は乾き、動かないその様はまるでボロボロになった人形のようだった。

風が崩れ落ちた大地の隙間から吹き込むと、寒かったのか少女は軽く身じろぎする。


生きていた。


よく見ればかすかに膨らみを帯びた胸も上下していて穏やかに呼吸をしている事が見て取れる。

その少女を見つめる目があった。男だ。苦悩と憎しみに彩られた双眸で闇の中から少女のその白く細い首に手を伸ばす。もう少しで手が届く、という所で男は手を止めた。すぐ近くで声がしたからであった。それは少女を呼ぶ声だ。何人もの人間が足音を響かせながらまっすぐにこちらへと向かって来る。


先程、魔術を使った轟音はたやすく彼らをアノ場所に誘った事であろう。あの場所自体にもう用はない。自分があの場に至った事でその役目を果たしたのだから。

ただ、彼らは見た事だろう。大地を染める血と落ちた杖。少女の身に何かあったと容易に知れるそれ。

愛している者を失うかも知れない彼らのその焦り。それは甘美に自分の胸を焦がし、うっとりとした昏い喜びを与えた。この手でその絶望を味あわせたい………けれど、残念ながら時間切れだった。少女の血の跡を追ってきたであろう者たちは今にも大地に空いた穴に辿り着くだろう。機会はまだあるはずだった。いつでも自分は少女の傍に行けるのだから。うっとり微笑むと、男は少女の頬をその手でひと撫でして闇の中へと消えていった。



       ※        ※         ※



呼ばれた気がして重い瞼を開ける。それは意志の力を総動員してもかなりの重労働だった。


―――ね………むい………。


身体に力が入らない。まるで、まるで自分の身体ではないみたいに。

すぐ近くで誰かがホッと息を吐く音がした。顔は逆光で見えないけれど、鎧に身を纏った男であるのは理解できた。目を開けた私を見て何か言っている。言葉は聞こえているはずなのに頭の中で意味をなさずにただ流れていってしまった。やはり身体に力が入らない。ただひたすらに眠かった。ふと、見上げると天上に空いた穴の上に何人もの人がいた。こちらも逆光で顔が見えないが心配そうに覗き込んでいるとわかる。


―――あそこから落ちたのか………。


身体の周囲に目を向ければ落ち葉の上に石も転がっている。不思議と身体は痛くなかった。あそこから落ちて無傷だなんて………なんて幸運だったんだろうと場違いな事を考える。それより、私が落ちたであろう穴の周りにあんなに人がいて大丈夫なのかしら、と思っていたら穴全体を淡い光が包んでいるのが目に入った。どうやら魔術で補強してあるようだ。すぐ横にいた男が上に向かって顔をあげた。

顔を上げる瞬間に初めて逆光ではない男の顔が見て取れた。男と言うには少々若い、青年と言う位の歳だろう。精悍な顔立ちに夜を閉じ込めたような黒髪そして目の色は鷹のような黄金色をしていた。

誰だろう?知らない人だ。今にも眠りに落ちそうな瞼を一生懸命開いて彼を見る。


「あな、た、は、だ………れ?」


唯一呟かれた言葉に、青年がぎょっとした顔で振り返る。

慌てた様子で何か言っているのは分かったのに、やはり言葉は頭の中で意味をなさない。

意味をなさないそのままに私の意識は闇へと沈んだ。



         ※        ※         ※



フィアナレーデが意識を失う直前に呟いた言葉は彼にとって衝撃的だった。

よりにもよって幼馴染で護衛騎士の自分に誰?なんて。それでも今ここにいたのが自分で良かったと思った。フィアの婚約者で幼馴染のラーダリオ………ラーダが今のセリフを聞いたのならきっとショック死してるに違いない。同僚に任せて本営に置いてきたのは正解だった。


―――落下による一時的なショックだろうか………?


もしかしたら、記憶を失っているのかも知れない………そんな一抹の不安が胸を過ぎる。

その不安を首を振って否定しながらフィアの肩を看た。出血した跡があるというのに………ちぎれた服の隙間から見えるその肩は滑らかな傷一つないものである。フィアに医療系の魔術は使えない。誰かがここにいたのだろうか?彼女を助けていなくなった?そして別の誰かもいたはずなのだ。フィアを傷つけた何者かも………。どちらにしても、彼女が国王陛下より賜った一か月の調査期間はなかったものになるだろう。一国の王女が怪我をした状況で(治っているようだが)危険な何者かが森に潜んでいると思われるこの状況で調査が続行できるとは思わない。フィアは落胆するだろうが………目が覚めて落ち着いたら襲撃者の事も確認しなければならないが………今は本営に戻り、速やかに撤収準備をするのが良さそうだった。国に帰ればきっと皆でグレイシア王女の小言を聞く羽目になるだろう。

それでもいい。無事に小言が聞けそうな状況で良かったと思った。

この、自分にとって妹のようなフィアが失われていたらと思うと心臓が凍りそうだ。

取りあえず、魔術の網を上から降ろしてもらいフィアを引き上げる事にすると彼は一人安堵の息を吐いた。

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