ロシア革命からシベリア出兵まで(IF世界)
1917年:二月革命
• ロシアは第一次世界大戦で大敗し、兵士・民衆の不満が爆発。
• 1917年3月(2月革命) ペトログラードで蜂起が起こり、皇帝ニコライ2世が退位。
• 臨時政府が成立するが、戦争を継続すると宣言。
• 国内ではソヴィエト(労働者・兵士評議会)が力を増し、二重権力状態に。
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1917年:十月革命
• 1917年11月(十月革命) レーニン率いるボリシェヴィキが武装蜂起。
• 臨時政府は崩壊し、ソヴィエト政権(ボリシェヴィキ政権)が成立。
• ボリシェヴィキは「パン・土地・平和」を掲げて戦争からの離脱を急ぐ。
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1918年:ブレスト=リトフスク条約(IF版)
• 1918年3月 ソビエト政権はドイツ・オーストリアと単独講和。
• その結果:
• ポーランド・バルト三国・フィンランドが独墺の影響下に。
• ロシアは大幅な領土を喪失。
• 東部戦線は消滅し、ドイツ軍が西部戦線に集中できるようになる。
この時点でロシアは戦争から離脱し、内戦に突入。
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1918年:ロシア内戦の勃発
• 赤軍 vs 白軍(帝政派・自由主義派) の全面内戦が始まる。
• シベリアや極東では白軍の勢力が強く、日本や欧米はこれを支援する動きに。
• この世界では 清朝が主導的に動き、極東干渉を担う ことになる。
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1918年:シベリア出兵(IF版)
• 赤軍の拡大とチェコ軍団事件を契機に、列強は干渉を決定。
• 史実との違い:日本が主役ではなく、清が主役 となる。
清の目的
1. 外満州の奪還(19世紀にロシアに割譲させられた地域)。
2. 国際的地位の強化(「戦勝国」の一員として存在感を示す)。
3. ロシア革命の波及阻止(社会主義思想の浸透を防ぐ)。
出兵の経過
• 1918年夏:清軍(約8〜10万人)が満州から進軍、沿海州・ウラジオストクを占領。
• 1919年:さらにハバロフスク・アムール川流域へ進出。鉄道沿線を確保し、白軍を支
援。
• 日本軍は史実同様の規模で派遣されるが、今回は清軍の補助役。
• 亜米利加国・フランスも少数派遣し、連合国の一環として干渉に加わる。
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1920年以降:行き詰まり
• 赤軍が勢力を回復し、シベリア全域で反撃。
• 清軍は長期駐留で補給困難に陥り、戦意が低下。
• 国際世論(特に亜米利加)から「撤退圧力」が強まる。
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1922年:撤退
• 赤軍が極東を制圧し、ウラジオストクに迫る。
• 清軍はついに撤退を決定。
• 成果は限定的で、外満州の一部を確保したのみで終わる。
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結果
加。
• 清:一時的に「大国の顔」を見せたが、財政負担と兵士の犠牲が大きく、国内不満が増
• 日本:清の後方で影響力を維持、清への依存度を高める。
• ソ連:最終的に赤軍が勝利し、1922年にソビエト連邦が成立。
• 極東:史実よりも 清が強くプレゼンスを示す が、結局はソ連との国境問題を残す。
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結論
この世界ではロシア革命の流れは史実とほぼ同じだが、
「シベリア出兵=清が主役」という大きな差があり、
清は一時的に外満州を取り戻すものの、最終的には撤退して限定的な成果しか得られな
い。




