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おんこと乙女と美少女男

 ゲイバー『美少ビューティフル女男ゲイボーイ』は今夜も盛況だった。

 この店は主に若い女の子にしか見えない男の子をホストスとして雇っている。ホストとホステスの中間なのでホストスだ。

 股の間にあるものをちょん切っていない男の娘が大半なので、その性別は完全に男である。そうと知りながら、主に中年男性の客が店に集まってくる。

 店の人気の理由はさまざまであった。女性の内面の醜さに傷つけられてもかわいい女の子が好きな者、ガチホモだけど見た目はかわいいほうが好みな変態、女性の前だと緊張して何も喋れなくなるけどここでならお喋りになれる者──女性の客もチラホラといた。


 かわいい男の娘のホストスがたくさん揃えられたその中でも、羽矢斗のかわいさ美しさは群を抜いている。メイクも非常に薄くて済み、栗色ロングのウィッグを脱いでも美少女にしか見えない彼は、この店で唯一の『天然物』なのだ。


 口も達者であり、ボディータッチのサービスも欠かさない。表面おもてづらの愛嬌のよさも人気の理由だ。


 しかし裏の控え室に戻ると正体を現す。


「ったくよー! あのクソオヤジ、今度いやらしい手つきで俺のケツ触りやがったら殴ってやりてぇ!」

 ソファーにどっかりと座ると、タバコに火を点けながら羽矢斗は吐き捨てた。

「俺はてめーに興味なんかねーっての! 上手な言葉で騙されてることぐらいわかれや! 狩るぞ!」


「ハヤちゃん、常連さんからご指名よ」


 そういって控え室に入ってきたのは、38歳ベテランのアブさんであった。この店には珍しく青ひげの逞しい、角刈りの、典型的な昔風のおかまである。


「あっ、はい」

 アブさんの前でだけは、羽矢斗は素直ないい青年になる。

 タバコの火を丁寧に消すと、ぺこりとお辞儀をした。

「ありがとうございます、アブさん」


「ハヤちゃん……」

 アブさんはしっとりとした目つきで羽矢斗を見つめると、やわらかい口調で、諭した。

「お客様のことを裏で悪くいうのは構わないわ。でもお客様の前ではけっしてそれを匂わせちゃダメ。お客様は癒しを求めてお店に来られてるの。最高の癒しを提供するのが私たちの務めよ」


