第3章 夜の出会い
叫び声も出せず、裕美は闇の中を駆けた。
草をかきわけ、ひたすら走る。
つまずき、枝に引っかかりながらも、ただ、あの影から逃げたかった。
気づけば、ちはるの姿も、白猫の気配も、消えていた。
「ちはる……!」
呼びかけても、返事はない。
夜の梨畑は、まるで深い沼のように、すべてを呑みこんでいた。
(誰か……誰か助けて……!)
そのとき、ふわりと甘い香りと、懐中電灯の柔らかな光が差し込んだ。
「裕美ちゃん?」
聞き覚えのある、気の抜けたような声。
顔を上げると、そこに立っていたのは――
学園の制服をラフに着崩した、**佐藤 海**だった。
赤茶けた髪をラフに結び、シャツのボタンは二つ外れ、鎖骨が無造作に覗いている。
そして、口元にはチュッパチャプス。
彼女は懐中電灯を肩にかけ、まるで散歩でもしているかのような軽やかさで裕美を見下ろしていた。
「こんなとこで、あーしに会えるなんて、運命感じちゃうなぁ」
いたずらっぽく笑うと、チュッパチャプスを口から少し抜き、
冗談めかしてウインクする。
「ねぇ、裕美ちゃん。
今ここで、あーしとふたりっきりだしさ。
ちょっと危ない夜のお散歩……付き合っちゃう?」
裕美は顔を赤らめ、慌てて首を横に振った。
「か、海様、冗談はやめてくださいっ……!」
「冗談だよ〜」
海は軽く笑いながら、またチュッパチャプスをくわえ直した。
「でも、冗談でも、裕美ちゃんと一緒だと楽しいかも」
軽やかに、でもどこか本音を滲ませながら海は言った。
裕美は、胸の高鳴りを抑えながら、必死に言葉を繋ぐ。
「海様、お願いです! ちはるとはぐれてしまって、それに……まきえ先輩が……」
まきえ先輩の失踪を必死に説明する裕美を、海は真剣な眼差しで見つめていた。
チュッパチャプスを口から外し、少しだけ顔を近づける。
「……なるほどね。
実はあーしも、スールの藤堂 梨衣由が、さっきから行方不明なんだ」
「えっ……!」
裕美は驚き、息を呑んだ。
梨畑に消えた、ふたりの少女。
そしてそれぞれが“スール”という特別な絆を持つ相手。
偶然とは、思えなかった。
「……んじゃ、さ。
ここで迷子になって泣いてる場合じゃないってことだよね、裕美ちゃん」
海はにっと笑い、裕美の肩を軽く叩いた。
「大丈夫。あーしが一緒だよ。
裕美ちゃんをひとりぼっちになんて、絶対しないから」
心強いその言葉に、裕美は思わず目を潤ませた。
「ありがとうございます……海様……!」
「ん。礼は、全部終わってからもらうよ」
海はふわりと笑って、チュッパチャプスをくるりと回した。
そして、二人は並んで梨畑の奥へと歩き出す。
月明かりが、わずかに二人の背を照らしていた。
しかし、その光も、梨畑の深い闇に飲み込まれつつあった。