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断罪の舞踏会で婚約破棄された公爵令嬢ですが、姉妹交換婚約を古い掟でひっくり返して隣国皇太子の婚約者になったので元婚約者ごと婚約制度をざまぁします

作者: 夢見叶

『断罪の舞踏会は、婚約者交換会でした』


ご要望の条件に合わせて、一人称・ライトノベル風で本編を書いていきます。


――――


 「公爵令嬢ユリシエラ・フェルノート。そなたとの婚約を、ここに破棄する!」


 高く響くその声に、私は手にしていたグラスを落とした。


 割れた。はずなのに、音が聞こえない。


 目の前では、王城の大広間。天井からは巨大なシャンデリア。金と宝石の光。色とりどりのドレスと軍服。楽団はぴたりと演奏を止め、代わりにざわざわと人々のささやきが波のように広がっていく。


 ああ。来てしまった。


 前世で何度も読んだ、乙女ゲームの「断罪イベント」。


 そのど真ん中に、私はいる。


 違うのは、画面の向こうではなく、私の膝が今、本当に笑っていることくらい。


「殿下、今のは……」


 かろうじて声を出すと、王太子アルヴァンは、青い瞳を冷たく細めた。


「聞こえなかったのか、ユリシエラ。そなたとの婚約を破棄すると言ったのだ」


 ざわ、と一段階大きくざわめきが広がる。


 やめてほしい。そんなふうに、わざわざ繰り返さないでほしい。


 私の心臓が、ばくばくと騒ぎ出す。逃げ場のない鼓動。


「理由を、お聞かせいただけますか」


 公爵令嬢として、どうにか体裁だけは保つ声で尋ねると、彼は待ってましたと言わんばかりに手を広げた。


「理由は明白だ。ミレイナを虐げ、侮辱し、学院で孤立させたのはそなただろう、ユリシエラ!」


 その名が出た瞬間、大広間の空気がまた変わった。


「あのフェルノート家の次女……」

「聖女候補と噂の……?」

「ユリシエラ様が、そんな……」


 ささやきの矛先は、すぐに私へと向く。


 ミレイナ・フェルノート。私の妹。父が後妻に迎えた夫人の娘で、私とは血のつながりが薄い。


 大きな瞳、華奢な体、守ってあげたくなる雰囲気。少し泣きそうな顔をするだけで、男たちはだいたい彼女の味方になる。


 そして今、その彼女は、アルヴァンのすぐそばで、震える肩を愛らしく揺らしていた。


「お、姉さま……どうして、あんなひどいことを……」


 今にも泣きだしそうな声で、私を見る。


 待って。ちょっと待って。


 私、何かしただろうか。


 いや、何もしていない。むしろ逆だ。


 学院で彼女を守り、いじめられないように手を回し、勉強を手伝い、ドレスも貸したし、靴も貸した。ついでに試験前にはノートも貸した。そういえば一度も返ってきていない。


 あれ、私、かなり便利に使われてない?


 胸の奥に、ひやりとした違和感が走る。


「ユリシエラ。そなたの所業は、既に多くの証言で明るみに出ている」


 アルヴァンは、よく通る声で続けた。


「ミレイナを陰で侮辱し、社交界で悪評を流し、学院では彼女を冷遇した。そのような冷酷な女を、僕は王妃として迎えられない」


 そんな証言、いつ誰が。


 私は口を開きかけて、飲み込んだ。


 ああ、本当に。これはゲームとよく似ている。


 前世で、電車の中でも、布団の中でも読みふけった「断罪もの」のテンプレート。


 王太子が婚約者を断罪し、新しい恋人をかばい、大勢の前で「婚約破棄」を宣言する。


 けれど。


 決定的に違う部分が、ひとつ。


「よって、僕はユリシエラとの婚約を破棄し、新たな婚約者として、ミレイナ・フェルノートを迎える!」


 アルヴァンは、当然のように宣言した。


「ついでに、ユリシエラには、相応しい新たな婚約者を下賜しよう。格下の伯爵家あたりから、適当に」


 ……はい?


 今、なんと?


 婚約者を。下賜?


 人を、贈り物みたいに言った?