「わかってます、アブさん」

 心配させないように、羽矢斗はあかるく笑ってみせた。

「俺はプロっス。この店のNo.1っス。天使を演じてみせますよ」


「そうよね。あなたはNo.1」

 アブさんは嫉妬の表情を見せるでもなく、頼もしそうに笑った。

「信頼してるわ。そしてあなたのストレスは私が引き受けてあげるから、いつでも言ってね?」


「お願いします!」


 羽矢斗はアブさんを信頼しきっている。アブさんがいたからこの店に入店した。


 信頼の笑顔を互いに交わすと、羽矢斗は控え室を出、天使の笑顔を装着してホールへ出ていった。


「フフ……。ハヤちゃん、どんどん立派になっていくわね」

 その背中を見送りながらアブさんが呟く。

「最高だわ。私の最高のライバルになってくれた。私もあなたに負けないからね」


 この店の不動のNo.2がアブさんであった。


 情の深い昔ながらのおかまはやはり強いのであった。



♂ ♀ ♂ ♀



「ここが私のお店です」


「ほうっ!」


 都貴子に案内され、その店構えを見て竜毅は、感動するような声をあげた。

 店名こそ『ペットショップ ハナワ』と地味なものの、看板にはキュートな子犬と子猫が寄り添いあってお座りをしており、店はパステルカラーで彩られている。


「か……」

 竜毅は思わず身をよじった。

「きゃわいい……っん!」


 その仕草を見て、都貴子はきゅんとなった。

 こんないかつい見た目をしているのに、なんてかわいいもの好きな仕草だろうか。

 これが『ギャップ効果』というものかと深く納得した。


 中へ入るとかわいい動物がたくさんだった。


 ガラスケース越しにフクロモモンガと熱烈に見つめあっている竜毅に、都貴子が聞く。


「動物、お好きなんですね……よかった! お仕事、やれそうですか?」


「はいっ! これはアタレの天職かもしれないと思いはじめておったところです!」

 竜毅は身構えると、空手の正拳突きのような仕草で、都貴子に訊ねる。

「……それにしても、貴女のようなお若い方が店長とは、どのような経緯いきさつがおありで? ……あ、よろしければでいいんで、お聞かせください」


 都貴子は27歳の竜毅よりもいくらか年下に見える。

 そんな若い女性がこんな立派なペットショップを経営しているのは凄いことだと思い、ぜひとも参考にしたかった。


「じつは両親が……交通事故で同時に亡くなったんです」


 そのことばを聞いて「しまった!」と思った。


「いずれは継ぐつもりだったんで、お店を潰したくもないし、私が経営者を継いだんですが……、未熟者だから色々と舐められて……」


「すみません」

 竜毅がぺこりと頭を下げる。

「辛いお話をさせてしまって……。色々と困難だったことでしょう」


「あ、いいんです。今はお店を軌道に乗せるのに忙しくて、悲しんでる暇もないですから」


 にっこり笑う都貴子の顔を見て、竜毅がボロボロと涙をこぼしはじめた。


「ちょっ……! 竜毅さん?」


 笑顔のまま戸惑う都貴子に、竜毅は語りはじめる。


「都貴子さん……。辛さ苦しさは一人で背負うもんじゃねェ……。泣きたい時はアタレの胸をいくらでもお貸ししましょう。ご一緒に頑張りましょう! 元々ペットショップのお仕事だなんて素晴らしいお話だと思っておりましたが、そのお話を聞いてますますやる気が湧いて参りました。おんこ坂本竜毅、このお店のため、命を賭ける所存で働かせていただきます!」


「お……、大袈裟ですよぅ……。嬉しいですけど」

 都貴子の頬がぽっと赤らむ。


「では、早速仕事を覚えさせてください。何から始めればよろしいので?」


「あ。まずは簡単なことからお願いします。お掃除とか、アニマルさんたちの餌やりとか。簡単だけど一人では大変で、困っていたとこなんです」


「お安い御用だ」

 竜毅が胸を張る。

「……で、ゆくゆくはトリミングとかもやってみたいなぁ。あれって資格とか要るのでしょうか?」


「必要ではありませんので、そのうちやってもらいますね」


「やったぁ!」


「ふふ……。ただし猛練習が必要ですよ? お客様のワンちゃんをみっともない仕上がりにしてお返しできませんからね」


「きっとこのお店を評判の店にしてみせます! アタレのトリミング技術で!」


 都貴子の笑顔が少しひきつった。


「け……結構、繊細さが必要ですよ? 大丈夫?」


「繊細さ!?」


 確かに自分は繊細というよりはガサツだと思った。


 繊細といえば……


 その時、竜毅の顔に、弟みちるのマメコガネのような乙女の顔が浮かんだ。



♂ ♀ ♂ ♀



「あんちゃん、遅いなぁ……」


 そう呟きながら、みちるは時計を見た。もうすぐ20時になるところだった。


「ハヤちゃんのほうが先に帰って来ちゃうよぉ……」


 羽矢斗はいつも20時でバイトを上がり、駅近くのゲイバーから歩いて15分ほどで直帰する。


 もうすぐ冬がやって来る。みちるが竜毅のためにマフラーを編んでいると、玄関の鍵を開ける音がした。


「たっだいまぁー! 今日は餃子に唐揚げ、エビチリだぞ〜」


 帰って来たのは羽矢斗だった。昼間に駅前で見た時と同じ、白い天使のようなチュニックに黒いレギンスの女装姿だ。手にはいつものように、ゲイバーで貰って来た食べ物の入ったビニール袋を下げている。


