俺は男だ!
みちるがハサミを持った。
都貴子に教わった持ち方で、ぬいぐるみの毛を整えていく。
「綺麗……」
見とれながら都貴子が呟いた。
「やはりみちるには才能があったか」
竜毅も感心している。
「プードルちゃん、いつもかわいいなって思いながら見てたから……」
照れて顔を赤くしながら、みちるはトリミングを続ける。
「スマホで見てイメトレしてたし、今日……」
「それにしても初めてでこれは凄いわ」
都貴子が感嘆した声を漏らす。
「竜毅さんが言った通り! 素晴らしい繊細さと才能だわ」
面白くなさそうにしているのは羽矢斗一人である。
「できた!」
みちるがそう言ってハサミを置く。
白いモップのようなぬいぐるみは、典型的といってもいいプードルの形に仕上がっていた。
「うん。80点」
都貴子が拍手をする。
「でも、母さんに比べるとさすがにまだまだね。母さんが遺した教則動画があるの。それを見て──」
「けっ! 軟弱だなぁ〜、みちるは」
急に羽矢斗が言い出した。
「男のくせによ〜、ぬいぐるみの散髪とか、笑える〜w」
「ハヤトくんもやってみる?」
都貴子がハサミを差し出した。
「レッスン・ドッグ、まだあるから。あなたも上手だったら──」
「や、やってみます」
しかし羽矢斗は見た目は繊細そうだが、中身はガサツだった。
真剣にピンク色の唇を結び、その白梅の枝のような指で、ぬいぐるみの耳を切り落とし、鼻を切り落とし、遂には尻尾まで切り落としてしまった。
竜毅が呆れる。
「丸いものをイビツな丸にしただけだな」
「へっ! こんなのできねーでも人生に影響ねーし……」
「残念ね……」
ショックを隠しきれない顔で負け惜しみを言う羽矢斗に、都貴子が呟いた。
「こんな見た目のいい子がトリマーだったら、ネットでさぞかし人気が出るだろうのに……」
「俺、見た目だけじゃねーッスよ? 俺、男ッスから! こんなのできねーでも、他にちゃんと出来ることがあるッス!」
「ウム。卓球は兄弟で一番うまいな」
竜毅がフォローした。
「あと……は、えぇと……。口のうまさが兄弟で一番だ」
都貴子は羽矢斗には興味をなくしたようにみちるのほうを向くと、その手を握って微笑んだ。
「みちるちゃん、これからよろしくね!」
みちるが嬉しそうに、都貴子と手を繋ぎ合ってぴょんぴょん跳ねる。
目に見えて悔しがっている羽矢斗に、竜毅がその肩を叩きながら、言った。
「みちるに惨敗して悔しいのはわかるぞ。だが、おまえにトリマーの素質はなかったというだけだ。おまえはおまえに向いていることをやればいい」
「俺に向いてることってなんだ?」
自分の履いているかわいいベージュのパンプスを見ながら、羽矢斗が唇を震わせる。
「オヤジに媚び売って、カネ使わせることか?」
「それはそれで才能だぞ。アタレにはとても出来ん」
「俺……、見た目がいいだけのヘタレ野郎じゃねーか。しかもイケメンならまだしも、美少女だし……」
「どうした、羽矢斗……。いつも世の中舐めてて自信たっぷりなおまえが?」
竜毅にはわからなかった。
一目惚れした女性が、自分よりも弟を気に入り、弟とばかり話している──そんな羽矢斗の惨めな気持ちが。
「俺……、店のバイトやめる」
「何を言い出すんだ、羽矢斗ッ!?」
竜毅は慌てた。
「おまえはNo.1なんだぞッ!?」
「俺は男なんだよ。あんな嘘ついてちゃいけねー」
「いや、おまえはどう見ても美少女だぞッ! 自分の見た目に正直に生きるべきだッ!」
「自分の内面に正直に生きたくなったんだよ!」
羽矢斗が叫んだ。
「俺は! 男だーーーッ!」
「おまえに店のバイトを辞められたら……アタレらはどうやって食って行けばいいんだ」
竜毅が土下座をする。
「アタレら兄弟3人はそれぞれに支え合ってたではないか。おまえが稼ぎ、みちるが将来に希望をくれ、そしてアタレが職を探し……」
「あんちゃんは家のことやってくれてたじゃん。それに……、職につけただろ」
「しかし……ッ! 月に100万稼ぐおまえのようには……ッ」
「100万稼いで90万使うやつじゃん、俺」
