朝起きたら平安美人になってた
朝、目が覚めたら何やらがおかしかった。
褥から身を起こすと、なぜか春の朝日を「いとをかし」と思ったのじゃ。
口から独り言が漏れた。
「まろは一体、どうしたのじゃ?」
鏡を見て判明した。
真っ白な肌に切れ長の目、おちょぼ口、そしてとってもふっくらとした頬の瓜実顔──
どう見ても平安美人の顔になっていたのでありけり。
私、令和の世ではちっとも目立たない地味女子であったのに、これでは目立ちまくってしまうではないでおじゃるか!
ウキウキしながらその顔に化粧を施せり。
たとえ平安時代の基準であろうとも、美人は美人。町を歩けど誰も振り返らなかった前の顔とは別格なのに違いなかれり。
ちなみにもちろん、まろは平安言葉の教養などないがゆえ、言葉遣いがテキトーなことにはご容赦はべり。
「だ……、誰?」
出社すれば同僚の誰もがまろを見て噂を交わせり。
紺色のビジネススーツはいつものごとくヨレヨレじゃが、この顔の下にあればまるで十二単のごとく見えるであろうの。
「おい、君!」
山下課長が遂にまろに声をかけたでおじゃぶ。
「そこは紫川くんの席だぞ? ……ってか、君、誰だ?」
まろは金色の扇で顔を半分隠しながら振り向くと、無礼な上司に言ってやったのじゃ。
「平安美人に向かって名を聞くとは失礼な」
「な……、なんだと?」
「まろのことは『紫川式部』とでも呼ぶがよい、山下の君」
「山下の……君?」
山下課長は二度驚き申した。
「私の名前をなぜ知ってる!? っていうか紫川? 君、紫川滋味子くんなのか!?」
「ホホホ! そうでおじゃるわ!」
まろは顔を隠していた金色の扇を退け、その絢爛豪華かつ雅なる美貌を令和の衆の眼前にお見舞いしてやったでおじゃる。
「……ぶっさいく」
……え?
「何、そのブス顔」
皆の者がまろの顔を見て、口々に、意外な感想を言いけり。
「整形したん?」
「整形してブスになってどうするよw」
「前のほうがかわいかったのに」
「び……、美人であろーがっ!」
まろの口から反論がまろび出た。
「平安時代の美の基準といえどっ! 春はあけぼのがいとをかし! その風流を愛でる心は今も同じ大和の民のはずっ! 何より……前の地味顔よりは、こちらのほうが何倍も良いであろーがッ!?」
皆は口々に申した。
「確かに個性的……ではあるけどねぇ……」
「ぶっさいww」
「今風じゃないwww」
「前のほうがよかった」
たまらず、まろは職場を飛び出したのじゃ。
仕方がなかろ。秋はつとめてじゃ。
不慮の事故に遭ったげに、公然と仕事を休み、独りの部屋でその日は泣き明かしたのじゃ。
次の朝、目覚めると元に戻ってた。
昨日のことは夢だったのかな? と思ったけど、見ると枕はしっとり濡れていて、枕元には金色の大きな扇が、投げ出されるように置いてあった。
会社に行きたくなかった。
でも、無断欠勤できるような度胸は私にはない……。
仕方なく、おそるおそる職場に入って行くと、みんなが「あっ」と言いながら、振り向いた。
「紫川さん!」
「滋味子さん!」
「おはよう!」
「おはよう!」
「お……、おはようございます」
私はヘコヘコ頭を下げながら、謝った。
「き、昨日のことは……すみませんでした。どうか忘れてください」
「安心する〜」
皆が優しく笑った。
「紫川さんは、やっぱりその顔だよねぇ」
「整形したわけじゃなかったんだ? あれって仮面かなんかだったの?」
「イマドキの変装グッズは凄いんだなぁ」
「今考えたら面白かったけどね〜……。笑っちゃってごめんね?」
「お帰り、紫川くん」
山下課長も私の前にやって来て、優しく笑った。
「すまなかったな。あれ、渾身のギャグだったの? 気づいてやれなくてすまなかった」
ギャグじゃない。
私はほんとうに、わけわからないけど、朝目が覚めたら平安美人になっていたのだった。
でもそんなことは言わずに、都合がいいなと思ったので──
「……へへ。ウケなかったですよね。……地味な私が無理しちゃいました」
ギャグだったことにしてみた。
それからみんなの私に対する態度が目に見えて変わった。
今までは「あのひとよくわかんない」みたいに距離を置かれてたのが、まるで私の何かをわかってくれたように、仲良くしてくれるようになった。
ぼっちだった私に、年の近い女子社員の友達が3人できた。
39歳バツイチの山下課長は私のことを特別に気にかけてくれるようになり、私は彼の恋人になった。そろそろプロポーズの言葉をもらえるかもしれない。
私はだんだん自分の顔が好きになっていった。
この地味顔が私の自慢の顔なのだと思えるようになると、それまでは大勢の中に入ればどこにあるかわからなかったような私の顔が、輝きだした。
世界の中で一番輝いていて、それゆえに目立つ容姿でもあるかのように、自分の地味顔を誇りに思えるようになった。
もう、私はこの顔以外にはなりたくない。
この顔だから、みんなから愛されてるんだ──そう、思えるようになった。
朝、目覚めると、私は北川景子の顔になっていた。
調べたら秋は『夕暮れ』でしたがこのまま突っ走らせてくださいm(_ _)m