5.3 妖
俺達が乗る馬車が止まると、森の中から3つの人影が出てきた。しかし、それは人ではなく人型をした黒いゲル状の体の全身に大量の目を持つ化け物であった。
「この気持ち悪い化け物はなんだ?」
「ケン様、あれはツクモと呼ばれる妖です。1つの目を持つ球体のアクタと言う妖が99匹集まってできた妖です」
「あやかし?」
「はい、ギルドではモンスターと呼ばれる存在です。基本的には『進化の道』の分類で『妖』に分類されている存在が該当しますね。この本を書いたゲオルク・フィッツロイ様もこれら妖については充分な分析や検討、考察はできなかったそうです」
「なるほどな。それでツクモの討伐方法はわかっているのか?」
「はい、目を潰せば構成しているアクタが消滅するので、99匹全てのアクタを消滅させればツクモの討伐となります。決して難しい事ではないですが、分泌する毒には注意してください。皮膚に付着すれば、その部分の表皮が剥がれ落ちてしまいます」
えっと、ここには3体のツクモがいるから、297個の目を潰さなければならないのか。
「毒、危なすぎだろ」
「そうですね。しかも、アクタには恐怖心がないので、いくつか目を潰したとしても怯むことなく動物に襲いかかってきます」
ジリジリと3体のツクモが距離を詰めてきている。
「厄介だな。動物を襲うなら、馬車の馬を守る必要もあるな。それだけじゃないな、イルさんは素手だから戦闘に参加できないのか?」
「申し訳ございません。その通りです」
「いや、戦闘には相性があるからな。仕方がない。じゃあ、カレンはイルさんと馬を守っておいてくれ。ツクモは俺が何とかする」
「1人で大丈夫ですか?私も戦闘に参加した方が良いと思うんですが」
「大丈夫だ。俺の才能なら何とかなるだろ」
「わかりました。一応 援護できるようにはしておきます」
「おう、よろしく頼む」
俺が指示を出すとカレンは空気の壁を4方向に作り出し、馬とイルさんと共に完全な守りの中にその身を置いた。
一方、俺はツクモのうちの1体を斬り裂いた。すると剣の太刀筋にあった5個程度の目は切れて黒い霧となって消滅し、2つに裂かれた個体はそれぞれ別個体として形を整えていた。
動きは遅いし、攻撃も通る。これは意外と1人でも何とか なりそうだな。
―――
そう思っていた俺であったが、数の多さに身体がついていかなくなった。カレンも風の壁の中から光の槍を飛ばして援護してくれているのだが、あまりの数にどうしても捌ききれない。
飛び散った毒が数滴 身体に触れて表皮が剥がれ落ち、ヒリヒリと痛む。
さて、どうしたものか…。数にしておよそ80匹。そのほとんどが単体にまで分かれていたため、小さくて攻撃が当てにくい。
「ケンさん!後ろです!」
カレンの声を聞いて振り返ると俺の後方から6匹のアクタが俺に飛び掛かっていた。油断した、対応ができない。
しかし、そのアクタ達は俺に到達する前に空中で霧散した。
「やあやあ、キミ達お困りのようだね。オレで良ければ手を貸そうか?」
黒い霧となって消えたアクタがいた場所には1人の若い男が立っていた。男は青白い髪をしていて、俺と同じくらいの身長ではあるが俺より細く、手には細い短剣を持っていた。
「あんたは?」
「オレかい?オレはたまたま通りかかっただけの旅人さ。困っているようだから手助けしようと思ってね。キミ達が助けはいらないって言うなら話は別だけどね」
「いや、申し訳ないんだが助けて貰えるか?」
「了解了解」
助けに入ってくれた男は凄まじく強く、そして目で追えないほどに素早かった。あっという間にアクタは消え去り、先程までの苦労が嘘のようだった。
―――
「ありがとう、助かった」
「礼には及ばないよ。オレはたまたま通りかかっただけさ」
「何か礼をさせてくれないか?ええっと…」
「あ、オレはジン・クロス。キミ達は冒険者かな?」
「ああ、俺と この魔法使いのカレンは同じパーティで活動している冒険者だ。今は仕事で帝都まで行くところだ」
「そうかい そうかい。お礼してくれるって言うならさ、頼みを1つ聞いて欲しいんだけど良いかな?」
「ああ、俺達が実現できる範囲なら」
「じゃあさ、キミ達の冒険者パーティにオレも入れてくれないかな?実はオレも冒険者なんだ」
「俺は別に良いが、カレンはどうなんだ?」
「私も構いませんよ」
「それならオレも仲間としてこれからよろしく頼むよ」
「おう、よろしく。おっと、自己紹介が遅れたな。俺は柊健。そしてこっちは…」
「ミヤモト・カレンです。よろしくお願いします」
「ケンに、カレンちゃんか。それにしてもカレンちゃんは名前に相応しく可憐で美しいね。それで、パーティの一員でもない後ろのカレは誰なんだい?」
「彼は今回の依頼の協力者でイルさんだ」
「イル・イージスです。以後お見知りおきを」
「理解理解。それでオレ達のパーティのリーダーはどっちなんだい?」
「リーダー?考えたこともなかったな」
「そうですね。まあ、ケンさんってことで良いんじゃないですか?」
「そうだな。そういえば、俺からも質問したいことがあるんだが、良いか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「ケン様、ジン様、申し訳ないのですが、続きは馬車の上でお話ししていただいてもよろしいでしょうか?日があるうちに森を抜けたいので」
「おお、そうだな」
俺達は馬車に乗り込んで話を続けた。
―――
「それで俺からの質問なんだが、俺達のパーティに入りたかった理由は何だ?」
「理由は主に2つかな。まずはカレンちゃんが可愛いから。可愛い女の子とパーティを組める機会なんてそうそうないからね」
こいつ、そんな理由でパーティに入りたがったのか、とんだ軟派野郎だな。
つか、カレンはカレンで少し赤くなっているし。
「私なんて、そんな、可愛くないですよ」
「あー、ジン。口説いているところ悪いんだが、もう1つの理由っていうのは?」
「ああ、それはね、ケン。キミの戦闘に少し興味が湧いてね」
「俺の戦闘?でも、魔法剣士なんてそこまで珍しくもないんだろ?」
「戦い方と言う話ではなくてね、キミの戦闘には少し迷いがあった。キミは人を殺した事がないでしょ?」
「そりゃ当然あるわけがないだろ。逆に質問するようになるが、ジンだってないだろ?」
「いや、オレはあるよ。だってオレの前の仕事は殺し屋だからね」
ジンの優しく明るい声と反するような言葉に、俺はまるで背筋に氷を入れられたようなゾクリとした寒気を感じた。




