イタリア戦線(1943–1945)
シチリア上陸(1943年7月)
• 連合国は「ハスキー作戦」に相当する大規模上陸を実施。
• 主力は フランス解放軍+亜米利加国陸軍。
• 日本は主に艦隊護衛と航空支援を担当。
• シチリアは短期間で陥落し、連合国はイタリア本土へ
。
南部イタリアの崩壊(1943年秋)
• ナポリ・サレルノ上陸で南イタリアが連合国の手に。
• 史実ではここでイタリアが降伏しますが、この世界では 英国・ドイツとの枢軸関係を維
持。
• そのためムッソリーニ政権は続投するが、南部は完全に失陥。
ローマ攻略(1944年)
• フランス軍が中心となり、ローマに進撃。
• 枢軸軍(独伊混成)はカシノ要塞で激しい抵抗を見せるが突破され、連合国がローマを
占領。
• 「永遠の都の解放」はフランスにとって最大の戦果となる。
北部イタリアの抗戦(1944–45年)
• 北部に残ったムッソリーニ政権はドイツの保護下で最後まで抵抗。
• ポー川流域を防衛線としたが、連合国の逐次攻撃で瓦解。
• 1945年春、北イタリア全土が陥落。ムッソリーニは処刑される。
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戦略的意義
1. フランスの主役化
• 英軍不在のため、北アフリカからイタリア戦線までフランス軍が中心。
• 史実以上に「フランスが戦勝国の顔」として立場を高める。
2. 日本の役割
• 陸戦ではなく、海上輸送・補給線妨害・航空支援が主体。
• ただしスエズを守ったことは、日本にとって「地中海進出の実績」となる。
3. イタリアの限界
• 枢軸の一員でありながら、実力不足は史実以上に露呈。
• 英国・ドイツに依存していたが、支援が十分でなく敗北は不可避。




