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もつれた糸の先~始まり~

廃墟となった建物を覆い尽くすように木々が青々とした葉を茂らせる。

―――そこは深い森だった。

陽の光も陰るそこを走る影がある。美しい少女だ。

薔薇色の頬が紅く色づき、額に掛る汗に濡れた蜂蜜色の髪も艶やかに………。

けれど、彼女が置かれた状況は決して穏やかなものではなかった。

軽装備とはいえ王国の鎧に身を包まれたその姿は髪が乱れ、転んだのか泥にまみれていた。

そして少女が高貴な身分であるとわかる刺繍の施された豪華な絹地は破れ、血に汚れている。

何よりも痛々しいのはその左手であった。

右腕で抑えているそれは肩のあたりが真っ赤に染まり、走るたびに力なく揺れている。

少女は固く唇を噛み締めると意志の強い藍色の瞳で前を睨みつけた。

追手の気配はない。けど、少女は油断なく進む。本営に戻る事はできない。

先程の混乱でもはやこの森の中、どちらの方角に行けば辿り着けるかわからないからだった。


――――どうしてこんなことに………。


少女の目に涙が滲む。

信頼していた。家族のように想っていた。皆と同じに大好きだった。


――――なのに。


前から、騙していたのだろうか………。

自分を。兄弟たちを。父上を?母上を?そして国民をも。

どこからが嘘でどこからが本当なのか、それすらもわからない混乱した思考でただ走り続けた。

でも、と思う。もしかしたら彼がおかしくなったのはこの森に来てからではなかったか。

ふとした瞬間に、ぼうっとすることが多くなった。

どうしたのかと聞くと少し疲れたみたいだ、と。

父上に与えられた期間は1カ月。少しでも滞在期間を延ばそうとここまで強行軍で来たのだから確かに疲れもするだろうと、そう納得してしまったが………本当にそうだったのだろうか。

思い出すのは微笑み。アレを見てしまった自分を咎めるわけでもなくただ、嬉しそうに微笑んで………

彼は自分に攻撃をしたのだ。繰り出された魔術は決して遊びで放たれた者ではなく、当たれば人など簡単に殺せる代物で………。どうやってそれから逃れられたのかは定かではない。ただ、日頃の訓練のお陰で身体が勝手に反応してくれたのだ。逃げる間際、足止めのために放った電撃が彼に直撃したのを見た。暫くは追ってこれないはずだった。それでも彼の放った衝撃派は自分の左肩を砕き愛用の杖もそこで取り落とさせるには十分だったけれど。


――――こんなことなら、姉上の言うことを聞いておけば良かったんだわ。


すぐ上の姉、グレイシアは今回の調査団の派遣に反対だった。300年の月日が経っているとはいえこの場所は、不穏な噂が多すぎる。過去に二回ほど調査団が向かった時にも死人が出ているのだ。まして、夜になれば苦しみ蠢く人々の声がする、とかフワフワと浮かぶ人魂を見た、などの怪異譚にも事欠かないこの場所に妹が行く事を姉が心配するのはもっともだった。それを押して来たのは自分だ。今回の調査団に加わりたいと。もともと300年前の天翔船の事故の原因を研究している自分である。次の調査団が組まれるのは自分が生きているうちにあるかどうかもわからない―――そう強請って父上を説得したのはついこの前だ。思えば、自分が彼を巻き込んだのかも知れなかった。


――――わたくしが行く、と言わなければ………。


きっと彼はついて来なかっただろう。そう思うと余計に自分に腹が立つ。

ガクガクと笑う膝に足がもつれてそのまま身体がその場に崩れ落ちる。バランスをとれぬまま左肩から落ちてしまい激痛が全身を走った。あまりの事に息がとまる。動けるようになるまで暫くそのまま蹲り痛みによる吐き気を宥めて過ごした。落ち着いて来た所で止めていた息をそろそろと吐き出すと吸い込んだ空気は噎せ返るような腐葉土の香りがした。………これが現実であると言われた気がして意志を込めた瞳を前に向けると自然と右手の拳を握りしめる。


