表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/203

第二次朝鮮戦争 終盤(1969〜1975年)

1. 亜米利加国の撤退方針

• 1969年、亜米利加国大統領は「朝鮮化政策コリアニゼーション」を発表。

• 南朝鮮軍に戦争を担わせ、亜米利加国は段階的に撤退する方針。

• 史実の「ベトナム化政策」と同様。

• これにより、亜米利加国は空軍・海軍を主体とした間接介入に縮小し、地上部隊は順次

撤退を開始。

---

2. 日本の動向

• 日本では反戦世論がピークに達し、支援は縮小。

• 1970年以降は「医療・人道支援のみ」に留め、兵站支援も大幅に削減。

• 政府内では「次は日本本土が最前線になる」という危機感から、防衛軍強化と核兵器研

究が真剣に議論され始める。

---

3. 南朝鮮の孤立と弱体化

• 南軍は亜米利加国から大量の兵器を受け取ったが、訓練・士気・指揮系統は不十分。

• 経済は戦争で疲弊し、都市ではストライキとデモが頻発。

• 政権は軍事独裁に傾き、民衆の支持を失っていく。

---

4. 北朝鮮の再攻勢

• 1972年、ソ連・中華から再び大量の援助を受けた北軍が大規模攻勢を実施。

• 南軍は防衛線を維持できず、戦線はソウル周辺まで後退。

• 亜米利加国空軍の絨毯爆撃で一時的に押し戻すが、戦局を逆転させる力はもはや残って

いなかった。

---

5. ソウル陥落と撤退

• 1974年末、北軍が総攻撃を仕掛け、ソウル陥落。

• 南政府は釜山へ逃れ「臨時首都」を宣言するが、もはや抵抗の余力は残されていなかっ

た。

• 亜米利加国は最後の部隊を撤収、日本も支援を停止。

---

6. 南朝鮮の崩壊と統一

• 1975年春、北軍が釜山を制圧。南政府は降伏を宣言。

• これにより、朝鮮半島は北朝鮮によって統一 される。

• 新たな国号はそのまま「朝鮮民主主義人民共和国」。ただし、実態は金日成体制の強固

な独裁国家。

---

7. 影響

• 北朝鮮の勝利

• 「アジアにおける社会主義の勝利」としてソ連・中華が大々的に宣伝。

• 朝鮮は史実のベトナムのように「第三世界革命の象徴」となる。

• 日本

• 朝鮮統一により対馬海峡が「冷戦の最前線」と化し、防衛強化と事実上の再軍備が加

速。

• 「次は日本が狙われる」という危機感から核武装論が現実味を帯びる。

• 亜米利加国

• 「アジアからの撤退」の象徴となり、孤立主義的傾向が強化。

• 史実の「ベトナム症候群」と同様の心理的後遺症を抱える。

• ソ連・中華

• 大勝利として威信を高めるが、同時に「朝鮮はどちらの影響下に置かれるか」を巡って

両国の対立が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