それぞれのおかま道
「俺は! 男なんだーーーッ!」
店内に羽矢斗の叫びが響き渡り、筋肉質の店員が厨房からどんぶりを持ったまま飛び出してきた。
「な、なんだッ!? 事件かッ!?」
「ハヤちゃん、服! 服着てぇぇぇ!」
みちるが悲鳴を上げながら、必死で羽矢斗のトレーナーを引き下ろす。しかし、捲り上げられた羽矢斗の胸元を見た周囲の男客たちの反応は、微妙なものだった。
「……あれ? ペタ胸だけど、なんか華奢じゃね?」
「っていうか、鎖骨のラインが美しすぎるだろ……」
「新手のグラビア撮影か何か?」
客たちのヒソヒソ話が聞こえ、羽矢斗は「くそっ……!」と歯かみをしながら服を整えた。男らしさをアピールしたつもりが、ただの「ボーイッシュな美少女の着替えトラブル」として消費されてしまったのだ。
「お待たせしましたッ! 男ラーメンニンニクマシマシ背脂マシマシッ!」
絶望に打ちひしがれる羽矢斗の前に、ドロッとした濁濁のスープに背脂が雪のように降り積もった、凶悪な一杯がドンと置かれた。
「ふん……男なら、黙ってこれを完食してみせるぜ」
羽矢斗は割り箸をパチンと威勢よく割ると、太麺を鷲掴みにして口へ放り込んだ。
──ゴリッ、ズルッ、ドロッ。
「……ッ!!」
暴力的なニンニクの刺激と、胃袋をダイレクトに殴りつけるような脂の塊。普段、高級美容サロンの帰りにハーブティーやアサイーボウルを嗜んでいた羽矢斗の繊細な消化器官が、一瞬で悲鳴を上げた。
「ハヤちゃん、大丈夫……? お顔が真っ白よ……?」
みちるが心配そうに身を乗り出す。みちるの前に置かれた「あっさりラーメン」からは、やさしい湯気が立ち上っていた。
「だ、大丈夫に決まってんだろ! 俺は男だ……っ、こんなもん、余裕……っ!」
涙目になりながら、必死に二口目を押し込む羽矢斗。
その横で、竜毅は「ふむ」と満足そうに頷くと、豪快に麺をすすり上げた。
「うむ! 男の味がするな! ……まあアタレは、食後のハーブティーが恋しいところだが」
「あんちゃん、それ言っちゃダメなやつ……」
結局、羽矢斗は三分の一を食べたところで箸がピタリと止まり、口元を押さえてプルプルと震え始めた。
「……うっ」
「羽矢斗! 無理はいかん!」
竜毅が素早く羽矢斗のどんぶりを引き寄せた。
「アタレが引き受けよう。弟の残したメシを喰らうのも、兄の務めだ」
「……ごめん、あんちゃん……」
自分の不甲斐なさに、羽矢斗はついにテーブルに伏してしまった。
美少女の姿をした男が、男らしくあろうとして撃沈する姿。それはどこからどう見ても、「無理して大盛りを頼んで残してしまった可憐な少女」そのものであった。
店を出ると、夜風が火照った体に心地よかった。
「あー……胃が破裂しそう……」
お腹を押さえながら歩く羽矢斗に、みちるがそっとポケットから胃薬を出して渡した。
「はい、ハヤちゃん。都貴子さんにもらった薬。飲む?」
「……サンキュ」
素直に薬を水で飲み込む羽矢斗を見て、竜毅が静かに口を開いた。
「羽矢斗。お前が『男』として生きたいという気持ちは分かった。だがな、形から入るのが男ではないぞ」
「……じゃあ、何が男なんだよ」
「男とは……大切なものを守るために、泥をかぶれる者のことだ」
竜毅は自分の胸をドンと叩いた。
「お前が店でNo.1として稼いでいた時、アタレやみちるは救われた。自分の見た目という武器を使い、割り切って金を稼ぎ、家族を養う。……それのどこがヘタレだ? 立派な男の仕事ではないか」
羽矢斗はハッとして竜毅を見た。
「あんちゃん……」
「まあ、ジャージで生きるのも自由だがな。明日のバイト辞める件、本当に店長に言うつもりか?」
羽矢斗は自分の小さな手を見つめた。
爪はきれいに整えられ、あんなにガサツにハサミを使っても傷ひとつついていない、美少女の手。
「……あいつに、負けたままでいるのは嫌だ」
羽矢斗が呟いた。
「あいつ?」
「都貴子だよ。あいつ、みちるのことは『素晴らしい』って褒めて、俺のことは『残念ね』って言ったんだぞ。見た目だけで俺を判断して、中身の男気を見てくれなかった……!」
羽矢斗の目に、いつもの負けん気の強い光が戻っていた。
「俺は店を辞めねえ。100万稼いで、今度はその金で……あの犬の店の筆頭株主になってやる! そして都貴子に『俺がオーナーだ』ってドヤ顔してやるんだッ!」
「あら、ハヤちゃん、なんだかズレてるけど元気出たみたいね!」
みちるが嬉しそうにパッと笑顔を咲かせた。
「ウム! それでこそ羽矢斗だ!」
竜毅も満足そうに頷く。
「よし! 決まりだ! 明日からも店で一番稼ぐ美少女(中身は男)として、夜の街に君臨してやるぜーッ!」
夜空に向かって拳を突き上げる羽矢斗。
その横顔はどこまでも美しく、そしてどこまでも男気に溢れていた──たぶん。




