【短編】何もかも私の被害妄想だったと?
フィリスは聖女である。しかし、聖女なんて大それた肩書を持ってはいるが、当の本人はいたって普通の令嬢だった。
同じ年頃の友人も欲しいと思っているし、普通の貴族たちに自分ばかり贔屓されて無条件に楽しい人生を送っていると思われるのも嫌で、聖女には必要ない事をこれまで色々とやってきた。
例えば、ブライトウェル公爵家の一人娘でありながらも、自分は女で騎士を多く輩出している家柄に合わないからと早くから嫁入り先を探したし、母について回って普通の貴族女性の仕事を学んだ。
しかしフィリスがいくら望んでいようとも、聖女の役目をこなしつつ普通の令嬢と同じように暮らすのは難しく、体調を崩すことがままあった。
そう言った事情もあり、予定していた魔法学園への入学も聖女の仕事で半年遅れてからの編入となってしまった。
けれども、心配はない。同じ年の婚約者であるブルースもいるし、友人であるダイアナも孤立しているフィリスに声をかけてくれた。
……だから今日のお茶会もうまくいく……はず、きっと……。
考えながらもフィリスは、指定された今日のお茶会の場所を目指して歩いていた。
手土産のクッキーが入ったバスケットをもって、遠くに見えてきた温室を目指す。
……でも、ほんの少しだけ心配ではあるんだよね。……だってこの間、チームワークの時に皆に避けられてしまったし。
一昨日にあった魔法の授業では、仲がいいはずのダイアナもブルースもフィリスには声をかけてくれずに教師と共にチームを組んで授業を受けた。
……それに……たまに私の席に間違って花瓶が置いてあることもあるし……。
考え始めると正直、きりがないほど不穏な学園生活な気がしてくる。編入して一ヶ月、以前から付き合いのあるダイアナとブルースの二人以外の友人はまったくできない。
それどころか避けられている気がする。
…………。
……いや、思い悩んだって仕方ないんだ。だってほら聖女だし私。少しぐらい風当たりが強くても馴染んでいこうと思わないと皆についていけないから!
そんな風にフィリスは自分を励ましてぐっと拳を握って、温室にたどり着いた。
ここは貴族しか使うことが出来ないお茶会室となっていて、緑に囲まれたガラス張りの贅沢な空間が広がっている。
中には既にダイアナとブルースがフィリスの為に友人を集めてくれている。
ダイアナとブルースの二人は、学園になじめないフィリスの事を心配してくれていて、こんな風に自分の友人を紹介する場を設けてくれたのだから、今日は気張っていかなければ。
「フィリス様、ちゃんと来るかしら?」
温室の扉を開こうと手を伸ばす。ガラスで壁が薄いので、すでに待っている彼女たちの声が聞こえてきた。
「来るわよ。だってあの子空気読めないから」
ダイアナの声がする。ドアノブに手をかけたままフィリスは思わず固まった。
なんだか言葉のニュアンスから、フィリスの悪口のように聞こえてきたが、気のせいだろう。きっと。
「そうだ、どうせ今日も満面の笑みで犬みたいに俺らにへつらいに来るぞ? 馬鹿みたいだな」
「まったくだよ!何であれが女神さまに選ばれた高貴なる聖女なのか疑問だし、察しも悪いし間抜じゃん?」
「のんきなんだよ、俺らみたいに、自分の力だけで必死に魔法使いを目指す苦労も知らないからな。強い騎士たちに守られてのうのうと暮らしてる馬鹿には世の中の厳しさを教えてらやないと」
何とかして扉を引こうと試みるが、体が動かない。中から聞こえてきたのはブルースの声だ。
彼がこんな風にフィリスの事を言っているところなんて一度も見たことは無い。
何かの間違いだろう、それか友人に合わせて言っているだけで、ここまで酷い事を考えているはずもない。
……だって、そう言われないために学園にまでやってきて、皆と同じように……。
私はのんきだろうか。そう言われるほどに間抜けだろうか。
