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国が滅びそうになるたびに婚約破棄を繰り返す侯爵令嬢と王子の話

作者: 千月さかき
掲載日:2024/08/11

 炎が()れていた。


 王宮を取り囲むのは、数千の兵士たち。

 彼らが手にするかがり火が、夜の町を照らしている。


 油断していたわけではない。

 だが、第3王子派の動きは、あまりにも早すぎた。

 まさか彼らが市民を巻き込み、王都に攻め入るとは思わなかったのだ。


「王宮に兵を向けるとは。ここには病床の陛下がいらっしゃるのだぞ!! 反乱兵どもはそれすらもわからぬか!!」


 王太子のランドルフは叫んだ。


「兵を集めよ! このランドルフが、アトモス派の軍勢を打ち倒してくれる!!」



「無茶です。殿下!」

「敵兵はすぐそこに迫っております!」

「ここは落ちのびて、再起を図るべきでございます!!」



 側近たちが王子に取りすがる。


 彼らもわかっているのだろう。

 第3王子アトモス派が、市民を人質に取っていること。

 アトモス派に味方する貴族が、すでに王都を取り囲んでいること。

 彼らがランドルフを捕らえ、殺そうとしていることを。


 王宮にいる兵数は、アトモス派の10分の1にも満たない。

 もちろん、王宮にいるのは強力な近衛兵だ。決死に戦えば勝利するかもしれない。


 けれど、それでは王都が炎上する。大量の市民が犠牲になる。

 その混乱は、諸外国からの介入を招くことになるだろう。


 今は落ちのびて、再起を図るしかなかった。


「……殿下。どうか……どうか」

「……ここはこらえてくださいませ」

「……民のためにも、落ちのびて、再起を」


 側近たちは涙ながらに訴える。


「…………やむを得ぬか」


 ランドルフ王子は肩を落とした。

 今ならまだ、脱出できる可能性はある。

 そう思ったのか、ランドルフはバルコニーに視線を向けた。


 そこには、銀色の髪の少女がいた。

 白い肌。まとっているのは、空色のドレス。

 ランドルフの婚約者で侯爵令嬢(こうしゃくれいじょう)の、イングリッドだった。


「君を巻き込んですまない、イングリッド」


 おだやかな表情で外を見つめる令嬢に、ランドルフは呼びかける。


「だが、君は必ず守る。一緒に来てくれ」

「ああ……ランドルフ殿下」


 侯爵令嬢イングリッドは、涙をぬぐった。


 イングリッドは『王国の雪花』と呼ばれている。

 冬の厳しいこの国で、おだやかに咲き、人々の心を(いや)す──そんな意味の言葉だ。


 今もイングリッドは、優しい表情を浮かべている。

 敵兵が城を囲んでいるというのに、恐怖している気配もない。


 ──さすがは侯爵令嬢。

 ──王子殿下の婚約者だけのことはある。

 ──きっと、殿下を心から信じていらっしゃるのだろう。


 側近たちは心の中でつぶやく。


 そうして、ランドルフはイングリッドに手を伸ばす。

 差し出された王子の手を見つめながら、イングリッドは──



「はぁ!? なに言ってんですか王子さま!?」



 ぺしっ、と、王子の手を振り払った。


 側近たちの目が点になる。

 そんな彼らの前で、イングリッドは、だんっ、と、足を踏み鳴らした。


「あなたみたいに情けない王子についていくわけないでしょう!? なんなの、この結果は。アトモス王子の取り巻きに王宮を囲まれて! ばかじゃないの!?」


 イングリッドは手を伸ばし、ランドルフの胸ぐらをつかんだ。


「第3王子派が危険だってわかってたんじゃないの!? なんなの。この有様! こんな事態になるまで手をこまねいてて、いざピンチになったら『君は必ず守る。一緒に来てくれ』って。ばかじゃないの!? そんな、なにも見えてない王子の手を取るわけがないじゃない!?」

