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煙と夜と彼女
夜が滲んでいた。
空気の隙間から、昨日の記憶が静かに立ちのぼる。
ひとつ火を点ける。
それは儀式のようでいて、いつもより少し震えていた。
手の甲を撫でる風が、知らない指先のように触れてくる。
それが君だったのか、それともただの冷気だったのか、判然としない。
煙は柔らかく、けれど確かに、そこに形を持って漂った。
輪郭が溶けるたび、名前を呼んだ気がした。
思い出すことと、忘れていくことは、ほんとうは同じ行為かもしれない。
君は煙だった。
話そうとして、やめた言葉の切れ端のように、どこかでくすぶって、
喉奥に少しだけ痺れを残す。
甘くて苦い、もう会えない人の味。
なぜか、目が覚めてしまったときのような感覚があった。
夢の中で君とすれ違った気がした。
まなざしだけ交差して、声は交わらなかった。
火が短くなる。
灰が落ちる。
時間が静かに終わっていく。
あるいは始まっているのかもしれない。
風が吹く。
カーテンが揺れた。
タバコの煙と君が、もう一度、重なって、
そのまま夜に溶けていった。
もう、呼ぶ名前さえも、煙の中だ