――――生きて帰らねば………。


生きて帰らねばならない義務がある。彼が、真実禁忌を犯そうと言うのであれば、自分がそれを国に報せねばならない。それにもしかしたら………彼を元に戻す術もあるかもしれない。あれは違う。きっと彼ではない。微笑みながら誰かを傷つけられる人ではないと自分は知っていたはずだ。

ふと、左に目をやると木々の隙間から巨大な尖塔が見えた。荒い呼吸を整えて立ち上がる。

古い地図に描かれていた王城の塔の一つだと思われた。あそこに行けば大まかな位置がわかる。

もし塔にのぼる事が出来れば本営の位置もわかる事だろう。そう考えて一歩を踏み出した時だった。


大地が消えた。自分にはそう思えた。実際は空洞が落ちた枝と落ち葉によって隠されていただけなのだけれど。驚いた顔そのままに深い闇に―――堕ちた。


―――身体の感覚がない………。


耳は聞こえている。自分の荒い呼吸が聞こえる。でも、手も足も動かせる気がしなかった。落ちてきた場所からは木漏れ日に輝く梢が見える。かつては部屋であったのだろうそこは朽ちかけた石壁に囲まれていた。床には落ち葉と崩れた石が散乱している。奥の方は見えなかった。昏い闇がただそこに威圧感を持って存在していた。

自分は何と運がないのか………。このままここで落ち葉に埋もれ朽ち果てていくのだろう。伝えなければならないのに。帰らなければならないのに。

喉の奥から………ごぽりと血がせり上がってくるのがわかった。肺をやられたのか―――痛みがないのが不思議だった。突然の事で身体が麻痺したのだろうか。

急に目の前がぼやけ始めて驚いた。ぽろぽろと涙が頬を伝う事で自分が泣いているのだと気がつく。

悔しいのか、哀しいのかそれとも国の行く末を憂いているのか………。ただ


―――どうして………どうしてっ………っどうしてっっ!!!………何故………?


という思いだけが心を荒れ狂う。暫くその嵐に心を委ねて声を殺してひとしきり泣くと少しだけ心が落ち着いた。まだできる事はあるかもしれない。何か国に報せを送る手段を考えなければならなかった。残された時間の中で、できることを探さねば………。

ふと、気配を感じた。何者かがこちらを窺っている気配。不思議と恐怖は感じなかった。今、祖国の危機を誰にも報せる事が出来ないままに死ぬよりも怖い事などありはしないと血の気の失せた唇を開く。

「だ………れ………?」

声は信じられないほど弱々しく響き少女は顔を顰めて苦笑した。

「そこに、いる………でしょう」

意識しながら言葉を紡ぐ。肺をやられているせいか一言声を発するたびに酷く苦しく感じた。

『………』

答えは無い。

「お前が………、神、でも魔でも、構わない」

首を闇の奥へと向ける。

「わたくし、の身体も、魂もあげる、だから、わたくしの願い、を聞きなさい」

『………』

闇から、すらりと女の手が伸びてくる。しなやかで美しい手。その手は昏く闇色をしていた。

戸惑いが生まれる。それは300年前の事故の原因と似通っていて………。でも超常の力を持つものであれば願いを聞き届けてくれるかもしれないという思いで言葉を絞り出す。

「願いを、聞いて………っ」

女の手は少しためらった後、少女の髪を整え優しく撫で続けた。それはまるで、母親が子供をあやすように………安心させるように。何か声を聞いたような気がしたけれど少女にはもう分らなかった。意識が完全に途切れるその瞬間まで少女は願いをうわ言のように囁き続けた。

もつれた糸の先の話です。ここから新たな物語が始まります。

ネット投稿初作品で拙いトコロが満載ですがお付き合い頂ければ幸いです。

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