「イ、イングリッド……」

「あんたみたいな人と婚約した私が馬鹿だったわ!」


 呆然(ぼうぜん)とするランドルフを見ながら、イングリッドは鼻を鳴らす。

 もはや、静かに咲く『王国の雪花』の姿はない。

 そこにあるのは王子を見すえる、冷酷(れいこく)な姫君の姿だった。


「た、確かに、ぼくにも(いた)らないところはあったかもしれない」

「具体的に!」

「そ、それは……」

「至らないところってなによ? あんたの全部じゃないの!?」

「アトモスの取り巻きには注意を払っていたんだ。国王陛下が急に倒れなければ……」

「陛下が狩りのときに急に落馬したのが原因で、自分は悪くないって?」

「そういうわけではない。しかし……」

「あんな事故、どう考えても不自然でしょ!? 調査しなさいよ!!」

「調査はしたのだ。だが、なにも見つからず……」

「あんたが無能だったからじゃないの!?」

「…………ぐっ」

「あんな不自然な事故なんだから、証拠や目撃者くらい出てくるでしょ? それが出てこなかったのは、あんたに人望がないからでしょ!? 自覚ないの!?」

「…………う、うぅ」

「あら。目をうるませてどうしたの。なぁに、泣くの?」


 イングリッドは王子に顔を近づけて、笑う。


「王宮を敵に囲まれて、泣くしかできないわけ? やぁだ。わたしったら、そんな人と婚約してたの? きゃー、恥ずかしい!」

「ぐぬぬ」

「あら? 悔しい? 怒るの?」

「…………イングリッド……君は……」

「やぁだ。本当に怒っちゃった? (うつわ)の小さい人ねぇ。それじゃ兵士がアトモス殿下につくのは当然で──」

「侯爵令嬢イングリッド=バーラト!!」


 王太子ランドルフは胸を反らし、侯爵令嬢イングリッドに指をつきつけて、叫ぶ。


「ここまでだ。君との婚約は解消する!! これから先、私と君は婚約者でもなんでもない。護衛の兵をつけてやるから、どこにでも行くがいい! 婚約破棄だ!!」


 王宮に、ランドルフ王子の声が(ひび)いた瞬間──




 イングリッドの視界が暗転した。




 そして、数秒後。

 侯爵令嬢イングリッドは、侯爵家の自室(・・・・・・)で目を覚ましたのだった。


「……ああ、戻ってきたようね」


 窓からは朝日が差し込んでいる(・・・・・・・・・・)

 ベッドの側に控える侍女を見て、イングリッドはたずねる。


「今はいつ? メリーベル」

「王国暦203年、3月12日の朝でございます」

「ちゃんと2年前に戻ってこられたのね」

「また時間を戻されたのですか? お嬢さま」

「ええ。いつものように、ランドルフさまに『婚約破棄(こんやくはき)』してもらったの」

「例の『破棄戻(はきもど)り』ですね」

「そうよ。ランドルフさまに『婚約破棄』してもらうことで、時間が戻るの。それを教えてくれたのはメリーベルでしょう?」

「私の先祖が住んでいた異世界に、時間を戻す能力者の物語があったそうです」

「死ぬことや、さまざななことがトリガーになって時間が戻る物語よね。『破棄戻り』も、あなたが名付けてくれたのだもの」

「お役に立ててなによりです」

「だからあなたはわたしが『破棄戻り』する前のことを覚えていられるのよね」

「すべてではありませんよ。お嬢さまが『破棄戻り』された直後の、十数分間の記憶だけです。お嬢さまの『破棄戻り』の力のことを知っているのは、そのせいですね」


 メリーベルはうなずいて、


「それで、今回はどうでしたか?」

「やっぱりランドルフさまは素敵ね!」


 イングリッドは真っ赤になった(ほお)を押さえる。

 彼女は(ひとみ)を輝かせながら、


「敵が大軍であっても出撃しようとする勇気! 危機におちいっても、他人を責めたりしないのは王者の風格よね! そんな状態でもランドルフさまは、『わたしを必ず守る』と言ってくれたの。まったく、ランドルフさまったら、わたしをどこまで夢中にさせれば気がすむのかしら。あの状態で婚約破棄に持ち込むのは大変だったわ。もったいなくて、胸が潰れそうだったもの」

