亜米利加国とソ連の宇宙競争
1950年代:宇宙時代の幕開け
• 1957年
• ソ連が世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げ。
• これにより宇宙開発競争が本格化、亜米利加国世論に衝撃を与える。
• 1958年
• 亜米利加国、「しんせい」計画(史実のマーキュリー計画)を発足。
• 目的は単独飛行による有人宇宙飛行の実現。
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1960年代前半:有人宇宙飛行とソ連の優位
• 1961年
• ソ連:ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行に成功。ソ連の威信が高まる。
• 亜米利加国:「しんせい」計画で宇宙飛行士アレンを宇宙に送り込み、遅れながらも有
人飛行に成功。
• 1962〜66年
• 亜米利加国:「たんせい」計画(史実のジェミニ計画)を実施。
• 宇宙遊泳(1965年)、ランデブー・ドッキング(1966年)に成功。
• ソ連も同様の試みを進めるが、複雑な技術では徐々に後れを取り始める。
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1960年代後半:月を巡る競争
• 1961年
• ケネディに相当する亜米利加国大統領が「1970年までに月に人を送る」と宣言。
• 「わくせい」計画(史実のアポロ計画)が発足。
• 1967年
• 亜米利加国:「わくせい1号」有人飛行試験に成功。
• ソ連:N1ロケットの開発に苦戦、爆発事故が続発。
• 1969年
• 亜米利加国:「わくせい11号」が月面着陸に成功。
• 宇宙飛行士2名が「人類初の月面歩行」を果たし、冷戦の象徴的勝利を収める。
• ソ連は月到達競争で完全に敗北。
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1970年代:宇宙ステーションと宇宙利用
• 1971年
• ソ連:世界初の宇宙ステーション「サリュート1号」を打ち上げ。長期滞在技術で巻き
返しを図る。
• 亜米利加国も「スカイラボ」に相当する宇宙ステーションを計画。
• 1972年
• 「わくせい17号」による最後の月面着陸。以後、月計画は終了。
• 1975年
• 「亜米利加国・ソ連共同宇宙計画」として、「わくせい・ソユーズ共同飛行」が実現。
冷戦下でも科学協力の象徴に。
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この世界ならではの特徴
• 日本の影響:日本が早期に核保有し大国化しているため、宇宙開発でも「協力か独自路
線か」が議論に。
• 亜米利加国は日本からの技術協力(造船・精密機械)を受けやすく、ロケット開発が史
実より安定して進む。
• フランスの独自宇宙計画:史実以上に早く「アリアン」相当のロケットを開発、日本と
も共同で衛星打ち上げを開始。
• そのため宇宙競争は「米ソ二極」ではなく、**「米ソ二極+日仏の存在感」**という形
になる。




