イラク戦争(2003年)
1. 背景:核共同開発の発覚(2002年〜2003年初頭)
• アフガニスタン戦争後、国際連合はテロ組織の背後関係を徹底的に調査。
• 2002年、連合国軍の海軍がペルシャ湾でイラク行きの貨物船を臨検。積荷から中華製の
ウラン濃縮部材が発見される。
• 軍事衛星が新疆と甘粛の地下施設での研究活動を捕捉。イラクとの往来が記録され、中
華=イラクの核共同開発計画が明るみに出る。
• 2003年2月、国連査察団がバグダード近郊施設で中華語の設計図・遠心分離機を押収。
共同開発の証拠が決定的となる。
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2. 国際社会の反応(2003年2月〜3月)
• 国際連合(パリ本部):日本・亜米利加国・フランス主導で「イラク核計画糾弾決議」
を採択。
• ATO(アラブ条約機構):サウジ・エジプトが「中東での核拡散阻止」を理由に支持を
表明。
• 国際世論:2001年の同時多発テロの記憶も新しく、「イラクが核を持てば次は都市が消
える」との危機感が広がる。
• ただし、直接的な武力行使への賛否は分かれ、最終的に「有志連合」の形式をとること
になる。
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3. 有志連合の編成(2003年3月)
• 主軸:亜米利加国軍・日本軍・フランス軍
• 参加:サウジ・エジプト・ヨルダン(ATO)、イギリス・ドイツ(再軍備済みNATO)
• 日本軍:空母打撃群、航空自衛軍爆撃機、陸軍師団(機甲主体)を派遣。
• 亜米利加国:東京市から地上軍を展開、桑港海兵師団が先鋒を担う。
• フランス:外人部隊と機械化歩兵を派遣。
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4. 開戦:空爆と地上侵攻(2003年3月下旬)
• 「イラクの自由作戦」に相当する作戦が発動。
• ペルシャ湾の艦隊と航空機が バグダード・バスラ・モスルを集中爆撃。
• 南部からサウジ・亜米利加国軍が進撃し、クウェート国境を突破。
• 日本軍は西方から進軍、砂漠を越えてティクリート方面へ進出。
• フランス軍は北部クルド地域を支援。
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5. イラク体制の崩壊(2003年4月〜5月)
• 2003年4月初旬:バグダード包囲戦。
空爆と地上戦の後、イラク軍は瓦解。
• 2003年4月中旬:サッダーム・フセイン政権崩壊。バグダード占領。
• 5月:イラク全土制圧を宣言。暫定統治機構を設立。
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6. しかし泥沼化(2003年夏以降)
• イラク国内のシーア派・スンニ派・クルド人の対立が表面化。
• 中華・シリア・イランが地下で抵抗勢力を支援。武器や資金が流入。
• バグダードやモスルで自爆テロが頻発し、有志連合軍の死者が増加。
• 「解放戦争は占領に転じた」と批判され、国際世論は分裂。
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歴史的意義
• 連合国にとっては「核拡散阻止」の戦いとして正当性を持ったが、
• 実際には長期の治安維持戦争に突入し、軍事的・経済的負担が拡大。
• 一方、中華は「直接手を下さずに連合国を消耗させる」ことに成功し、米日仏との対立
は決定的となる。




