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おぼろげなる我が身


「ライガ・ピント・ティアレス」


精霊術士であったラドクリフには使えようもない魔法がその唇から迸る。と、小さな雷が大地を抉った。ルドはフィアを庇いながら後ろにさがる。


「ラシルディア」


ルドは腰の剣を逆手に構え、柄頭の疑似宝珠オプトルを掲げるとシールドの呪文を唱えた。薄く輝く光の幕が二人を包み雷が弾ける。


「あまり、抵抗しないで欲しいのですがね。フィア姫の身体に傷は付けたくない」


「冗談だろう。おいそれとフィアに傷を付けさせる気もないが、貴様にくれてやる気もない!」


「ふん。君の顔は僕のもっとも嫌いな男に良く似ている………苦しみの中で殺して差し上げましょう」


瞳に狂気と憎しみを湛えてエルクが更に呪文を唱えた。


「深淵に落ちるがいい………。ディプリス」


ルドの足元に黒円ができる。その中からギチギチと音を立てて口だけの黒い魔物が何匹も現れる。


「ルド様っ!!」


「ぐわっ」


禁術とされる類の暗黒魔法だ。慌ててフィアがルドを引っ張るが、左足がズタズタに引き裂かれた。


「全身喰らい尽くされてしまえば良かったのに。残念ですね」


「あなたは!自分が何をなさっているのか分かっているのですか?!こんな酷い………」


ルドを抱きかかえたフィアが涙交じりに問う。


「お優しい姫様。僕にはあなたもその男もどうでもいいんです。僕のアーナさえ手にはいればね」


「そんなことっ!そのアーナさんがこんな事で喜ぶとでも?」


「喜びはしないでしょうねぇ。でも構わない」


嗤うエルクに怖れを感じながらフィアは震えた。


「あなたは………その方を愛してるのではないのですか?」


「?愛してますよ?そしてこの世で一番憎んでいます」


「っ………!」


「フィア、そんな奴にまともに話しかけるな。結局この男は自分しか愛してないんだ。独りよがりの子供の我儘みたいにな」


「あなたに言われる筋合いはない。顔だけでなく、性格まで腹立たしい男だ………ライガ・ピント・ティアレス」


エルクはそう言うとルドの左足を狙って雷を放つ。


「ぐあぁっ」


落ちた雷に焼かれルドの黒く焦げた左足が異臭を放つ。

顔色を失ったフィアが息をのんでエルクを睨んだ。


「いい顔だ。あなたの顔は憎しみを孕んでいても美しい。さぁ、姫この男を苦しませて殺したらあなたは私と共に行くしかない。記憶喪失で大変助かりました。魔法が使えればこの苦境を切り抜けられたかも知れないですからね?」


こんな事をしているとも思えない爽やかな笑みを浮かべてエルクが言う。その言葉にフィアは唇を噛んだ。ここに杖もなく、何もできないわが身が悔しい。


「あぁ、他の助けは期待しない事です。ここは城の裏手。あなた方を見つけた時に私が結界を張りました。ここの騒ぎは誰も気づかないし、ここに来れたとしても中に入れません。………時間を稼ごうとしていたみたいですが残念ですね」


「くそっ」


ルドが舌打ちすると剣にすがって無理やり身体をおこす。


「大した精神力ですねぇ………ゴキブリ並みの。その状態で立ちますか。流石は護衛騎士団長というところですかね。相当の痛みがあるはずですけど。けなげな話だ。自分が囮にでもなって姫君を助けようとでも?」


「はっ。俺はまだ戦える。それだけだ。確かに痛みはあるが、あんたの雷のお陰で出血は止まったからな。神経は繋がってるんだ足は動く」


言葉の威勢はいいが額に浮かんだ脂汗が痛みが酷い事を窺わせる。そんなルドを見てフィアは決心したように言葉を発した。


「もうやめて下さいっ!私が一緒に行けばルド様を助けて頂けますか?」


ルドの前に庇うように立ち、フィアが言う。


「なっ!馬鹿フィアっさがれ!!」


ルドが慌てて前に出ようとするがままならない。


「そうしてあげたいのは山々ですが彼は少々私の勘に触る。顔と言い、呼び名といい、性格といい、どれ一つとしてこの世に存在する事を看過できないのです。可哀想ですが、これも定めと思って死んで貰おうと思います」