よくない方向に思考が巡っていく。息が苦しくなって、それでもフィリスの為にお友達を紹介するお茶会を開いてくれるといった彼らを待たせるわけにはいかないし、ほっぽり出すという選択肢もない。
頭の中にはその選択肢はないのに、無意識にじりっと地面を踏みしめて足がすくんだ。
しかし、動き出すことが出来ずにその場にたたずんでいると、ふとガラス扉の向こう側にいるダイアナと目が合った。
彼女は、はっと私に気がついてから、妙な顔をした。
申し訳ないでも、やってしまったという顔でも、気まずいという顔でもなく、しいて言うならば、面倒くさそうな笑みを浮かべた。
そして隣にいた友人へと目線をやって彼女たちに何かを言って、全員がフィリスの事に気がつく。
ガラス越しに見た彼らの瞳には一切の好意的な感情は感じられず、味方だと思っていた婚約者も友人も、二人ともフィリスの事をめんどくさい事になったなというような目で見ている。
しかし、そのうちのダイアナだけが心を入れ替えたように優しそうな笑みを浮かべて、フィリスの方へとやってきた。
それから彼女は扉を開けて、フィリスに言った。
「やだ、フィリス。そんなとこにいないで中に入ってくればいいのに、ほんと愚図なんだから」
「あ……えっと」
「ほら~、皆、聖女のフィリス様がきたよ~?」
彼女は何事もなかったかのようにそう口にして、今までフィリスの事を詰っていた友人に気軽にフィリスを紹介する。
しかし、フィリスの頭の中では、この彼女の反応を見てやはり感じた嫌悪感は嘘ではなかったのかと確信できた。
だってそうだろう。これは明らかに、格下に対する態度だ。
この態度の裏側には、フィリスは絶対にダイアナに逆らわないし、文句も言えないだろうという慢心が隠れている。
ごまかして適当にしておけば、フィリスをどんな風になじっても問題ないと思っている。
「……」
「こちらに来て座ってください。ってあ! 神聖な聖女様は異性と同じ卓に座ることすら駄目なのでは?!」
「やだっ、ちょっと、あははっ! そんなわけないでしょ」
茶化したように言う男性はチャーリーというブルースの友人だ。そんな彼の言葉にダイアナは笑って返す。
「でも実際、フィリス様って付き合いも悪いし、授業も聖女の仕事があるからって抜けるから、そういう決まりもあるかもしれないわね」
続いて愛らしく笑みを浮かべながらハンナというダイアナの友人が付け加えた。
「ねー! 忙しいのはわかるけど当てつけかよって、しょーじきさー思うよねー」
「やめてよ~、皆。がんばってるフィリスが可哀想じゃん」
「そうだぞ。俺の婚約者なんだからあまり虐めてくれるなよ」
彼らの言葉にダイアナとブルースは表面上だけ庇うような形で、フィリスに対する言葉を制止する。
しかしキチンと顔を見てみると面白がっているのは明らかで、出入り口から動かずに、フィリスは顔を俯かせた。
彼らの対応にここ一ヶ月溜まっていた、不審だと思う気持ちが一気にただの虐めだったのかという気持ちに変わって、この一見ただの戯れに見えるやり取りすら悪口に感じて仕方がなかった。
急に悲しくなって自分が恥ずかしくてたまらない。
魔物に殺意を向けられるのには慣れているけれど、同年代の子に敵意を向けられるのがこんなに怖い事だとは思わなかった。
学校とは閉鎖的な空間だ。嫌われているとわかっていても耐えて明日も彼らと仲良くなるために今日この時は笑みを浮かべなければならない。
そうしないと明日は学校という小さな社会の中で迫害されて、もっとひどい目に遭わされるかもしれない。
だからこそ、皆は苦渋を吞み込んで必死にこの場所で生きていくのかもしれない、しかしフィリスには悲しくて苦しくてどうしようもなさそうだった。
「っ……っ、……」
「え? ……うわ」
「なになにッ、俺らなんかした?! 俺らが悪い?!」
「えー、めんどくさー!」
