ドイツのフランス侵攻(西部戦役・1940年)
1. 侵攻準備
• 背景
• 1939年秋のポーランド侵攻成功で、ドイツは西方へ兵力を集中。
• 英独伊ソ四国同盟成立(1940年4月)により背後の安全を確保。
• 英国は参戦せず物資援助に留まり、フランス+駐留日本軍が主な防衛戦力。
• 戦力
• ドイツ軍:兵力約300万、戦車2,800両、航空機3,500機。
• フランス+日本軍:兵力約260万(うち日本軍20万)、戦車3,000両、航空機2,500機。
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2. 開戦(1940年5月10日)
• ドイツ軍は史実同様、オランダ・ベルギーへ侵攻。
• フランス軍と日本軍は即座に北進し、ベルギー戦線で激突。
• 初期戦闘は激烈であったが、フランス側は防衛線を保持。
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3. アルデンヌ作戦(5月13日〜17日)
• グデーリアン率いる装甲部隊がアルデンヌを突破しようと試みる。
• しかし、フランス軍は事前に日本軍工兵隊と協力して道路封鎖・要塞化を進めており、
奇襲効果を失う。
• セダンでの戦闘ではフランス砲兵の集中砲火と航空撃滅戦により、ドイツ戦車部隊は大
損害。
• 結果、ドイツ軍の進撃は頓挫し、戦線は安定化。
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4. 西部戦線の膠着
• 5月末までに両軍はベルギー・ロレーヌ一帯で戦線を固定化。
• ドイツ軍は再度の装甲突撃を試みるが、マジノ線延長部と日本軍の防衛で突破できず。
• 戦線は再び「塹壕と砲撃」の世界大戦型に逆戻り。
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5. 空の戦い
• ルフトヴァッフェは制空権を握ろうと連日出撃。
• だがフランス空軍に加え、日本の零戦試作型(欧州派遣)が投入され、損害が増大。
• 航空戦は拮抗し、制空権は決定的に握れず。
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6. 国際的影響
• ドイツ
• 電撃戦の失敗は大きな衝撃。短期決戦構想は崩壊し、消耗戦に突入。
• 経済的負担が増大し、ソ連からの資源輸入に依存度を高める。
• フランス
• 史実では早期に崩壊したが、この世界では防衛成功。国民士気が回復。
• 日本軍の存在は宣伝効果大。「日仏は肩を並べて大陸を守る」と喧伝。
• 日本
• 欧州派遣軍の奮戦により評価が高まる。だが兵力損耗は深刻で、アジア戦線の余裕が減
少。
• 亜米利加国
• フランスが踏みとどまったことで参戦を急がず。しかし「長期戦になる」と認識。
• ソ連
• ドイツの足止めを見て好機と判断、東方での行動(清侵攻)を決断する。
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7. 結果
• 1940年夏、フランスは健在。パリも陥落せず。
• ドイツは戦局打開に失敗し、西部戦線は第一次大戦型の消耗戦に移行。
• その間に、ソ連が清朝へ侵攻し、アジア戦線が拡大する。
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まとめ
このIFでは、アルデンヌ突破の失敗によって 「フランスは持ちこたえる」 という史実と
は正反対の展開になります。
欧州は膠着、アジアは激変(清朝崩壊・日本防空戦)という「二つの戦場構造」が並行
することになります。