 大広間の隅で、誰かが小さく息をのむ気配がした。視線をそちらに向けると、灰色の瞳がこちらをまっすぐ見ていた。


 カイン・ロウ=ヴァルツ。


 フェルノート家付き近衛騎士。幼い頃から私の剣の稽古相手で、何度も転びそうになった私を支えてきた人。


 彼の表情は、今まで見たことがないほど険しかった。


 ごめんね、カイン。あなたを巻き込みたくないのに。


「アルヴァン殿下」


 静かな声が、別の方向から響いた。父だ。


 公爵アーネスト・フェルノート。私の父は、老いてなお鋭い目をしている。


「一方的な婚約破棄は、王家認定婚約札の規定に反します。ましてや、婚約者を『下賜する』というのは、いささか行き過ぎでは?」


「父上、公爵は堅苦しすぎますよ」


 アルヴァンは軽く笑った。


「婚約札は、王家が認める契約にすぎません。王家が認めなければ、契約はなかったことになる。それだけの話です」


 さらりと言ってのけるその態度に、私はめまいがした。


 ああ、この世界の婚約制度、本当にゲームよりたちが悪い。


 前世の記憶と、この世界の知識が、頭の中でぐるぐるとかき混ぜられていく。


 この国の婚約は、魔法で作られた「婚約札」によって管理されている。


 そこに名前が刻まれ、王家が認証すれば、準夫婦扱い。よほどのことがない限り破棄されず、そのまま結婚に進むはずだった。


 はず、だったのに。


 いつの間にか、「婚約札」は政治の道具になった。


 侯爵令嬢を伯爵家に下賜。娘を婚約者として「交換」。姉妹で婚約者を入れ替え。


 婚約者交換、姉妹交換婚約、婚約者の下賜。


 そういう言葉を、私は何度か耳にした。


 それを、今、私自身がされようとしている。


「ユリシエラ」


 アルヴァンが私を見る。勝ち誇ったような、しかし少しだけ哀れんだような目だ。


「そなたは優秀だが、冷たすぎる。僕の隣に立つのは、もっと優しく、慈愛に満ちた女性であってほしい。ミレイナのような」


「お姉さま、ごめんなさい……。私、殿下に、全部話してしまって……」


 ミレイナが涙をこぼす。はい、出ました。最強の武器、涙。


 ……やっぱりゲームよりたちが悪い。


 私、こんな生々しい断罪イベントは望んでいません。


「陛下」


 父が、玉座に座る王へ視線を向ける。


「古い法の中に、『捨てられた婚約者の権利』についての条文があったはずです」


 捨てられた婚約者。


 言葉の鋭さに、胸の内側がちくりとした。


 けれど同時に、ぞわりと背筋をなぞる感覚がある。


 私は知っている。


 前世の知識でもなく、この世界で必死に勉強した中で知った、古い掟。


 口が勝手に動く。


「第17婚約条項。王家認定婚約が、公衆の面前で一方的に破棄された場合……」


 声が震えないよう、ゆっくり、はっきりと言葉を紡ぐ。


「捨てられた側の婚約者は、その場にいる未婚の貴族より一名を指名し、新たな婚約者とする権利を持つ。王家は、外交上重大な不利益がない限り、これを拒めない」


 大広間が、静まり返った。


 皆が、信じられないものを見るような目で、私を見ている。


 アルヴァンでさえ。


「そんな法、初めて聞いたぞ」


「古い掟だ。今はほとんど用いられておらぬ」


 王が、たしなめるように息子に言う。


「だが、まだ失効はしておらぬはずだ。フェルノート公爵」


「はい、陛下。最近、婚約札の規定を調べておりましたので」


 さすが私の父だ。