「あの……お嬢さま?」

「でも、仕方ないわよね。婚約破棄していただかなくては、時間を戻すことはできないんですもの」

「……むちゃくちゃ目を輝かせてますね」

「傷ついてるランドルフさまは、とても魅力的だったわ。『破棄戻り』のためにプライドを折ろうとしてみたのだけど、ランドルフさまは必死に耐えていらしたの。うつむいて『ぐぬぬ』って歯をくいしばって。わたし、すぐに抱きしめてなぐさめて差し上げたかったわ。高潔(こうけつ)なランドルフさまに、必死なランドルフさま。どちらが好きかといったら……やっぱり、必死に自分を支えていらっしゃるようなお顔かしら。それが見たくて、ちょっときついことを言ってしまったかもしれないけど……仕方ないわよね。『破棄戻り』で時間を戻すためだもの。それに……ループを戻ったあとは、ランドルフさまはなにも覚えていらっしゃらないのだから……ああ。今すぐ抱きしめてさしあげたいのに……」

「お嬢さまお嬢さま」

「なによ。今いいところなのに」

「侍女の前で、妙な性癖(せいへき)披露(ひろう)しないでください」

「ランドルフさまの素敵さを語るのに、なんの遠慮(えんりょ)があるというの?」

「『破棄戻り』したということは、また絶体絶命のピンチになったのでしょう?」

「ええ。それを事前に防ぐために『破棄戻り』したんだもの」

「まずは、その状態になった原因を教えてください。対策を立てるためにも」

「第3王子派の、イギータ伯爵家(はくしゃくけ)が原因よ」


 イングリッドは記憶をたどる。


「国王陛下が狩りに出られたときに落馬されたの。その後、陛下は床についてしまわれたわ。すると第3王子アトモス殿下の取り巻きが兵を集めはじめたの。名目は国境警備だったわ。彼らは敵国を警戒するといって兵を動かし、その矛先(ほこさき)をランドルフさまに向けたのよ」

「その中心人物がイギータ伯爵ですね」

「そうね。前回のループでは第2王子派の暗殺者に囲まれたけど、今回は第3王子派だったわ」

「前回は暗殺者(あんさつしゃ)に囲まれながら殿下をののしって、『破棄戻り』したんですよね」

「暗殺者たちの『空気読め』って視線が痛かったわ」

「うちの王家って殺伐(さつばつ)としてますねぇ」

「初代の王様が『力あるものが国を統べるべし』って言い残してるからでしょうね」

「迷惑な王様ですよね」

「とにかく、イギータ伯爵の陰謀(いんぼう)阻止(そし)しましょう」

「第2王子派は、前回のループで止めたんですよね?」

「そうよ。それに今回は、イギータ伯爵を止めることが加わるわね」


 イングリッドは宣言した。


「手を貸して、メリーベル。この国は王太子であるランドルフさまが治めるべきなの」

「それが一番、無難でしょうね」

「そしてわたしは王妃として──」

「ランドルフさまのあらゆる表情を()でるのですよね? 王のしてのプレッシャーに悩むランドルフさまとか、お嬢さまの言葉に一喜一憂するランドルフさまとか、失敗して屈辱に唇をかむランドルフさまとか」

