表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/203

朝鮮戦争(IF版クリミア戦争)と朝鮮懲罰戦(1850年代)

戦争前夜

• 1850年代初頭

• ロシア帝国、コーカサス戦争を制し、中央アジア・極東への南下を本格化。

• アムール川流域に軍事拠点を築き、さらに「朝鮮北部の港湾提供」を要求。

• 朝鮮王朝は清への冊封関係を保ちながら、密かにロシアとも通じる「二股外交」を展

開。

• 清朝はこれを「属国の裏切り」とみなしつつも、単独でロシアに対抗できないため日本

に支援を要請。

---

第一幕:日清 vs ロシア ― 朝鮮・満州戦争

• 1854年:開戦

• ロシア軍が豆満江(図們江)を越えて朝鮮北部に進出、咸興・元山方面の港を占拠。

• 清は鴨緑江を越えて救援軍を派遣、日本は艦隊を朝鮮沿岸に展開し海上封鎖を実施。

• 1855年:制海権を巡る戦い

• 日本海軍がウラジオストク方面でロシア艦隊を撃破。

• ロシア軍は補給を絶たれ、満州方面への進軍が停滞。

• 清軍は陸戦で劣勢だが、日本の兵站支援で辛うじて持ちこたえる。

• 1856年:戦局の転換

• 日本陸軍が限定的に上陸、朝鮮北部の清軍を補佐して平壌・咸興を奪回。

• ロシアは欧州でもフランスと対峙しており、極東に戦力を割けなくなる。

• 1857年:講和

• ロシア、沿海州への進出を一時停止し、朝鮮から撤退。

• 日本は国際的地位を高め、清は面子を保つ。

• 朝鮮は戦場となって疲弊し、民心は動揺。

---

第二幕:清による朝鮮懲罰

• 1858年

• 戦後、朝鮮の二股外交(ロシアへの密約)が暴露。

• 清は「属国の裏切り」と断じ、大軍を鴨緑江から進軍。

• 日本は形式的に中立を装うが、実際には清の動きを黙認。

• 懲罰侵攻の内容

• 清軍が漢城ソウルに入城、親露派官僚を悉く処刑。

• 国王に三跪九叩頭を強要し、改めて「忠誠」を誓わせる。

• 再び厳格な冊封体制を強化、外交権は完全に清が掌握。

• 結果(1859年頃)

• 朝鮮は名実ともに清の属国へ回帰。

• 日本は朝鮮を直接領有しないが、清の背後支援を担ったことで影響力を保持。

• 朝鮮民衆の間では清への反感が強まり、改革派や独立派が密かに伸長。

---

戦争の影響

1. 日本

• 初めての大国間戦争で勝利。国際的地位を大幅に高める。

• しかし朝鮮を直接支配せず、「清に花を持たせた」ため不満を抱く勢力も出る。

2. 清

• 宗主国としての威信を一時的に回復。

• ただし、日本の力を借りなければ勝てなかった現実が、内部に「清弱論」を生む。

3. 朝鮮

• 清に徹底的に懲罰され、再び属国体制に縛られる。

• 親露派の粛清で安定はするが、民心の反清感情が強まる。

4. ロシア

• 極東進出に挫折。

• 「日本こそ最大の障害」と認識を強め、以後の対立が不可避となる。

---

総括

• 1854〜57年:日清 vs ロシアの朝鮮・満州戦争

• 1858年:清による朝鮮懲罰侵攻 → 朝鮮は再び三跪九叩頭、属国化強化

この流れにより、

• 日本は「海洋帝国」として国際的地位を確立。

• 清は表面上の威信を回復するが、日本依存が深まり不安を抱える。

• 朝鮮は属国化を強められ、内部に「独立派の萌芽」が生まれる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