 ……いや、私を王太子に差し出した本人でもあるのだけれど。今は感謝しておく。


「ユリシエラ」


 王が私を見る。その瞳は、アルヴァンほど軽くはない。


「そなたは、その権利を行使するか?」


 私は、静かに息を吐いた。


 恥ずかしさ。怒り。悔しさ。哀しさ。


 いろいろな感情が渦巻いているけれど、そのどれもが、今の私を支えてくれている気がした。


「……はい。陛下。私、ユリシエラ・フェルノートは、捨てられた婚約者としての権利を行使いたします」


 ざわ、とまたざわめき。


 捨てられた婚約者。


 自分で口にしてみると、胸の奥で何かが、かちりと切り替わった。


 私は、ゆっくりと顔を上げる。


 まず、視線が向かったのは、カインだった。


 彼は、私から目をそらさない。会場の隅で、一歩踏み出しそうになって踏みとどまっている。


 その姿を見るだけで、胸がきゅっと痛んだ。


 本当は。


 本当に本当は、あなたを選びたかった。


 けれど、あなたはフェルノート家の騎士で、この国の人で。私が選べば、あなたの未来まで巻き込んでしまう。


 ……それは、違う。


 だから私は、もう一度だけ深呼吸をして、別の方向を見た。


 帝国風の装飾が施された黒い服。


 深い瑠璃色の髪。半ば退屈そうに、けれど鋭くこの場を見ていた青紫の瞳。


 隣国ディナート帝国からの留学生。身分を隠しているはずの男。


 セラフ・ディナート。


 ……本当に隠す気があるのか疑わしいくらい、品と威圧感が漏れているので、誰も彼を「ただの留学生」だとは思っていない。


 私は、彼に向かって礼をとった。


「ディナート帝国皇太子、セラフ・ディナート殿下」


 場の空気が、爆ぜた。


「皇太子だと……?」

「やはりそうか……」

「なんというところへ指名を……」


 うん、うすうす全員気づいていたよね。


 私は、震えそうになる膝を、ドレスの裾でごまかしながら続けた。


「このユリシエラ・フェルノート、捨てられた婚約者としての権利を行使し、殿下を私の新たな婚約者として指名いたします」


 しん、と静まり返る。


 アルヴァンが、ひきつった声で叫んだ。


「き、君は何を言っているんだ、ユリシエラ!」


 何って、婚約者交換ですよ、殿下。


 この国が大好きな、婚約者交換です。


 セラフは、しばらく黙って私を見下ろしていた。


 その視線に貫かれていると、自分の決断が、急に恐ろしくなってくる。


 やっぱりやめます、って言って、走って逃げたい。無理だけれど。


 どれくらい沈黙が続いただろうか。


 やがて彼は、小さく息を吐き、口元にだけ笑みを浮かべた。


「……なるほど」


 落ち着いた声が、よく通る。


「他人を札のように扱う婚約制度に、ずっと興味があったが。捨てられた側が逆に札を切り返すとは、面白い」


 面白い、で片づけられている。


 いや、でも、そうでも言ってくれないと私の心が折れる。


「いいだろう」


 セラフは、王の方へ視線を向ける。


「陛下。この婚約者交換、ディナート帝国として受け入れよう」


「セラフ殿下!?」


 さすがに王も立ち上がった。


「それは、帝国としてのご決定か?」


「もちろんだ」


 あっさりと言う。


「そちらの王太子殿は、婚約者を一方的に捨て、妹姫と勝手に交換した。それだけの話だろう? ならば、捨てられた側が、新たな婚約者を選び取ることにも、何の不思議もない」