「なんで先に言うのよ。メリーベル」

「そりゃループも8回目ですからね。覚えますって」

「まさか、あなたもランドルフさまに恋を!?」

「どうしてそういう発想になるんですか。お嬢さま」

「ランドルフさまが世界一素敵な人だからよ!!」

「その素敵な人に暴言吐いて婚約破棄させるんだから、お嬢さまもたいがいですよねぇ」

「だんだん楽しくなってきたわ!」

「はいはい。ランドルフさまをののしるのが(くせ)になる前に、陰謀を止めましょうね」

「今回の陰謀は、国王陛下が狩りで落馬したのがきっかけなの。それを防げばいいはずよ」

「その他の動きは前回のループと同じということですね」

「ええ。それもちゃんと説明するから」

「承知しました」

「わたしとランドルフさまの愛のために、がんばりましょう!」

「変な人ですよね。お嬢さまって。まぁ、転生者の子孫なんて変わり者を雇う人ですから当然ですけど」

「なにか言った? メリーベル」

「我が忠誠はあなたのものです。侯爵令嬢イングリッドさま」

「ありがとう。あなたは一番の親友よ」

「はいはい」


 そうして主従ふたりは、作戦を開始したのだった。





 その後、イングリッドとメリーベルは前回のループと同じように行動した。


 ──敵国のスパイの正体に偶然(・・)気づいて、その正体を暴き。

 ──第2王子派の子爵の令嬢をなぜか(・・・)気に入って(・・・・・)お茶会に招き、父親がしていることを聞き出して。

 ──その派閥が腕利きのならず者を集めている場所に、仮面をかぶった侍女(・・・・・・・・・)が攻め込み、転生者の戦闘能力を使って壊滅(かいめつ)させて。

 ──敵国が攻め込む寸前の国境地帯の砦を、バーラト侯爵家がきまぐれで(・・・・・)支援(・・)していたおかげで、見事に敵を撃退(げきたい)して。

 ──わがままな侯爵令嬢が王都の公園でパーティを開いたため、偶然(・・)その近くで(・・・・・)火を放とうとしていた闇の組織の正体が暴かれて。


 王国はなにごともなく、平和な時間を過ごしていった。


 そして1年半後。

 国王主催により、有力貴族を招いた狩りが行われた日──





「……用意はいいな」


 ここは、王宮の近くにある、王家の狩り場。

 日の差さない森の中に、数名の人物が集まっていた。


「間もなく、国王陛下の猟犬に盛った薬が効いてくるころだ」

「犬を興奮させるものですな?」

「そうだ。薬を盛られた犬は、目の前の相手を敵だと思い込み、おそうだろう」

「あの猟犬は陛下と、第一王子のランドルフ殿下の側に放たれるはずだ」

「犬がおふたりを襲うか……あるいは、犬におびえた馬が、おふたりを落馬させるか……」

「いずれにしても、我らの願いは叶うだろう」

「第2王子殿下の派閥が没落した今。第3王子のアトモス殿下が次の王位を──」


 狩り場を遠くに眺めながら、第3王子派のイギータ伯爵たちは打ち合わせを続ける。

 そして次の瞬間、彼らの目に映ったのは──





「失礼いたします。バーラト侯爵家のイングリッドと申します。国王陛下に折り入ってお話が──」


 ワンワンガウガツガルルルゥガウゥ!!


「きゃ、きゃあ!? なんですのこの犬は。口から泡を()いています! 目が血走っていますわ!! きゃああっ。どうして、陛下にお声をかけようとしただけなのにおそいかかってきますの!?」

「お嬢さま! 危ない!!」


 がしっ。

 ガルルルッ! バウバゥ!


「ありがとう。メリーベル」

「猟犬は取り押さえました。でも、おかしいですね。まるで薬でも盛られたかのような興奮具合です。調べてみた方がよろしいのではないでしょうか?」

「そういえば、さきほど猟犬のいる場所に近づいている方を見ましたわ」

「そうでしたね。茶色の髪をした、長身の男性でした」

「一体、どなたなのでしょう?」




(((侯爵令嬢イングリッドが……どうして!?)))




