火曜日の夜の女
その女に初めて出会ったのは、大学の第二講義棟前、気怠い午後のことであった。
いや違う。もっとロマンチックな出会いだったはずだ。
……いや、すまん。やっぱりそうだった。第二講義棟前だ。ロマンチックのろの字もない。
ともかく、君だ。
そう、あの謎めいた火曜日の女である。
彼女に会うのは、いつも決まって火曜日の夜のバーカウンターなのだ。
他の曜日に現れることは絶対にない。月曜も、水曜も、ましてや金曜の夜など絶対にだめだ。
金曜など、世界で最も浮かれきった曜日である。
そんな日にあの女が出現するわけがない。
店は木屋町の裏手、路地のさらに路地を抜けたところにある、名前もないバーである。
外見はほとんど倉庫だが、中に入るといかにも”分かってる”風の調度品が並んでおり、カクテルを頼むとやたら気取ったグラスにやたら高そうな液体が注がれる。
ここで毎週火曜の夜、彼女は決まってバーカウンターの左端に座っている。
左端である。右端ではない。もし右端に座っていたら、それは彼女ではなく別の「謎の女」なので注意が必要である(過去に2度騙された)。
「また来たの?」
と、彼女は小首をかしげて笑う。
この笑みが実に危険である。これに騙されて何人の京大生が学業を棒に振ったことか。
まあ、私もそのひとりである。
彼女は煙草を吸う。スモーキーな香りが夜に溶けていく。
私はその煙の中で、彼女の輪郭が曖昧になっていくのを眺める。
そのたびに思う。
「この女は本当に実在するのか?」
翌朝になると、記憶は靄のようにぼやけ、バーの場所さえも定かでなくなる。
試しに水曜日の夜に行ってみたが、そこにはただの古びた自転車屋がぽつねんと佇んでいた。
――ということは、私が毎週通っているあのバーは、一体どこに存在しているというのか?
謎は深まるばかりであるが、答えなど求めていない。
なぜなら、君に会えるのは、いつも決まって火曜日の夜のバーカウンター。
それで十分なのである。
ただし、単位は落とした。