「お帰り、ハヤちゃん」


「あれっ? みちる一人? あんちゃんは?」


「まだ帰らないのよ。連絡もないし……どうしたのかしら」


 するとけたたましい音を立てて玄関のドアが開いた。

 びくっとして二人が振り向くと、歓喜する鬼のような形相の竜毅がそこに立ち、口からハァハァと白い煙のような息を吐いていた。


「みちる……羽矢斗! 仕事が決まったぞ!」


「ええっ!?」

「マジで!?」


「ああ……っ! ハァハァ……。ペットショップの店員にアタレはなる!」


「わあっ! あんちゃんかわいい動物大好きだもんね!」

「似合わねーけど頑張れよ!」


「そしていつか一流のトリマーにアタレはなる!」


「トリマーってなんだ?」

「わんちゃんの毛の散髪屋さんよ」


「とりあえず……祝おうっ! ハヤ、今夜の飯はなんだっ!?」


「餃子に唐揚げ、エビチリだ」

「日本酒あっためるねっ!」


 卓袱台の上に、今日も豪華なディナーが並ぶ。物価高でお米が買えないので炭水化物はなしだ。


「いいひとに出会ったんだよ」

 上機嫌で熱燗をちびちびやりながら竜毅が言う。

「花輪都貴子さんといって、お若いのに経営者だ。あのひとは信頼できるし尊敬できる」


「あんちゃんはすぐ他人を信用するからちょっと不安だよ」

 羽矢斗がビール缶を片手にツッコむ。

「前もそうやって行きずりのオッサンに惚れて騙されてひどい目に遭ったじゃねーか」


「いや、今回は大丈夫だ」


「……ま、信じるよ。やっと決まった就職先に水を差すわけにもいかないし。おめでとう、あんちゃん」


 二人のやりとりを聞きながら、みちるはにこにこ嬉しそうに、綺麗に持った割り箸で唐揚げを口に運び、綺麗に箸を揃えて置くと、オレンジジュースをおちょぼ口に流し込んだ。


「ところで、みちるよ」

 竜毅が切り出す。

「おまえも花輪さんのお店でアルバイトしてみないか?」


「えっ?」と驚いた顔をするみちるの横から羽矢斗がかばうように言う。


「だめ、だめ、あんちゃん。みちるはテニス部のマネージャーで忙しいの。な、みちる?」


 みちるはオレンジジュースの入ったコップを上品な音を立てて卓袱台に置くと、言った。

「……あたし、前々から、あたしだけ兄弟の中でお金を稼いでないことを申し訳なく思ってた。だから、やってもいいよ? わんちゃんもねこちゃんも大好きだし」


「そんなん気にすることねーって!」

 羽矢斗が竜毅に見えないようにウィンクをした。そして小声でみちるに言う。

(藤森先輩の側にいてーだろ?)


 その名前を聞いて、みちるは思い出した。先輩から頼まれていた、あのことを。


 邪魔な羽矢斗は無視して竜毅がみちるにいう。

()()()()がとても手先が器用で繊細だといったら、花輪さんがぜひトリミングをやってみてほしいというんだ。なんかおまえにはいかにもそういう才能がありそうだ。金のことは心配いらんが、おまえの腕を試してみたくなってな」


「テニス部の仕事が終わるの17時頃だけど、それからでもいいの?」


「じゅうぶんだ。とりあえず明日から来い」


「うん、わかった」


 うなずいたみちるの顔の下に、羽矢斗の小顔が滑り込んだ。そしてまた小声でいう。

(おいおーい……。藤森先輩、バイトしてる間に誰かに取られちまうぞー? いいのかぁー?)


 至近距離で見る羽矢斗の顔は、まるでアイドルの女の子だ。

 くりんとしたおおきな目は愛らしく、長いまつ毛に縁取られ、眉毛も綺麗にカットしてある。唇は桃色で、男なら誰でもそこに口づけたくなるに違いなかった。


「ハヤちゃん……」

 みちるは困ったような笑いを浮かべると、仕方がなさそうにいった。

「藤森先輩がね、あなたに一目惚れしたんだって。付き合えるよう、仲を取り持ってほしいんだって」


 羽矢北斗の美少女フェイスが歪んだ。

 下唇をゴリラのように上唇に乗せると、吐きそうな顔でいった。


「おま……、俺が男だっていってくれてねーの?」


「いっても信じないわ」


「ばっ……!」

 羽矢斗はみちるの下から出て起き上がり、あぐらをかいた。レギンスを穿いた長い脚がとても綺麗だ。

「俺……、ノーマルだから! わかってんだろ? こんな美少女の見た目してても、好きなのは女の子だから! ノーマルだから! 男だってバラして断ってくれっ!」


「でも……」

 みちるは項垂れた。

「藤森先輩の気持ちを……考えると……」


「おまえだって嫌だろ?!」


「でも……」


「でももクソもねーよ! 毎日のようにオッサンの相手で疲れてんだよ! なんで俺がおまえの想い人のオトコと付き合わなきゃいけねーんだよ! 何度もいうけどノーマルだぞ、俺!」


「ノーマルか……」

 お猪口を傾けながら、竜毅が呟いた。

「ノーマルって何なんだろう? アタレら兄弟を見ているとわからなくなる……」






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