どうしようもなくなると、羞恥心から涙が出てきて顔が熱い。火が出そうだった。
……だめだ。これ、だめだ。
普通の人と同じように努力してがんばって認められるように、フィリスは必死に生きてきた。
しかし、どんなにフィリスがひたむきだろうと、ズルをしていなくとも他人の評価というのは一方的なものでフィリスが変えられるわけではない。
変えるために必要な時間を耐え忍んで苦しむことはどうにもフィリスにはできそうにない。
「なに、急に泣いちゃって。……ってか、これだから世間知らずはさ……ただの軽口じゃん」
「冗談も通じないとか、流石に呆れるぞ、フィリス」
ダイアナとブルースの声がして、フィリスはとにかく嗚咽だけは漏らさないようにぐっとこらえながら、身を翻した。
確かに、世間知らずで打たれ弱くて、阿呆かもしれない。しかしそれ以上にこの場にいることがつらくて、駆けだした。
学園の寮に戻っても、必ずダイアナとも先ほどの友人たちとも顔を合わせることになる。また顔を見ても泣かない自信がない。
一ヶ月、こんな短い期間でこの場所を去るなんて昨日までは考えもしていなかったのに、フィリスは涙を流しながら荷物を纏めて、すぐ近くにあるブライトウェル公爵家のタウンハウスへと逃げるように帰った。
「でも、友人同士の軽い冗談なんでしょう? 大袈裟よフィリス」
もてるだけの荷物を持って帰ってきたフィリスを出迎えたのは、常に屋敷にいる母のダーナだった。
彼女は、父や叔父たちと比べて実に穏やかな人でフィリスの説明にもそんな言葉を返した。
「大袈裟、だったかな……?」
「そうよ。友達を紹介しようとしてくれていたんでしょ、ただの軽はずみで言っただけじゃない?」
「…………」
とりあえず帰ってきて一泊することが出来たが、翌日にはダーナに呼び出されて二人でお茶をしながら事情を聴かれた。
フィリスはずっと違和感のあった話から、昨日の出来事まで事細かに話をしたけれど、ダーナはフィリスの言葉に懐疑的な姿勢を示した。
しかし、冗談だとしても耐えられなかった。あの場所にもういたくないと思うほどにはフィリスにとって苦しい事だった。
「誰だってすれ違うことはあるわ。もう一度向き合ってみるべきじゃない?」
「……」
絶対に嫌だと心では思うのに、上手い反論の仕方が思い浮かばずに、フィリスは俯いてダーナにも真っ向から否定できずにいた。
彼女が親心でフィリスにもう一度がんばるという道を指示していることは理解できるが、今はその気持ちと向き合って渡り合って納得させるだけの気力もなかった。
「責めてるんじゃないんだけどね……」
つぶやくようにいうダーナの言葉に、少し呆れが含まれていることがうかがえる。
フィリスはたしかに女性同士からすれば面倒くさくて察しが悪くて打たれ弱いのかもしれない。
それに実際フィリスが、この屋敷に戻ってくるとなると面倒事が発生するのもまた事実だ。
「ダーナ様、カイルです。少々いいですか」
考えていると、フィリスが戻ってくる事を一番面倒に思うであろう男の声が聞こえて驚いて扉の方を見た。
ダーナが了承すると彼は、部屋へと入ってきて最初にフィリスに視線をやった。
「帰ってきたって本当だったんだな。久しぶり」
「うん……お兄さま」
目が合って彼はニコリとも笑みを浮かべずにフィリスに接し、フィリスも慣れないながらも彼を兄と呼んだ。
「丁度いい所に来たわね。あなたからも言ってあげて、この子ったら少し意地悪なことを言われただけで帰ってきて学園も止めたいんですって、困ったわよね」
「え、ああ……そうなんですか」
「そうよ。それじゃあ将来、社交界でも苦しい思いばかりするわよ。フィリス、特に女性貴族同士なんて悪口を気にしていたら、上手く立ち回れないわよ、ねぇ、カイル」
「……自分は、騎士ですから。女性の社交についてわかりかねます」
