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とろける琥珀
その夜、グラスに注がれたウイスキーはやけに甘かった。
バーテンダーに聞けば、「シェリー樽のやつですよ」と、無頓着な返事が返ってきた。
わかってる。
そんなことじゃないんだ。
この甘さは、舌ではなく、記憶の奥に沁みる味だ。
とろけるように身体のなかで広がって、少しだけ苦くなる。
まるで君の笑い声の後味みたいだった。
窓の外では、雨が降っていた。
冷たいはずなのに、まるで焚き火のようなぬくもりを感じたのは、酔いのせいだろうか。
あるいは、この夜が、どこかで誰かと繋がっているせいかもしれない。
隣の席では、ひとりの女が無言で煙草をふかしている。
彼女の横顔が、君に似ている気がした。
けれど、名を呼ぶ勇気はなかった。
呼んでしまったら、二度と会えない気がしたから。
マスターが氷を砕く音が、遠くの風鈴みたいに響いていた。
「もう一杯いきますか?」
「ええ、同じやつを。甘いやつで」
それが君を思い出す夜でも、思い出さない夜でもいい。
とろけるような甘さに、少しずつ沈んでいけるなら、それで。
夜が終わるころ、グラスの底に残ったのは、わずかな琥珀色と、
言えなかった言葉たちだった。