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ソ連の清侵攻と中華人民共和国の成立(1940年6月〜)

1. 背景

• 西部戦線ではドイツがアルデンヌ突破に失敗し、戦線は膠着。

• スターリンは「今こそ東方で決定的勝利を得る好機」と判断。

• ソ連は東方に150万の大軍を動員、極東軍に最新鋭戦車T-34試作型・KV戦車・IL爆撃機

を集中。

• 目標は 清朝打倒と東アジアにおける親ソ勢力の樹立。

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2. ソ連の侵攻(1940年6月)

• 6月5日:ソ連軍が満州国境を越えて進撃。

• 満州の清軍は士気低く、旧式兵器が中心で、近代化ソ連軍に抗しきれない。

• 6月中旬:ハルビン・長春陥落。満州防衛線は総崩れ。

• 6月末:ソ連軍は北京・天津を制圧。清政府は南京へ逃れるも機能不全。

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3. 南京陥落と清朝崩壊(1940年7月)

• 7月5日:ソ連機甲軍が南京を急襲、短期間で占領。

• 宣統帝溥儀ら清朝の一族は日本軍に保護され、朝鮮半島へ脱出。

• 清政府は事実上崩壊し、ソ連の勝利が確定。

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4. 中華人民共和国の樹立

• 1940年7月22日:ソ連は南京に「中華人民共和国」成立を宣言。

• 毛沢東・周恩来らが名目上の指導者となるが、実態は ソ連の傀儡国家。

• 国際的には、枢軸陣営はこれを正統政府と承認。

• 日本・亜米利加・亡命清政府(朝鮮)・フランスはこれを否認。

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5. 日本軍の後退と朝鮮戦線

• 日本軍は鴨緑江以南の朝鮮半島に撤退し、釜山〜仁川に防衛線を構築。

• 朝鮮戦線は以後、日ソ両軍の激戦地となり、長期消耗戦に突入。

• 朝鮮は「アジアのヴェルダン」と呼ばれるほどの激戦区となる。

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6. 日本本土防空戦の開始(1940年7月〜)

• ソ連は満州・中国本土の飛行場から長距離爆撃機を出撃させ、日本本土空襲を開始。

• 東京・大阪・名古屋などが爆撃を受け、市民の被害は甚大。

• 日本は新型戦闘機を投入して迎撃。史実の「バトル・オブ・ブリテン」に相当する防空

戦が展開。

• 結果は拮抗し、ソ連は航空優勢を奪えず、日本の士気はむしろ高揚する。

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7. 国際的反応

• ドイツ:西部戦線が膠着する中、ソ連の清征服を「四国同盟の戦果」として喧伝。

• イタリア:地中海での戦果に乏しいため、東アジアの勝利に便乗しようとする。

• 英国(モズレー政権):南京政府を承認し、アジアでの勢力拡大を画策。

• フランス:健在を誇示するが、アジア戦局の悪化に危機感を募らせる。

• 亜米利加国:

• 清朝崩壊に衝撃を受け、世論は急速に「参戦支持」へ傾く。

• 武器貸与を日本に拡大し、太平洋での警戒を強化。

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8. 戦局の構図(1940年末)

• 西部戦線:フランスと日本軍が踏みとどまり、膠着。

• 東アジア戦線:ソ連が中国大陸を制圧、中華人民共和国が成立。日本軍は朝鮮で防衛。

• 日本本土:空襲にさらされつつも国民は団結、総力戦体制へ

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まとめ

史実の「フランス崩壊 → ヴィシー成立」を、このIF世界では「清朝崩壊 → 中華人民共和

国成立」に置き換えることで、

• ヨーロッパ=膠着

• アジア=激変

という鮮やかな対比が成立します。

また、日本本土防空戦が始まることで、国民総力戦の雰囲気も史実以上に早期に訪れま

す。

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