ダーナと話をしながらもカイルはフィリスを見ている。
そんな彼の視線に居心地が悪くてフィリスは視線を外した。
彼は、ダーナに同意こそしないがカイルはフィリスを追い出したいはずだと思う。
もともと、フィリスはブライトウェル公爵家の一人娘で、ダーナはすでに子供を産める歳ではない。
しかし、父も騎士団長として詰め所にいたり王宮にいたりすることが多くて、もうこれ以上ブライトウェル公爵家の子供は増えないということは確定している。
そんな状況であるが、父も母も、正直なところ女の子を跡継ぎにすることを望んでいない事をフィリスは知っていた。
代々、優秀な騎士を多く輩出しているブライトウェル公爵の地位を継ぐのが女性ということに抵抗があるのもわかる。だからこそフィリスは早いうちから期待に応える形で、嫁に行くことを決意していた。
そう決めると両親は喜んで、跡継ぎの為に遠縁の親戚であるカイルを養子に入れた。
それは割と最近の事で急に兄が出来たことにも正直戸惑っているような状態ではあるが、仕事で彼とは何度か接触していたのでカイルの強さについてはよく知っている。
彼ならばブライトウェルの名に恥じない行いをしてくれるだろうと思えるが、養子の彼からすれば、目の上のたんこぶみたいなフィリスが戻って来れば迷惑に思うだろう。
「あら、男の人はこれだから。すこしは理解を持つようにしないと将来、お嫁さんに嫌われてしまうわよ。カイル」
「努力します」
「はぁ、そう言っても結局、男の人って女同士の付き合いの辛さを蔑ろにするんだから」
「そうですかね。……ところで、いつまでフィリスはここにいるんだ?」
頬に手を当てて困ったわという仕草をするダーナに適当に返してから、カイルはフィリスに視線を戻して聞いてきた。
その言葉さえもなんだか早く学園に戻れと言っているように聞こえてしまいフィリスは自分が情けなくなった。
「とりあえず一週間ぐらいはいてもいいから、気持ちに整理をつけておくのよ」
カイルのフィリスに対する問いかけにダーナが答えて、それに頷くと会話は終わり、フィリスはそのまま自室に戻った。
今の学園に対する問題もあるし、学園を辞めるとしてもブルースとの婚約や、将来の事に対する問題が沢山ある。
それらすべてをフィリスの望むままにしていったらきっと沢山の人に迷惑がかかるし、この屋敷にずっとお世話になるわけにはいかない。
どうにか自分の力だけで生きていけたらいいと思うけれどそれでは両親をがっかりさせてしまうかもしれない。
そう考えると決断することは難しくて一週間はあっという間に経ってしまった。
「それで、自分の妹に何の用か?」
カイルが眼光を鋭くして言うと、目の前に座っていたブルースとダイアナは口をつぐんでお互いの事を見つめた。
それはあからさまにお互いに、早く話せと発言を押し付け合っているように見えて、フィリスは何故そんな風になっているのかよくわからなかった。
確かにカイルは年上で多少なりとも鍛え上げられたたくましい体つきをしている。
しかし、怒っているわけでもないのだから普通に話をすればいいのに彼らは顔を青白くさせていた。
もしかすると、フィリスに会いに来たのに何故かいる大人の男性に抗議の意思を示しているのかもしれない。
それにフィリスも彼がこの場所にいることはたしかに謎だった。
事の始まりは学園の休日の日に、ダイアナとブルースが二人そろってやってきたことである。
休日だというのに制服に身を包んでいて、突然の訪問してきて、喧嘩をしてへそを曲げてしまったフィリスを学園に連れ戻したいという彼らに母は騙されて屋敷に上げてしまった。
たしかに母に言われた期日の一週間は今日で終わってしまうし、じれったく思っていた母にとって丁度良い訪問だったのだろうと思う。
そしてだまし討ちのような形でフィリスは応接間に呼ばれて、ブルースとダイアナと対面した。