 隠れていた者たちが声に出さずにつぶやく。

 猟犬はイングリッドの侍女に取り押さえられている。なんなのだ、あの侍女は。

 興奮する猟犬を片手で制圧している。


 そのふたりに近づいて行くのは王太子のランドルフだ。

 彼は国王に向かって語りかけている。


 ──王太子の婚約者であるイングリッドを信じるべき。

 ──茶色の髪で、長身の男性といえば、イギータ伯爵だろう。

 ──伯爵が最近、犬に詳しいものを雇い入れたと聞いている。調査するべき。


 王太子の言葉に、伯爵たちは青ざめる。

 逃げようと彼らが振り返ると……そこにいたのは、王宮付きの衛兵たちだ。

 先頭にいるのは王太子の側近だろう。


「こんなところにいらしたのですか、イギータ伯爵」


 ──むしろおだやかな笑みを浮かべて、王太子の側近は言った。


「少し、お話をうかがいたいことがあります。ご同行願えますでしょうか」

「…………あぁ」


 絶望したイギータ伯爵が、膝をつく。

 こうして、狩りの場で国王と王太子を襲う陰謀は、未然に防がれたのだった。






「うまくいったようね」

「はい。お嬢さま」


 数時間後。

 イングリッドは、自室でメリーベルと話をしていた。


「ですが、お嬢さまが危ないことをする必要はなかったのですよ。私なら、猟犬が暴れた瞬間に取り押さえられたのですから」

「さすがは転生者の子孫ね」

「はい。ですから、危険なことはお控えください」

「そうはいかないわ」


 イングリッドは(かぶり)を振った。


「ランドルフさまを王位につけるためだもの。多少の危険は承知の上よ」

「本当にランドルフさまがお好きなのですねぇ」

「語ってもいいかしら」

「どのくらいかかりますか?」

「明日の夜には終わるわ」

「却下です。それより、今後の対策を考えるしょう」

「そうね。陰謀がすべてなくなったとは思えないものね」

「また『破棄戻り』したら、すべてがやり直しになるんですから」

「わたしはランドルフさまの色々なお顔が見られてうれしいのだけど……」


 イングリッドはぽつりとつぶやいた。


「気品に満ちたランドルフさま。おやさしいランドルフさま。屈辱に顔をゆがめるランドルフさま。涙をこらえるランドルフさま。怒りに満ちた表情のランドルフさま。すべてのランドルフさまをわたしは愛しているのだもの」

「お嬢さまが幸せそうでなによりです」

「ランドルフさまを王位につけるまで、がんばりましょう。メリーベル」

「でも、よろしいのですか? お嬢さま」

「なにが?」

「ランドルフさまが王位につかれたら『破棄戻り』はできなくなります。ランドルフさまをののしったり、その反応を楽しんだりすることは、もうできなくなるのですよ?」

「…………え」

「気づいてなかったのですか!?」

「で、でもでも、結婚したら『離婚戻り』に覚醒(かくせい)するかもしれないわよ?」

「しますかねぇ」

「……あとのことは、あとで考えましょう」


 イングリッドは拳を握りしめる。


「わたしがすべきは、ランドルフさまを王位につけることよ。わたしにしか使えない能力『破棄戻り』を利用して、すべての陰謀を潰すの」

「わかってます。ところで、お嬢さま」

「なぁに?」

「ランドルフさまに事情を話して、協力していただくことはできないのですか?」

「それは嫌。変な子だと思われたくないもの」

「気持ちはわかりますけどねぇ」

「ランドルフさまは……なにも知らなくていいの」


 イングリッドは頬を染めて、


「わたしは陰ながら、あの方をお助けしたいだけ。きっとこの『破棄戻り』の能力は、そのために与えられたものなのよ。わたしはただ、あの方を王位につけることができれば満足だもの」

「ランドルフさまの反応を見て楽しんでますけどね」

「それは別」

「ランドルフさまをののしるのが楽しくなってきてますけどねぇ」

「それも別の話よ」

「王妃になったあとでランドルフさまをののしったりしないでくださいね。あの方はなにも知らないんですから。あの方の反応を見るのは婚約前だけにしてください」

「わかっているわ。メリーベル」

「それでは、次の作戦を立てましょう」

「そうね。他にランドルフさまの敵になりそうな人は……」


 イングリッドとメリーベルは額をくっつけて相談をはじめる。

 ランドルフ王子を、王位につけるために。

 ついでにイングリッドが、ランドルフの様々な表情を楽しむために。


 主従は王国の未来を(うれ)いながら、作戦を立てるのだった。






 ──そのころ、ランドルフ王子は──




「イギータ伯爵の野望は潰した。これでアトモスの派閥は弱体化したはずだな」


 ここは、王宮にあるランドルフの部屋。

 ランドルフは側近──イギータ伯爵を捕らえた少年とともに、話をしていた。


「これが私の能力(・・・・)『破棄戻り』によるものだな」

「殿下がイングリッドさまに婚約破棄を宣言すると時間が戻る。それまでのことは無かったことになり、殿下だけが、起きたことを覚えている、ですよね」

「『破棄戻り』という言葉は、お前が考えてくれたのだろう? アラン」


 ランドルフは側近のアランに語りかける。


「お前の祖先は、異世界からの転生者なのだったな」

「そうです。やたらとモテて、子孫をたくさん残したと聞いています。先祖の世界には、なにかをトリガーにして時間を戻す能力者の物語があったそうです」

「私に『破棄戻り』の能力がめざめたのも、アランを雇ったからかもしれぬな」

「陰謀を未然に防げたのは、殿下のご配慮あってのことでしょう」


 アランは深々と頭を下げる。


「敵国のスパイが正体を現したとき、側に私を配置したこと。第2王子派の令嬢が参加しているお茶会に、部下の者を潜り込ませたこと。腕利きのならず者が集まる場所が2箇所あることに気づき、私を派遣されたこと。敵国が攻め込んで来る前に、国境地帯の砦に私を配置されたこと。イングリッドさまが開催されたパーティに、近衛の者を参加させたこと。すべて、殿下のお考えだったのですから」

