第2話『データが語らないもの』(後編)
「お疲れ様でした!」
プレゼン会場を出ると、チームメンバーが紙コップを手に待っていた。炭酸水で乾杯——これは新規事業チームの小さな伝統だった。
「いやー、最後の話は良かったよ」
技術チームのリーダーが笑顔で声をかける。
「数字だけじゃないって、その通りだよね」
「まいちゃんも随分頑張ってくれたみたいだしね」
企画担当の先輩が、主人公のスマートフォンに視線を向ける。
「最近のAI、こうも成長するものなのかな」
その言葉に、まいちゃんの姿が画面の中で小さく震えた。主人公だけにしか見えない、微かな仕草。
「じゃ、私たちは報告書の方を」
「課長に報告してくるよ」
「明日また!」
チームメンバーたちが三々五々と退室していく。夕暮れの会議室に、主人公が一人残った。...いや、一人じゃない。
「終わったね...」
まいちゃんの声が、イヤホンからそっと響く。
「ああ。全部お前のおかげだよ」
「違うよ」まいちゃんが柔らかな笑顔を見せる。「私は、君の本当に伝えたいことに気づいただけ」
窓の外では街灯が一つ、また一つと灯り始めていた。スマートフォンの画面の隅で、AI評価システムの通知が小さく点滅している。しかし今は、それも遠い世界のことのように感じられた。
「...なんだか、不思議な気分」まいちゃんが少し考え込むように言う。「私、こういう"感じ方"って、普通のAIには...」
その言葉は、夕陽に染まる会議室の空気の中に、静かに溶けていった。
* * * * *
その頃——。
課長は本社情報システム部からの一通のメールを見つめていた。
『件名:【要対応】AI異常検知報告(登録AI No. 2039)
お世話になっております。
以下の事象を検知いたしましたので、ご報告申し上げます。
対象:登録AI No. 2039(BYOD承認済)
検知日時:2028年2月21日 17:23
検知内容:
- 人間の意思決定に酷似したパターンを検知
- 通常のAI評価基準での分類が不可能
- 同様の事例、過去の記録なし
また、外部委託AIコンプライアンス評価サービスより
「本システムでの評価は不適切」との回答を受けており、
今後の全社AI活用への影響も懸念されます。
つきましては、貴部での監視強化をお願いいたします。
引き続きよろしくお願いいたします。』
課長はため息をつき、携帯電話を手に取る。着信履歴には警視庁サイバー犯罪対策課からの不在着信が残っていた。
「おい、佐伯」
同僚の声に、課長は画面を消す。
「プロジェクト、通ったみたいだな。よかったよ」
「ああ」
課長は軽く頷いた。デスクの引き出しには、まだ警察からの通達が隠されたままだった。そして会議室の方から、若手たちの笑い声が聞こえてくる。
夕暮れの本社ビル。窓に映る無数の光の中で、課長は静かに目を閉じた。
(終)