しかし、会話が始まる前に唐突に我が物顔でカイルが入室し、フィリスの隣へと座ったのだった。
「何か言ったらどうなんだ。一応、魔法使いを目指しているんだろう」
「……」
「……」
「返事もしないなんて、学園の教育はどうなっているんだ?」
彼らに当たり前のようにそう言うカイルにブルースもダイアナも黙ったままで、このままでは一向に話を進めることができないとフィリスは思って、隣に座っているカイルの服の裾を引いた。
「あの、お兄さま。……私の友人と婚約者だから私が話すから……」
「……そうか? なんだ、もう二度と顔も見たくない相手なのかと思ったがそういう事なら、席を外すか」
「え、いえ。別にいても問題はないから」
「わかった。フィリスの言う通りにしよう」
フィリスが、要望を口にするとカイルは意外にも快く対応してくれて、ダーナよりも、少しは学園になじめなかったフィリスに同情してくれているらしかった。
養子だというだけでフィリスを悪く思っているだろうなんて考えていた自分が情けない。
ただの心配でここに来てくれたのなら、居てくれた方がいい。
それに、自分の味方が一人でもいると思えると、怖くなくなる気がした。
「……それで、どうしてこの屋敷まで? ……私はもう学園には……」
戻りたくないともやめたいとも、まだダーナと話し合いをしていないので言えなかった。
ただここ一週間考えても、彼らの事は好意的に思えないし、話すことも特にない。
フィリスがそういう思いを込めて言うと、カイルから彼らはフィリスへと視線を向けて、いつもの気弱なフィリスの状態にダイアナもブルースもしばらくしていつもの調子を取り戻した。
「学園には戻らないって事? せっかく私たちが誘ってあげて友達も紹介しようとしてあげたのに?」
「……それは……」
「あの後、俺たち、フィリスは悪くないからと話をして謝罪までして、次のお茶会の約束をしてきてやったんだぞ。そんな努力も無駄にするつもりか?」
彼らは、どうしてかフィリスを学園に戻したいらしく、恩着せがましい事を口にして仕方のないフィリスを諭すように言った。
学園にフィリスが戻ったとしても、今までと同じようにフィリスは浮くだけだし彼らも嫌な思いをするだろう。
「でも私がいると、面倒くさいでしょ。聖女の仕事のたびに外泊もするし、当てつけみたいだって言っていたし。戻ってきて欲しいなんて思ってないはず」
わかり切った事なのでフィリスは、気後れせずに口にした。
あの時は疎まれているという事実を受け止めきれずに言葉が出てこなかったが、こういう状況ならば話は別だ。
するとフィリスの言葉に、ダイアナとブルースは少し目を見開いた。
しかし、はっきりとした言葉が彼らの癪に障った様子でダイアナがすぐにイラついた様子でフィリスに返した。
「そりゃ確かに、色々思うのは当たり前じゃん? それともフィリスの事全部認めてくれるママ、パパみたいな人としか付き合えないって事?」
「ハッ、勘弁してくれよ。俺らお前の親じゃないんだぞ」
「そういう、ことじゃなくて……」
うまく切り返したいと思うのに、どう否定したらいいのかわからない。
完璧に好いてほしいだなんて思っていない。ただ単に一緒にいて不快ならば離れればいいと思っていると言っているだけだ。
「そうやってさ、守られないと潰れちゃう弱い子ですって態度もやめた方がいいよ、フィリス」
「聖女だから仕方ないって思ってやれるなんて俺らぐらいだよな。ダイアナ」
「ね~、本当にそう。こんなに優しくしてあげてるのに被害者ぶって、皆からも嫌われもするよ」
彼らはテンポ早く二人でまくし立てて、フィリスの悪いところをあげつらって馬鹿にしたように笑った。
聖女だからと言って守られているつもりもないし、自分でできることはなんでも自分でやっている。
フィリスは、うざったいと思われながら側にいてほしいだなんて思わないし、嫌ならばもう学園に戻って来いと誘わないでほしいと思っているだけだ。
