英独伊三国同盟の成立(IF世界)
1933年:ドイツでヒトラー政権成立
• ヒトラー率いるナチス党が政権を握り、ワイマール体制は崩壊。
• 独裁体制を確立し、「失地回復」と「東方拡張」を宣言。
• 早くも日本・フランス主導の国際連盟を敵視し、反日仏を外交基軸に据える。
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1934年:英国でBUF政権成立
• モズレー率いる英国ファシスト連合(BUF)が議会多数を占め、首相就任。
• 議会制は骨抜きになり、英国も独裁体制に移行。
• スローガン:「インドを取り戻せ!」「日仏に復讐せよ!」
• 英独の外交チャネルが急速に接近。
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1935年:ファシズム三国の接近
• イタリアのムソリーニは「地中海を我らの海に」と掲げ、ドイツ・英国と共通の敵(日
仏)を持つ。
• 英独伊は互いに「敗戦国の怨念」を共通言語として結びつく。
• 秘密会談がローマ・ベルリンで行われ、非公式な協力関係が成立。
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1936年:協力関係の具体化
• スペイン内戦が勃発。
• 英独伊は反共和派を積極支援し、軍事的協力を実践。
• 日仏は表向き中立を保つが、共和派を支援。
• ここで 「英独伊 vs 日仏」 の対立構造が鮮明化。
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1937年:三国同盟への道
• 英国が再軍備を本格化し、大西洋での演習を開始。
• ドイツは再軍備宣言、ラインラント進駐を強行。
• イタリアはエチオピア侵攻を進め、日仏との対立を深める。
• こうした行動は互いの結束を強化し、同盟機運を高める。
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1938年:三国防共協定
• 英独伊が「防共」を名目に協定を締結。
• 実際の狙いは「日仏清」に対抗するブロック形成。
• 以後、国際連盟は完全に形骸化。
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1939年:英独伊三国同盟(正式成立)
• ロンドンで条約が調印され、「英独伊三国同盟」 が成立。
• 内容:
• 相互防衛条約
• 海軍・陸軍の協力体制
• 日仏清に対する外交・軍事圧力の共同化
• ここに「敗戦国ファシズムブロック」が確立する。
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結論
このIF世界では、史実の「独伊日三国同盟」とは逆に、英独伊が敗戦国同盟として結束。
共通の仮想敵は「日仏清」であり、大西洋・ヨーロッパ・地中海から同時に圧力を加える
体制が整う。
これがやがて 第二次世界大戦の発火点 につながる。