 広間の貴族たちが、顔を見合わせる。


 今まで当たり前だと思っていた「婚約札の乱用」が、外から見ればどれほどおかしなものか、初めて気づいた顔だ。


「それとも、そちらとしては、『婚約者を下賜できるのは王太子だけ』と主張したいのか?」


 セラフの言葉に、アルヴァンの顔が真っ赤になる。


「そ、そんなつもりは……!」


「アルヴァン」


 王が、低い声で息子を呼んだ。


「そなたの説明は後で聞く。今は、目の前の事実を処理せねばならぬ」


「で、ですが、父上!」


 アルヴァンがなお食い下がろうとしたとき。


 もう一つの声が、静かに響いた。


「……その前に、一つだけ、よろしいでしょうか」


 カインだ。


 彼は、会場の隅からまっすぐ進み出て、私たちの前にひざまずいた。


「フェルノート家付き近衛騎士、カイン・ロウ=ヴァルツ。王立学園の警備記録について、陛下に提出がございます」


「記録?」


 王が眉をひそめる。


 カインは、腰のポーチから、小さな魔石を取り出した。


「学園の監視魔道具のうち、いくつかは、先日より点検のために一時的に預かっておりました。そこに残された記録を、確認させていただきたく」


 私の心臓が、どくんと跳ねた。


 カイン。


 もしかして、あなた……。


「セラフ殿下がおっしゃったとおり、捨てられた側が罪人であるままでは、帝国としても困るでしょう。ですので」


 カインは、一瞬だけ私を見た。


 その瞳に浮かぶのは、怒りでも、悲しみでもなく。


 ただまっすぐな、信頼。


「この場で、真実を明らかにしたく存じます」


 魔石が光を放つ。


 空中に映し出された光景は、私もよく知っている場所だった。


 王立学園の廊下。中庭。教室。


 そこに映っているのは、ミレイナだった。


 泣き顔で、何度も誰かに抱きつき、助けを求めるミレイナ。


 その裏で、こっそりと他の令嬢に耳打ちし、わざと私と衝突するタイミングで物を落とさせ、偶然を装ってドレスを汚し。


 そして、私がそれを庇うように振る舞う姿。


「これは……」


 ささやきが広がる。


「ユリシエラ様、庇っておられるではないか」

「むしろ、被害をかぶっているのは……」


 アルヴァンの顔から、血の気が引いていく。


「そ、そんなはずは……! ミレイナ、お前は……」


「殿下、違うのです、私は……!」


 ミレイナの声は、もう誰の耳にも届いていない。


 さらに別の映像。


 サロンで、ミレイナの取り巻きたちが、私の悪口を楽しそうに言い合っている。


 その後ろで、ミレイナが「そんなこと言ってはだめです」と口で注意しながら、笑っている。


「……あーあ」


 どこからともなく、ため息まじりの声が聞こえた。


 誰か貴族の令嬢だろう。


「完全に、冤罪断罪じゃない」


「婚約破棄どころか、逆にざまぁ案件だね」


「しかも、姉妹交換婚約付きとか、悪趣味にもほどがあるわ」


 耳が痛いけれど、スッキリもする不思議。


 王は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。


「アルヴァン」


「は、はい……」


「そなたは、十分に事実確認をしたうえで、婚約破棄を宣言したのか?」


「そ、それは……」


 アルヴァンは言葉に詰まり、ミレイナを振り返る。


 ミレイナは、ついに涙を流した。


「違うのです、殿下……! 私は、ただ、寂しくて……!」


 ……ああ、はいはい。


 出ました、「寂しかった」万能ワード。


 王は、深くため息をついた。


「言い訳は後に聞こう。少なくとも、この場で一方的に行われた婚約破棄と断罪は、正当なものではなかったと見なさねばなるまい」


 その言葉に、アルヴァンの肩が落ちる。


 王は、今度はセラフに向き直った。


「セラフ殿下。お恥ずかしいところをお見せした。そなたに向けるべき我が国の信頼は、大きく損なわれたことだろう」


「まあ、そうだな」


 セラフは、さらりと言った。


 遠慮という言葉は、彼の辞書にはなさそうだ。


「だが、その損なわれた信頼を、どう取り戻すか。そこを楽しみにしている」


 楽しみに、ですか。


 この人、本当に皇太子なんだろうか。


「まずは」


 セラフは、私の隣に立ち、王と向き合った。


「ユリシエラの冤罪が晴れたことに、感謝しよう。そして改めて尋ねる。陛下。捨てられた婚約者が行使した指名権による婚約者交換を、そちらは認めるか?」


 王は、少しの間だけ目を閉じ、やがてうなずいた。


「……我が国にとって、フェルノート公爵家は重い。だが、帝国を敵に回すわけにもいかぬ。ユリシエラ・フェルノートとセラフ・ディナート殿下の婚約を、ここに認めよう」


 ざわめき。


 誰かが小さく拍手をし、それをきっかけに、控えめな拍手が広がっていく。


 その音の中で、私はようやく実感した。


