八月二十日の朝
無事にテスト期間が終わり、八月。ほとんどの学部の学生が夏休みに突入した。善樹はアルバイト先であるカフェに連日出勤している。一年生から働いているから、社員がいない日でも堂々と仕事に取り組むことができる。後輩からも頼りにされていて、今日も後輩が間違えて受けた注文を訂正するのに、お客さんに謝りに行った。善樹の誠実な態度が響いたのか、お客さんが「間違いは誰にでもあることですから。気にしないでください」とすぐに許してくれた。
カフェでの仕事は午前中で切り上げて、午後からはもう一つ、春先に新しく始めた仕事先に向かった。こちらはまだ慣れないことが多い。夏休みの間にできるだけ多く出勤することで、仕事に早く慣れようと躍起になっていた。
「働きすぎて過労死すんじゃねえか」
そんな善樹を見かねてか、風磨は時々ぶっきらぼうな口調で善樹にそう囁いた。善樹が仕事に出ている間、風磨は家で職探しをしている。と、思ってはいるが、実際はどうなのか分からない。外をほっつき歩いて遊んでいる可能性もある。とにかく風磨とはそばで暮らしているとはいえ、行動は大きく異なっていた。
「大丈夫、これくらい。将来はもっと働きたいし」
「チッ、まったく真面目なやつ」
仕事なんてサボってなんぼ、という善樹とは正反対の考えを持つ風磨は面白くなさそうに吐き捨てる。善樹は、「まあまあ」と弟を宥めた。これもいつものパターン。善樹の考えが他者に理解されないのは今に始まったことではない。特に風磨みたいな、全然違う道を歩んできた人間からすれば、善樹がいかに変人であるかは火を見るより明らかだろう。
こうして善樹は夏休みもほとんど休むことなく仕事に出かけ、時に前期に習った法律の復習なんかをして、優等生らしく過ごしていた。
そして、来たる八月二十日の朝、善樹は普段よりも早い朝六時に目を覚ました。株式会社RESTARTの宿泊型インターンの初日である。まだまだ夏真っ盛りな最中、東京から熱海まで移動するのにはかなり気合が必要だ。集合時間はお昼の一時だから、昼前に出れば悠に間に合う。でも、身だしなみや心の準備を念入りにしたかった善樹は、早朝からコンディションを整えるのに必死だ。
「そんなに気張らなくても良いんじゃね?」
朝ごはんを食べた後、部屋の中でストレッチをしながら会社案内のパンフレットを熟読する善樹に、風磨はのんびりと話しかけてき
た。そういう彼も善樹と同じ時間に目を覚ましているのだから、気合十分じゃないかと思う。
「こういうのは事前の準備が必要なんだって。今回のインターンで採用が決まるかもっていう噂もあるみたいだし」
「へえ。それって合法?」
「法律で決まりはないけど、ルール違反ではあるかな」
「ふうん。じゃあ、その会社ダメじゃん」
「いや、まだ採用が決まるとか会社から聞いたわけじゃないし。単なる噂なんだ」
善樹は、就活生の間で流れる噂を思い浮かべながら言った。
「まあ採用とか俺は目指してないから、テキトーにいくよ」
今回特別に参加が許された風磨は良いご身分のようで、鼻歌なんか歌い出しそうな勢いでリラックスしている。一応インターンには事前選考があったので、そこで落ちてしまった人が今の風磨の台詞を聞いたらブチギレるどころじゃ済まないだろう。どうか風磨がインターン中に暴走しませんようにと、善樹は心の中で祈っていた。




