同時多発テロに至るまでの経緯(1980年代〜2001年)
1. ソ連のアフガニスタン侵攻とイスラム聖戦(1979〜1989)
• ソ連は中華人民共和国を支援しつつ、南下政策の一環としてアフガニスタンに侵攻。
• 日本・亜米利加国・フランスはATO諸国(サウジ・エジプト等)と共にイスラム武装勢
力を支援。
• この時に育った戦士たちが後に「アル=カーイダ(基地)」を結成する。
• 1989年、ソ連は疲弊の末に撤退。
• アフガニスタンは内戦状態に陥り、ターリバーンが台頭。
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2. 湾岸戦争と反連合国意識(1990〜1991)
• イラクがクウェートに侵攻。ATOと連合国が共同で反撃し、イラク軍を撃退。
• しかしその後、イラクは「反連合国の象徴」となり、イスラム過激派の支持を集める。
• アル=カーイダはこの戦争を「聖地を西洋軍が踏みにじった屈辱」として宣伝、反連合
国闘争を掲げるようになる。
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3. 中華・イラクの接近と過激派の強化(1990年代前半)
• ソ連崩壊後、多数の核技術者・兵器技術者が流出。
• イラクと中華が共同でこれを受け入れ、核開発・ミサイル技術を強化。
• 同時に、中華とイラクは過激派組織への資金・武器・訓練を裏で支援し、アル=カーイ
ダは急速に国際的ネットワークを拡大。
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4. アル=カーイダの国際テロ拡大(1990年代)
• 1993年:桑港市(サンフランシスコ相当)の世界貿易センタービル地下駐車場爆破事件
(未遂に終わる)。
• 1998年:ケニア・タンザニアの亜米利加国大使館同時爆破。死者200人超。
• 2000年:ペルシャ湾で亜米利加国海軍艦艇に自爆攻撃、数十人死亡。
• 日本やフランスでも小規模なテロが続発し、警戒が高まるが、決定的な対応は取られな
かった。
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5. ターリバーンの保護下での訓練(1996〜2001)
• アル=カーイダはアフガニスタンでターリバーン政権の庇護を受け、訓練キャンプを展
開。
• 数千人規模の戦闘員を育成し、航空機ハイジャックや爆破技術の訓練を行った。
• イラク・シリア・リビアからの資金、中華からの装備支援が密かに注ぎ込まれる。
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6. 連合国の過小評価
• 日本・亜米利加・フランスの諜報機関はアル=カーイダの脅威を認識していたが、
「中華やイラクの国家的脅威」に比べ軽視され、十分な対策は取られなかった。
• 亜米利加国では1990年代に経済成長が続き、対テロ予算は削減傾向。
• 仙台やパリでも「テロは遠い国の問題」という空気が支配していた。
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7. 決行(2001年9月11日)
• 訓練を受けた19名のアル=カーイダ戦闘員が、連合国内で合法的に潜入。
• 亜米利加国国内で飛行学校に通い、ハイジャック作戦を準備。
• 日本・フランスで協力者が同時多発自爆テロを計画。
• そして2001年9月11日、桑港・東京・仙台・パリでの同時多発テロが実行される。
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2001年同時多発テロ(史実9.11相当)
発生日
• 2001年9月11日(火曜日)
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主な攻撃
1. 亜米利加国・桑港市(史実サンフランシスコ)
• 午前8時頃、国内線2機が相次いでハイジャックされ、**世界貿易センタービル(ツイン
タワー相当)**に突入。
• 巨大ビルは火災で数時間後に崩壊し、金融・IT関係者を中心に数千人が犠牲。
• 桑港金融街は壊滅的被害を受け、世界経済に大打撃。
2. 亜米利加国・東京市(首都、史実ロサンゼルス)
• 午前9時過ぎ、ハイジャック機が**国防総省庁舎「五稜郭庁舎」**に突入。
• 庁舎の一角が崩落し、軍幹部や参謀が多数死亡。
• 日本軍との合同会議に出席していた将校も犠牲となり、連合国の軍事中枢に深刻な衝撃
を与えた。
3. 日本・仙台市(日本の首都)
• 正午頃、地下鉄3駅と政府庁舎地区で同時爆破テロ。
• 民間人を中心に数百人が死亡。
• 「日本の政治中枢を直接狙った攻撃」として国民に大きな衝撃を与えた。
4. フランス・パリ
• 午後、凱旋門周辺と地下鉄主要駅で自爆攻撃。
• 死傷者は数百人に達し、「欧州の心臓部が攻撃された」と報じられる。
• 欧州全体でテロへの恐怖と怒りが爆発した。
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被害規模
• 総死者数:約15,000人
• 桑港:約7,000人
• 東京市(五稜郭庁舎):約2,500人
• 仙台:800人超
• パリ:600人超
• 世界経済は一時的に大混乱し、株式市場が暴落。
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犯行主体
• アル=カーイダが犯行声明。
• アフガニスタンのターリバーン政権の庇護下で訓練を受けた19人の実行犯が参加。
• 背後にはイラク・シリア・リビアの資金援助、中華からの物資支援も疑われた。
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連合国の反応
• 亜米利加国大統領(東京市):「これは国家に対する宣戦布告である。テロ組織を匿う
政権も同罪だ」
• 日本首相(仙台):「我が国はテロに屈しない。連合国と共に聖戦を遂行する」
• フランス大統領:「パリは傷ついた。しかし我々は立ち上がる。国際連帯の時
だ」
• 国際連合(パリ本部)は緊急安保理を開催し、**「対テロ戦争の開始」および「アフガ
ニスタンへの武力行使」**を承認。
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歴史的意義
• この事件は「第二次世界大戦以来の最大の同盟国への直接攻撃」とされ、
連合国はただちにアフガニスタンへ軍を展開、ターリバーン政権打倒作戦へ突入する。
• また、テロの背後にイラクや中華の関与が疑われたことで、後のイラク戦争・中華封鎖
に繋がる決定的契機となった。




