極彩夜
夜が来ると、街の色は壊れる。
青も赤もピンクも、そして黒さえも、輪郭を溶かして、混ざり合って、
やがて私はその渦に呑まれる。
金曜の深夜、祇園の外れ、
通称「極彩夜」と呼ばれる裏通りで、
私は“夜の女王”と出会った。
「イデオロギー? スタイル? そんなもの、夜には無用よ」
そう言って彼女は、缶ビールを投げた。
誰にも当たらなかったが、星が一つ、空から落ちた。
「ここでは、誰も何者にもなれないし、何者でもあっていい。
すべてのルールは自壊する。あなたも、そうでしょ?」
私は頷いた。
自分が何者なのか、何を目指していたのか、わからなくなっていたから。
極彩夜のクラブでは、サラリーマンが詩を叫び、
学生はバレエを踊り、
猫がDJブースでラップを刻む。
「美しいわ、全部が」
女王はそう言って、破けたポスターの裏に消えていった。
彼女のドレスは、夜の端切れで縫われていた。
私は朝まで踊った。
踊って、叫んで、泣いて、笑った。
スタイルが壊れる音がした。
思想が燃える匂いがした。
だけど私は、ようやく「今」に立っていた。
夜が終わるころ、私は一人になっていた。
極彩夜も、女王も、どこにもいない。
でも、手の中には小さなカードが残っていた。
“今がいいよ。”
そう書いてあった。
それからというもの、私は週に一度だけ、ネクタイをほどいて、
極彩の夜に身を浸すことにしている。
明日が来るかどうかなんて、どうでもいいじゃないか。
夜が、こんなにも自由で、きらびやかなら。