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亜米利加国発の大恐慌(1929〜1930年代)

1. 背景

• 第一次大戦後、亜米利加国は国際連盟に不参加 → 孤立主義に回帰。

• 欧州復興への積極的関与を避ける一方で、国内市場拡大と投機熱 が経済を支える。

• 1920年代は「繁栄の十年」と呼ばれ、自動車・電気製品・化学工業が急成長。

• しかし農業は過剰生産で価格下落、都市と農村の格差が拡大していた。

• 株式市場は過剰投機でバブル化、金融規制も不十分だった。

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2. 暴落の始まり

• 1929年10月24日(木曜):「暗黒の木曜日」

• ニューヨーク市場で株価が大暴落。

• 投資家の信用取引が連鎖破綻し、銀行も次々と倒産。

• 10月29日(火曜):「悲劇の火曜日」

• 株価がさらに急落、わずか数日で40%以上失われる。

• これにより、亜米利加国の金融システムは事実上崩壊。

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3. 国内への影響

• 数千の銀行が破産、貯蓄を失った市民は消費を大幅に削減。

• 企業倒産が相次ぎ、失業者は 1933年には人口の25% に達する。

• 農村では小作農や黒人労働者が職を失い、貧困と移住が拡大。

• 「パンと職を求める行進」 が全土で起こり、社会不安が高まる。

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4. 国際的波及

• 亜米利加国が欧州復興への投資を大幅に縮小 → 欧州の金融危機 に直結。

• 特にドイツと英国は亜米利加資本に依存していたため、深刻な打撃。

• 日本は比較的自立していたが、北米市場への輸出が減少し、国内経済に不況が波及。

• 清は日本とフランスからの投資が細くなり、内政不安が増大。

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5. 政治的帰結

• 亜米利加国では、政府の対応が後手に回り、孤立主義政策がより強化。

• 「まずは国内の回復を」 という世論が広まり、国際関与はさらに縮小。

• 英独では失業と社会不安から、過激な政治運動(民族主義・社会主義)が台頭。

• 日本は輸出不振で打撃を受けつつも、相対的には被害が軽く、

「やはり世界のリーダーは日本」という国際的イメージが強まった。

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6. 世界秩序への影響

• 国際連盟は経済危機に有効な手立てを打てず、存在感を失う。

• 英独の不満はさらに強まり、国際秩序への挑戦を正当化する動きが出る。

• 亜米利加国の孤立主義は続き、日本がますます国際舞台で突出。

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結論

• 史実同様、1929年に亜米利加国発の株価大暴落 → 世界恐慌へ拡大。

• ただしこの世界では、国際秩序を支えるべき米国(亜米利加国)が既に孤立主義だった

ため、

• 連盟は機能不全

• 日本の相対的地位はさらに上昇

• 英独で不満と急進主義が強まる

という流れになる。

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