そんな、と唇を震わせますます、血の気を失っていくフィアに対し、あはははと笑ってエルクが黒杖を掲げる―――。


「ウィルダ・ドゥ・レース」


ルドがフィアを庇う事を見越してエルクは攻撃魔法を放つ。風の魔法がフィアを抱え込んでかばったルドの全身を切り裂いた。血しぶきが辺りに舞う。


「いやあっ!!!」


フィアがさけんだ瞬間光が弾けた。


パキンッ


音を立てて結界が崩れ落ちる。


「はははははっ。この力はっ!………アーナと同じ。ますますもってその身体、器に相応しいっ」


しゅうしゅうと煙をあげてエルクが叫ぶ。その身体は光に焼かれたようにボロボロになっていた。


「ふふふ。面白い。とはいえ今ので援軍が来てしまいますね。今日の機会を逸してしまうのは残念ですが、私の身体も回復が必要だ。あなたの身体を手に入れるのはまたの機会に」


そう言うと、エルクは自身の影に埋もれて消えた。


「ルド様っ」


ぐったりした様子のルドにフィアが縋り付く。


「大、丈夫だ。済まん。怖い思いをさせたな」


「そんなこといいんです。あぁ、どうしよう血が………」


ダラダラと流れ落ちる血にフィアが泣きそうな顔になる。傷が多すぎて何処の血も止められない。首に至っては動脈を損傷したようで勢いよく出る血がフィアのドレスを赤く染める。


「私のせいですっ………私の」


「フィアの所為じゃないさ。これもまた俺の運命だったんだ。気にするな」


援軍が来るまで持ちそうもないと悟ったルドが慰めるようにフィアに笑いかける。


「いやっ!そんなことおっしゃらないで下さい………私………いやです、そんなの!!」


―――アレイズ・ディラムザ


まるでその思いに応えるようにフィアの脳裏にこの言葉が浮かぶ。何かに突き動かされるようにフィアはその呪文を唱えた。


「アレイズ・ディラムザっ!」


優しい、暖かな光がルドを包んだ。するとみるみるルドの傷がふさがっていく。左あしですら引き攣れた後を微かに残して完治した。


「あ………私?」


自分のしたことに驚いたフィアが自分の手を見る。そんなフィアをよそにルドが目を見張って凍りついていた。


「馬鹿な………。―――君は誰だ?」


フィアに茫然としたルドが囁くようにかけた声は信じられないもので―――。


「え?」


ルドを助けられた事で笑顔になっていたフィアが唖然とした顔で聞き返す。


「フィアは回復の呪文を使えない。生まれつきの魂の欠陥なんだ。だがいまのは………」


「そんな、私ただ夢中で」


ルドから聞かされる言葉がフィアの心を抉っていった。自分が誰かなんて記憶を失っているフィアには分かりようもない。けれど。魂の欠陥は転生するたびついて回る。フィアが回復魔法を使えないのであったのならこの先も、使えようがないのだ。その言葉に形のない不安がフィアの心を震わせる。


「っ。済まない。こんなこと言って。だが………」


ルドが何か言いかけた所でラーダの声が聞こえた。


「今のはなんだっ?………おいっ無事か?!」


血まみれの二人にラーダが息をのむ。


「フィアっ」


「無事だ。フィアのドレスの血は俺のだ。俺の傷は………俺の持ってた魔導石で治した」


明らかに嘘を吐いたルドにフィアの肩がピクンと震える。


「じゃあ、二人とも無事なんだな?一体何があったんだ?」


「長い話になるぞ。陛下にも報告しなかれば。………フィアは今回の事でショックを受けてる。俺の血で汚れてるし風呂に入らせて、落ち着けるようにしてやったほうがいい。俺は着替えてから陛下に取り次ぎを頼むからお前はフィアを部屋に送ってやれ」


「あ、ああ。じゃあフィア行こうか」


振り向かないルドの背中を見送ってフィアはラーダの手を取って立ちあがった。頭の中はまだぐるぐるとさっきの言葉を繰り返している。


―――君は誰だ?―――………私は誰?


ラーダが気遣って何か話しかけていたが、今のフィアの心には届かなかった。








相変わらず、可哀想なラーダさん。フィアに偽フィア(?)疑惑浮上。

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