「お前ばかり働かせて済まないと思っているよ」

「転生者の子孫とは、力を持て余しているものです。私にとってはちょうどよい()さ晴らしですよ」

「そう言ってくれると助かる」

「しかし殿下」

「なんだ。アランよ」

「イングリッドさまのことです」

「まさか!? お前も彼女のことを……?」

「どうしてそういう発想になるのですか!?」

「だってイングリッドは最高じゃないか。あの優しい笑顔に、気品に満ちた物腰。吠えたける猟犬に立ち向かう勇気もそうだが、パーティに人を集める魅力もある。なにより、私をののしるときの表情は野性的な活力に満ちて……まるで内側から輝くようだ。イングリッドのとりこにならぬ男性がいるだろうか……?」

「殿下殿下」

「どうした。アラン」

「イングリッドさまにののしられるのが癖になっていませんか?」

「……そんなことはないぞ」

「イングリッドのさまざまな表情を見たくて、ぎりぎりまで『破棄戻り』を使わないのではないですか? 今回も、兵が王宮を取り囲むまで待ったのでしょう?」

「陰謀の元凶を見つけ出すためだ。仕方ないだろう?」

「まぁ、そういうことにしておきましょう」

「それより、イングリッドがどうしたというのだ?」

「あの方は『破棄戻り』の前の記憶をもっていらっしゃるのではないでしょうか?」

「それはないだろう」

「どうしてですか?」

「確かに、イングリッドの行動はループ前と少し変わっている。だが、それはわずかな変化だ。その原因はおそらく、私が行動を変えたことにあるのだろう」

「そうでしょうか?」

「狩りのときがそうだった。猟犬を止めるために、私は陛下の側に移動した。その結果、私の近くにいたイングリッドも、陛下の側に近づくことになった。それで彼女の侍女が、猟犬を止めることができたのだ。本当は……私が犬を止める予定だったのだがな」

「そこです。イングリッドさまの侍女が、犬を止めたのが気になるのです」


 アランはランドルフに一礼して、


「やはり、イングリッドさまが記憶を保持している可能性は捨てきれません。あの方にすべてを伝えて、協力を要請するべきではないでしょうか?」

「それは、できぬ」

「なぜですか?」

「変なことを言って、イングリッドに嫌われたら生きていけない」

「……あー」

「仮にイングリッドにループ前の記憶があるとしよう。彼女は人前では、非の打ち所のない侯爵令嬢だ。そんな彼女に『イングリッドはループ前に、ランドルフ王子をののしった』と伝えたら……」

「……イングリッドさまが傷つく、と」

「そうだ」

「……イングリッドさまがもう、ランドルフさまをののしってくれなくなる、と」

「誤解するな。アラン」

「失礼しました」

「わたしは、イングリッドのすべてを愛しているだけだ!!」


 ランドルフは宣言した。


「気品に満ちたイングリッド。恥ずかしがるイングリッド。夢見るイングリッド。怒りをあらわにするイングリッド。目をつり上げて私をののしるイングリッド。私を蹴飛ばすイングリッド。私のむなぐらを掴んでののしるイングリッド。すべてのイングリッドを私は愛している!!」

「『ののしる』が2回出てきましたが」

「と、とにかく、私はすべての陰謀を潰し、イングリッドと結婚するのだ!!」


 決意とともに、ランドルフは立ち上がる。


「協力してくれ。アラン。私には、君の力が必要なのだ」

「はい。殿下。私も、殿下とイングリッドさまが夫婦になるところを見たいですから」

「君はいい人だな!!」

「なんだかんだで殿下は、この国を平和にしてますからねぇ。陰謀も悪人もぶっ潰してますし。きっと、おふたりは名君になると思いますよ」

「君との友情に誓おう」

「信じます。殿下は、転生者の子孫を親友にする、奇特なお方ですからね」





 侯爵令嬢イングリッドと、王太子ランドルフ。

 のちにふたりは結婚し、『愛妻王』『ツンデレ王妃』の名のもとに、王国にかつてないほどの繁栄をもたらすことになるのだが──


 それはまた、別のお話なのだった。





おしまい


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