英本土侵攻(1944年6月〜10月)
1. 戦略的背景
• 1943年夏のアイルランド戦役で連合国が大勝、アイルランド全土を占領。
• ここを前線基地に、爆撃機が毎夜ロンドン・バーミンガムなど工業地帯を焼き払い、英
軍の兵站は壊滅。
• 英国は食糧・燃料不足に陥り、国民生活は限界に近づいていた。
• 連合国(日・亜米利加国・仏)は 「ブリテン島を攻略すれば戦争は終わる」 と判断
し、大規模上陸作戦を決断。
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2. 作戦計画
• 作戦名:「オペレーション・ライジングサン」
• 上陸地点:南西イングランド(デヴォン・コーンウォール地方) を中心。
• 兵力:
• 連合国総兵力約150万(うち上陸第一波は40万)
• 空母20隻以上を含む大艦隊
• 爆撃機・戦闘機数千機
• 英国側:
• 正規軍・義勇兵あわせて約80万
• 沿岸砲台・トーチカ網を配備
• しかし空軍はほぼ壊滅、海軍も残存戦艦と潜水艦がわずか
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3. 上陸作戦(1944年6月6日)
• 夜明け前、連合艦隊が猛烈な艦砲射撃を開始。
• 直後、上陸用舟艇数千隻が波状攻撃を仕掛ける。
• 英軍は要塞化した海岸線で激烈な抵抗を見せ、「ブリテンのオマハ・ビーチ」 と呼ばれ
るデヴォンの海岸では第一波が壊滅。
• しかし、制空権を握る連合軍は艦載機と爆撃機で英防衛線を粉砕。午後までに橋頭堡を
確保した。
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4. 内陸戦(6月〜8月)
• 英軍は都市部に立てこもり、民兵も加えて「総力戦体制」で応戦。
• ブリストル・エクセターなどで市街戦が発生、街区ごとの白兵戦に。
• 連合軍は戦車と火炎放射器を投入し、焦土戦術で突破。
• 戦闘は「ブリテンの沖縄戦」と化し、双方に甚大な損害を出す。
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5. ロンドン攻防戦(9月〜10月)
• 連合軍はテムズ河畔に到達、ロンドン包囲戦 が始まる。
• 英国政府とモズレー政権は「最後の一兵まで戦う」と宣言。
• しかし空襲と砲撃で都市は廃墟と化し、市民の死傷者が激増。
• 10月初旬、議会と王室は北部へ逃亡、首都防衛軍は崩壊。
• 10月15日、ロンドン陥落。
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6. 結果と影響
• 英国本土の大半が連合軍の手に落ち、政府は事実上崩壊。
• 残存勢力はスコットランドへ撤退しゲリラ戦を続けるが、軍事的意味は失われる。
• モズレーはドイツへ亡命し「ロンドン政府」を名乗るが、国際的承認は得られず。
• 連合国はヨーロッパ戦線における勝利を確実なものとし、次の標的をドイツ本土と定め
る。
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7. 歴史的意義
• 「ブリテン決戦」は大西洋戦争の 決定的勝利 であり、
• 史実での「ノルマンディー上陸」+「沖縄戦」の役割を兼ねる。
• 英国は事実上降伏寸前に追い込まれ、戦後秩序から退場する運命となった。
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まとめ
1944年6月の英本土侵攻は、連合国が大西洋戦争の帰趨を決定づける戦いであり、英国敗
北を決定づけた。