 ああ、本当に。私は王太子に捨てられて。


 そして、自分の婚約者を、自分で選び取ったのだ、と。


 ……が。


「ちょっと待て、父上!」


 そこで唐突に、アルヴァンが叫んだ。


「そんな、勝手な! 僕の婚約はどうなる!?」


「勝手な、とは?」


 王の声が、静かに低くなる。


「そなたが勝手に婚約破棄を宣言し、勝手に妹と婚約しようとした結果だろう」


「で、ですが!」


 アルヴァンは、必死に言葉を探すように口をぱくぱくと動かした。


 その様子が、なぜだか、ちょっとだけ滑稽に見えてしまう。


 そう思ってしまうあたり、私もだいぶ余裕が戻ってきたらしい。


「アルヴァン殿下」


 思わず、口が動いていた。


 みんなの視線が、私に集まる。


 やめて。ヒロインにそんなに注目しないで。


「何だ、ユリシエラ」


「とりあえず、こういうのはどうでしょうか」


 私は、できるだけ丁寧な笑みを浮かべる。


「今後、婚約者を『交換』したり『下賜』したりする場合は、本人の同意を必要とする、という規定を新たに設けるのはいかがでしょう」


 大広間の数人が、ぶふっと吹き出した。


「そ、それはつまり……」


「今まで、婚約者を札か家具のように扱ってきた方々に、きちんと『人として扱う』ことを義務づける、というだけの話です」


 私の言葉に、セラフが楽しそうに笑い声を漏らした。


「いいな、それは。帝国でも採用したいくらいだ」


「帝国では、婚約者を交換したりは……?」


「しないな。少なくとも、公衆の面前で堂々とは」


 そこは「しない」と言い切ってほしい。


 王は、しばらく黙って考えていた。


 そして、観念したようにうなずく。


「……よかろう。今後、王家認定婚約札については、本人の同意なく破棄・交換・下賜を行った場合、処罰の対象とする」


 どよめき。


 私のすぐ後ろで、誰かが小声でつぶやいた。


「今まで婚約者をガチャみたいに扱っていた連中、終わったな……」


「『婚約者10連交換』とか平然と言っていた伯爵家もいたわよね」


 いや、何その恐ろしい遊び。聞きたくなかった。


「ついでに言えば」


 セラフが、さらりと続ける。


「過去に行われた一方的な婚約者交換や、婚約者の下賜についても、後日、被害を受けた側からの申し立てを受け付けるべきだろう」


「セラフ殿下、それは……!」


「帝国としては、『婚約者ガチャ』文化の廃止に協力してくれるなら、先ほどの失態のことは、笑い話で済ませてやってもいいと思っている」


 笑い話、で済むのか、それ。


 王は、遠い目をした。


「……分かった。侍従長、婚約札に関する全ての記録を洗い出せ」


「かしこまりました、陛下」


 あちこちで、冷や汗を流している貴族たち。


 その中には、見覚えのある顔もちらほらいた。


 数年前、婚約者をぽんぽん取り替えていた伯爵家。便利だからと娘をあちこちに「婚約者として貸し出していた」子爵家。


 ……うん。ざまぁです。


 心の中で、私はそっと親指を立てた。


 ざまぁって、こういうところで使うんだよね。きっと。


 婚約破棄。冤罪。断罪。


 全部まとめて、ざまぁ返し。


「ユリシエラ」


 耳元で、低い声がした。


 振り向くと、セラフがすぐそばにいた。


 さっきまで、遠くから見ていた気がしたのに。いつの間に。


「少し、外の空気を吸わないか。……この場は、もうすぐ『婚約者制度見直し会議』になるだろうし」


 うん、確かにそんな雰囲気になりつつある。


 私は、こくりとうなずき、彼に手を差し出された。


 廊下に出ると、さっきまでの熱気が嘘のようにひんやりとしていた。


 大きな窓から、夜空が見える。星がいくつも瞬いている。


「……疲れた」


 ぽつりとこぼすと、セラフがふっと笑った。


「そりゃそうだろう。婚約破棄に冤罪断罪に、婚約者交換。盛りだくさんだったからな」


「盛りだくさんすぎて、お腹いっぱいです……」


「だが、そのおかげで面白いものが見られた」


 彼は、窓枠に軽くもたれかかった。


「自分を捨てた国から、堂々と権利を行使して、婚約者を指名する女なんて、初めて見た」


「勢いでやりました」


 正直な感想が口から出る。


「あと、悔しかったので」


 セラフが、少し目を細めた。


「悔しかった、か」


「はい。婚約を『下賜』などと言われて。私の人生が、札の一枚みたいに扱われて。……悔しくて、腹が立って」


 だからこそ、私は古い掟にすがった。


 捨てられるだけで終わるのは、絶対に嫌だった。


「良い顔をしていた」


 セラフは、さらりと言った。


「何もかも諦めたような目から、自分の人生を取り戻す目に変わる瞬間。見ていて、なかなかに気持ちが良かった」


「観察されていたのですね……」


「最初に会ったときから、ずっとな」


