1970年代の国際連合と中ソ対立の影響
背景
• 1960年代の二大冷戦戦線(第二次朝鮮戦争・第二次中東戦争)を経て、自由陣営内部で
も多極化が進んでいた。
• 一方、共産陣営では 中ソ対立 が深まり、国際連合は自由陣営だけでなく「非同盟諸国
の調整役」としての役割を増していく。
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1. 中ソ対立の激化(1970年代前半)
• 領土紛争:満州・中央アジアでの国境紛争が再燃。
• イデオロギー対立:ソ連は「正統マルクス主義」を掲げ、中華人民共和国は「第三世界
革命の指導者」を自称。
• 軍事的緊張:両国の国境に百万単位の軍が展開し、局地戦が頻発。
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2. 国連への影響
• インドの仲介役
• インドは非同盟運動の中心として、中ソ双方に接触。
• 国連内では「第三勢力」として存在感を増し、事実上の「第四常任理事国」とみなされ
る。
• サウジアラビアと中東
• 1973年の第四次中東戦争(史実のヨム・キプール戦争に相当)で、サウジは石油を武器
に西側に圧力。
• 国連はエネルギー問題を初めて国際安全保障の議題と認定。
• サウジの発言力は一気に高まり、常任理事国拡張論の中核に。
• ブラジルと南米
• 中ソ対立を背景に、OSA内部で「反ソ・反中」色を強める。
• 国連では「南米を代表する存在」として、アフリカ諸国からも支持を獲得。
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3. 国際連合の変質
• P3体制の限界
• 日本・亜米利加国・フランスの三大国だけでは、多発する地域紛争(中東・アフリカ・
アジア)を調停できなくなっていた。
• 実質的にインド・サウジ・ブラジルが「準常任理事国」として国連安保理を動かす。
• 地域機構との連動
• NATO・大東亜協力機構・ATO・OSAなどがそれぞれ強い発言権を持ち、国連は「地域
機構の調整役」へとシフト。
• 1970年代の国連は、自由陣営の「単一司令部」から「多層的協議体」へと変質した。
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4. ソ連のアフガニスタン侵攻(1979)
• ソ連がアフガニスタンに軍事介入すると、国連は直ちに特別総会を開催。
• P3+インド・サウジ・ブラジルの連携で、ソ連を国際的に非難する決議を採択。
• ソ連は無視したが、共産陣営内で中華がこれを口実にソ連批判を強め、分裂が決定的と
なった。
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まとめ
1970年代の国連は:
• 中ソ対立を背景に「第三世界の代表」的な役割を拡大。
• インド・サウジ・ブラジルが実質的に常任理事国と同格に扱われる。
• 国連は「自由陣営+非同盟諸国の調整の場」となり、史実以上に多極的な国際秩序の基
盤となった。