「それは……おまえにはお洒落をする必要が──」
「そのお洒落をやめるよ。服もこれから激安衣料品店でしか買わねー。しかもジャージばっかにする!」
「そんなのおまえじゃないぞッ!」
「新しい俺になるんだよ!」
みちると都貴子がぽかんとしながらただ見守っている。
店に放された犬たちも、お座りをしながら見守っていた。
♂ ♀ ♂ ♀
羽矢斗はウィッグを脱ぎ捨てた。
メイクも落とし、鏡の前に立つ。
まだどうしても美少女にしか見えなかった。
「なんで俺……、こんななんだよ」
そのおおきな目から一筋、涙が零れると、まるで映画のヒロインのようにまた麗しくなった。
天井近くに四枚並んだ遺影を睨みつける。
母、竜毅の父とみちるの父に挟まれた自分の父親の顔を睨みつけた。自分とよく似た美形だが、享年47歳のその顔は歌舞伎俳優のように妖艶かつ、男らしい。
「……おまえら、仲良く死んでんじゃねーよ。俺ら兄弟を残して、苦しませやがって」
父の遺影の笑顔が楽しそうに見えた。
何の悩みもなく、幸せそうに見えた。
「天国はいいところだろうな。自分に悩むこともなくてよ。……もっとも、アンタは元より悩みなんてなかったろうな。美少女っていうよりイケメンだもんな」
父の笑顔は固まっている。何も言わない。
「……明日は店に行かねーとな」
羽矢斗は遺影から顔をそらすと呟いた。
「辞めること言っとかねーと……。アブさんにもお別れ言いたいしな……」
そこへみちると竜毅が揃って帰って来た。部屋に入るなり竜毅が言う。
「羽矢斗っ。メシ食いに行くぞ」
みちるがその後ろから嬉しそうに言う。
「都貴子さんがお金くださったのよ。あんちゃんには入社祝い、あたしには日払いのバイト料って!」
「今まで羽矢斗に食わしてもらってばっかりだったからな」
竜毅は兄としてのプライドを取り戻したかのように上機嫌だ。
「アタレがおごる! 何がいい?」
羽矢斗は即答した。
「……ラーメン」
「おお! いいね」
「いいわね! どこ行く?」
羽矢斗はまた即答した。
「『男拉麺【ど根性】』──」
♂ ♀ ♂ ♀
男拉麺『ど根性』はドカ盛り、ハイカロリー、ぶっとい麺、と三拍子揃った男のラーメン屋である。
店内はムキムキの筋肉柄で統一され、脂くさく、テレビには女性アイドルのMVが常に流されており、隅っこにはロボットの巨大フィギュアがどーん! と立っている。
女性には入りにくい店とされていた。
「やだ……っ」
店に入るなり、みちるがオロオロと身をよじり、怯えた声を出す。
「なんか……あたしが来ちゃいけないお店に来ちゃったみたい」
まったく違和感はない──と竜毅も羽矢斗も思ったが、口には出さなかった。
「いらっしゃい!」
店員もめっちゃ男臭かった。胸筋をピクピク動かしながら注文を取りに来た。
「これはかわいいお嬢さんだ! 男臭いうちの店にようこそ! ご注文はッ?」
「俺、男ッス」
羽矢斗がそう言い、驚きに固まっている店員に注文をした。
「男ラーメン、ニンニクマシマシ、背脂マシマシ、野菜なし、太麺バリカタで」
「ボク……、ふつうのラーメン。あっさりめで」
みちるが一番カロリーの低いものを選び、注文する。
「アタレはおんこラーメン、ニンニクマシマシ、背脂多め、野菜多め、太麺やわやわで」
「あいよっ!」
竜毅の注文をふつうに『男ラーメン』と聞き違え、店員は二頭上腕筋をムキムキさせると厨房へ帰って行った。
男臭い。
店内には男の匂いが漂っていた。
たまにカップルで来る客もいるとのことだが、今日は男ばかりで、多くの客が遠巻きに羽矢斗のことをチラチラと気にしていた。
「あー! あちぃ!」
そう言って突然、羽矢斗が着ているトレーナーと一緒に下のTシャツも捲り上げ、裸の胸を見せたので、客たちが騒然となる。
兄弟たちも慌てた。
「な、何をしている羽矢斗ッ?」
「きゃっ! ハヤちゃん、こんなとこでヌード見せちゃだめ!」
「俺は男だ!」
すっぴんでも美少女にしか見えない顔を苦しみに歪め、羽矢斗は叫んだ。
「男なんだーーーッ!」