第二次朝鮮戦争 終盤(1969〜1975年)
1. 亜米利加国の撤退方針
• 1969年、亜米利加国大統領は「朝鮮化政策」を発表。
• 南朝鮮軍に戦争を担わせ、亜米利加国は段階的に撤退する方針。
• 史実の「ベトナム化政策」と同様。
• これにより、亜米利加国は空軍・海軍を主体とした間接介入に縮小し、地上部隊は順次
撤退を開始。
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2. 日本の動向
• 日本では反戦世論がピークに達し、支援は縮小。
• 1970年以降は「医療・人道支援のみ」に留め、兵站支援も大幅に削減。
• 政府内では「次は日本本土が最前線になる」という危機感から、防衛軍強化と核兵器研
究が真剣に議論され始める。
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3. 南朝鮮の孤立と弱体化
• 南軍は亜米利加国から大量の兵器を受け取ったが、訓練・士気・指揮系統は不十分。
• 経済は戦争で疲弊し、都市ではストライキとデモが頻発。
• 政権は軍事独裁に傾き、民衆の支持を失っていく。
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4. 北朝鮮の再攻勢
• 1972年、ソ連・中華から再び大量の援助を受けた北軍が大規模攻勢を実施。
• 南軍は防衛線を維持できず、戦線はソウル周辺まで後退。
• 亜米利加国空軍の絨毯爆撃で一時的に押し戻すが、戦局を逆転させる力はもはや残って
いなかった。
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5. ソウル陥落と撤退
• 1974年末、北軍が総攻撃を仕掛け、ソウル陥落。
• 南政府は釜山へ逃れ「臨時首都」を宣言するが、もはや抵抗の余力は残されていなかっ
た。
• 亜米利加国は最後の部隊を撤収、日本も支援を停止。
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6. 南朝鮮の崩壊と統一
• 1975年春、北軍が釜山を制圧。南政府は降伏を宣言。
• これにより、朝鮮半島は北朝鮮によって統一 される。
• 新たな国号はそのまま「朝鮮民主主義人民共和国」。ただし、実態は金日成体制の強固
な独裁国家。
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7. 影響
• 北朝鮮の勝利
• 「アジアにおける社会主義の勝利」としてソ連・中華が大々的に宣伝。
• 朝鮮は史実のベトナムのように「第三世界革命の象徴」となる。
• 日本
• 朝鮮統一により対馬海峡が「冷戦の最前線」と化し、防衛強化と事実上の再軍備が加
速。
• 「次は日本が狙われる」という危機感から核武装論が現実味を帯びる。
• 亜米利加国
• 「アジアからの撤退」の象徴となり、孤立主義的傾向が強化。
• 史実の「ベトナム症候群」と同様の心理的後遺症を抱える。
• ソ連・中華
• 大勝利として威信を高めるが、同時に「朝鮮はどちらの影響下に置かれるか」を巡って
両国の対立が始まる。




