5.2 国境を越えて
国境までがやたらと遠かった。2ヶ月の旅のうち、まさか1ヵ月と3週間ほどを国境までで使うとは思ってもみなかった。
そのため、出発当初に抱いていた敵国に行くなんて気持ちはどこかに行ってしまったぐらいだ。しかし、それほどまでに平穏な移動をしていたので、カレンから5個の魔法を教えて貰い、使うことができるようになっていた。
1つ目は「ミラージュ」と言う名前の火と風の複合属性の魔法だ。一定範囲内を歪めて座標の認識をずらす魔法である。そのため、俺がイメージしていたような任意の幻影を投影するようなことはできないそうだ。この性能だとせいぜい狙撃を防ぐぐらいが関の山だろう。
2つ目は「ウインドウォール」という魔法で、その名の通り壁を作る魔法だ。「カーム」が自分を中心に円柱状の、例えるならばトイレットペーパーの芯のような形の壁を作るのに比べ、こちらは縦5m、横5m程度の正方形の板のような壁を前面にだけ作る。
3つ目は「フレイムブレス」。ブレスと言っても口から火を吐き出すわけではなく、手から放たれる。見た目がドラゴンのブレスのようなので、きっとそこから命名されたのだろう。
さて、ここまでは実戦で使えそうな魔法はここまでだが、残りの2つはあまり使えそうにない。
では、何故そんな魔法を覚える事になったのかと言う話になるが、理由は単純で俺達が馬車で移動しているからだ。
最初は実戦で使えそうなものを覚えていったのだが、魔法の攻撃力が上がっていくにつれて馬車を破壊しかねない威力になってしまったので、馬車を壊さないような魔法を覚える事にしたのだ。
そんな感じで覚えた4つ目の魔法は「サイレント」。しばらくの間、自分の声が誰にも聞こえなくなり、逆に自分の声以外が聞こえなくなる魔法だ。これは正直 使い道がないだろう。まあ、静かに本を読みたい時ぐらいか?でも声以外は聞こえるし、本当に使い道がないな。
5つ目は「リフレイン」。世界で最後に使われた魔法を使う魔法だ。一見すると実戦で使えそうな感じを受けるが、「世界で」と言うところが この魔法の使えなさを物語っている。ほとんど運試しみたいな魔法だ。戦闘中に使って「サイレント」みたいな魔法を引いてしまったら目も当てられない。
「ケン様、そろそろ国境ですよ。あそこに見えるのが、王国の最西端の砦ですよ」
そう言ってイルさんは2つ見える砦のうちの右手前にある大きな砦を指差した。ここは草原で、目立ったものは2つの砦くらいしかない。
この辺りはかつて戦場となっていて、休戦と共に両国の砦が建てられたらしい。
「そういえば、イルさん。国境を通る際に審査とかあるのか?」
「審査、ですか?何を審査するのでしょう?」
「そりゃ国境を跨いで良いのかどうかを審査するんだろ、身元とか。変な奴を自国に入れないように」
「そんな事を通る全員に行っていたら人手が足りませんよ。流石に大人数や危険そうな人物でしたら砦の者が降りてきて質問するようですけど」
なんだろう、この得も言われぬ感じは。俺は元の世界の常識を言っただけなのに世間知らずみたいに思われたのが何となく不服だ。
「あ、ケンさん。そういえば、あの砦にはエーシャア王国最強の騎士がいるそうですよ」
「へえ、そうなのか」
「カレン様、それはきっとナカムラ・リン様の事ですね。確かに彼女はあの砦で仕事にあたっていると思いますよ。この国の最強の騎士は黒騎士と呼ばれ、国を守るために国境のあの砦に常駐しているのです」
「最強の騎士と言うぐらいなんだから相当強いんだろ?」
「そうですね、強いですよ。実はナカムラ・リン様は異能を1つも所持していないのです。しかし、彼女は最強の騎士として名を馳せています。これが何を意味しているのか分かりますか?」
「純粋な身体能力だけで黒騎士になっているって事だな」
「そうです。彼女は その身と剣しか使わずに最強の騎士となったのです。そのような方は歴代の黒騎士の中にもいませんよ。大概の方は超能力で身を強化し、それ以外の人は魔法剣士として黒騎士になっていましたからね」
「なるほどな、是非会ってみたいものだ」
「そうですね…。ケン様が国の式典に参加するような事があればお会いすることもできるでしょう」
「それなら可能性はほとんどなさそうだな。それで、国境はどこなんだ?」
「もう通り過ぎましたよ」
「審査どころか国境を示す物すらないなんてな」
「休戦中で国境は明確に決まっておりませんので、お互いの国が任意に場所を定めていると言ったところですね」
「ああ、そういことか。休戦じゃなく終戦ならば良いんだけどな」
「そうですね。終戦となれば民も安心して暮らせますからね」
―――
国境を越えて小高い岩山を1つ超えると森が広がっていた。所々木が生えていない場所はあったが、森は岩山の上から見ても終わりが見えないほどに広がっていた。道もほとんど獣道のようなものだった。
森の中を30分ほど進むと俺達をつけるいくつかの気配を感じた。