 よく考えれば、それはそれで怖いのだけれど、今はもう驚く気力がない。


「これから、どうなるのでしょう」


 思わず、口に出てしまう。


「私、本当に帝国に行くのでしょうか。皇太子殿下の、婚約者として」


「嫌か?」


「……嫌、ではないです」


 少し考えてから、そう答えた。


「少なくとも、ここで『婚約者を下賜される』よりは、ずっといいです」


 思い出して、ちょっとだけ笑ってしまう。


「婚約者を下賜、って、何ですか。新しい家具じゃないんですよ」


「婚約者家具説か。帝国では流行らせないよう気を付けよう」


「絶対にやめてください」


 思わず真顔になってしまうと、セラフも笑った。


「安心しろ。帝国では、婚約者は『ガチャ』ではない。……少なくとも、今のところは」


「今のところ、という言い方が不安なのですが」


「もし誰かが、婚約者ガチャなるものを始めたら、その場で禁止するさ。君の前で誓おう」


 そう言って、彼は私の手を取った。


 その手は、思ったよりも温かい。


「ユリシエラ」


「はい」


「さっき、王の前で婚約を認めるとき、君は震えていた」


「……見られていましたか」


「あれだけ近くにいたのだからな」


 セラフは、少しだけ真面目な顔になる。


「帝国での婚約は、君の言うとおり、『下賜』でも『交換券』でもない。……少なくとも、僕はそうしたくない」


 彼は、ふっと息を吐いた。


「だから一つ、提案がある」


「提案?」


「帝国に来たら、まずは『仮婚約』から始めないか」


「仮婚約……?」


「そうだ。表向きは婚約者として扱うが、一定期間、お互いをよく知る時間を持つ。その上で、君が『やっぱり嫌だ』と思ったら、そのときは正式な婚約に進まなくてもいい」


 私は思わず、彼の手を見つめた。


 そんな提案、この世界で聞いたことがない。


「それは、殿下にとって、不利では……?」


「不利かどうかは、やってみないと分からないな」


 セラフは、肩をすくめた。


「ただ、一つだけ確かなことがある。君が無理に笑う姿は、僕はあまり好きではない」


 胸の奥が、少し熱くなる。


「どうせ婚約者になるなら、本当に笑っている君を見たい」


「殿下は、意外と甘いことをおっしゃいますね」


「そうか?」


「ええ。少なくとも、王太子ガチャで私を外したどこかの殿下よりは」


 言ってから、「しまった」と思った。


 口が滑りすぎた。


 けれどセラフは、あっさりと笑った。


「王太子ガチャ、か。はずれを引いたのはどちらだろうな」


「それは……」


 少し考えて、私は首をかしげる。


「私のほうが、当たりを引き直した気分です」


 セラフの目が、一瞬だけ見開かれた。


 それから、困ったように、しかしうれしそうに笑う。


「……そう言われると、責任重大だな」


「責任を取ってください、殿下」


「仕方ない。では、まずは帝国で、美味いお菓子の店を全部教えてやろう」


「思ったより軽い責任の取り方でした」


「甘いものは大事だぞ。甘いものがあれば、大抵の婚約破棄は乗り越えられる」


「そんな統計は聞いたことがありません」


 くだらないやりとりをしていると、胸の中に残っていた重さが、少しずつ軽くなっていく。


 さっきまで、心の中を占めていた「婚約破棄」「冤罪」「断罪」という言葉が、遠くへ離れていくようだった。


「ユリシエラ」


「はい」


「君は今日、婚約を破棄された」


「はい」


「だが、同時に、自分の婚約者を、自分で選んだ」


「……はい」


 セラフは、私の手を軽く握った。


「それを、君の人生の『最初の当たり』にしてくれれば、僕としてはうれしい」


 その言葉に、私は、思った以上にあっさりと笑うことができた。


「では、そうさせていただきます」


 夜空を見上げる。


 星が、さっきよりも少しだけ近く見えた。


 婚約破棄。冤罪。断罪。ざまぁ。婚約者交換。


 盛りだくさんすぎる一夜の終わりに。


 私は、やっと自分の足で立って、この先の人生を選ぶことができた気がした。


 ――これから先、何度婚約制度が改正されようと。


 少なくとも私は、二度と「婚約者を下賜される」側には戻らない。


 そう心の中で宣言して、私は新しい婚約者候補と並んで、ゆっくりと歩き出した。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

婚約を札のように扱われた令嬢が、「捨てられる側」から自分で未来と婚約者を選び直すお話でした。


少しでもスカッとした、隣国での続きや番外編も読んでみたいと思っていただけましたら、ブクマ・評価・感想をぽちっと頂けると、次のざまぁと糖分多めの恋物語を書く励みになります。


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