しかし、その問題をどうしてこんな風にすり替えるのだろう。
意味が分からなくて理解が出来ない。
「だからこんな風に、わざわざ説得しに来てあげるのも私たちぐらいなんだから、ちょっとは素直になったら?」
「それならな、俺たちだって駄目なお前が学園でもやってけるように引っ張ってやるから」
最後に彼らは優しい顔をしてそう口にする。否定するなという強い雰囲気を感じて流されそうになってしまうけれど、フィリスはぐっと拳を握って口にした。
「だからそういう話をしてるんじゃなくて、あなた達に嫌だと思われながら一緒にいたくないって、言ってるんだけど」
「……なにそれ、空気読めない発言しないでよ」
「これだから、世間知らずの聖女様なんて笑われるんだぞ」
しかしフィリスの真面目な言葉にも彼らは、まるで叱責するように返した。
それにフィリスが押し黙ると、とても楽しそうに二人は視線を交わしながら笑みを浮かべて、さらに続けた。
「そもそも、婚約者のブルースと親交を深めるために学園に入ったんでしょ? それなのにブルースにこんなわがまま言って婚約がどうなってもいいの?」
「そうだ、婚約破棄されたらお前なんて行く場所ないんだろ」
「ほんとそれ、 それなのに聖女だからって調子に乗ってさぁ」
「まったくだ。聖女の仕事なんて言っても騎士たちに守られて女神の加護を使うだけのくせに。大変ぶって、お前が授業を抜けてくたび皆しらけてるぞ」
……そんなこと、言われても。
他にやりようなどない。そう思うのならば最初から学園になど誘わなければよかったのではないか。
それに、今やっと気がついた。
彼らは、こうしてフィリスを下げているとき終始ずっと楽しそうなのだ。
本当の理由など正しくはわからないかもしれないが、こうしてフィリスを連れ戻そうとするのは、皆とそうしてフィリスを下げて貶めて笑うためなのかもしれない。
「そりゃそうよね。だってあんたみたいなのが危険な魔獣と戦ってるとか無理有り過ぎでしょ」
「それにこんなに熱心に学園に戻るように言ってやってんのに、意地はって子供かよ」
……子供、……なのかな。
ダイアナとブルースに言われてフィリスは反論する言葉を考えた。
しかし、周りからそう見えていると彼らがこんなに自信を持って言えるならばフィリスへの評価はこれからもずっとそうなのかもしれない。
そんなことでは、ブライトウェルの名に恥じない人生は送れない。
だからこそ、ここは耐え忍んで、彼らの評価を変えるために戦うべきなのかもしれない。
「ね。こんなに言ってあげてるんだから、早く戻ろうよ。フィリス。あんたがちょっと馬鹿でも、私は見捨てないであげるから」
「被害妄想も大概にして、前に進めよ。フィリス、逃げても何も変わらないだろ」
……被害妄想。何もかも、全部私はそもそも、あんな風に言われて当然で、彼らはまったく悪くない。今までも……これからも……?
そう考えるとふつふつと怒りがわいてきた。
フィリスは小さな震え声で言った。
「何もかも、私の被害妄想だった……と?」
苦しくてたまらない、涙がまた出そうになって俯きそうになる。しかし、隣にいたカイルがフィリスの頭をボスボスと撫でた。
驚いて視線をあげると、彼はフィリスの方を見ていなくて、ブルースとダイアナを厳しく見つめていた。
その目は騎士として仕事をしている時同様にギラギラとした光を纏っており、フィリスでもぞくりとするほど恐ろしいものだった。
「フィリスの言う事を聞いて黙ってれば、散々言ってくれたな」
地を這うような低い声で彼が怒っているのだとわかる。
普段からニコリともしないし、感情を表に出さないので意外なこともあるものだと思う。
「っ」
今まで黙っていたので、まったくカイルを気にしていなかった二人は、突然の彼の声に驚いて視線をすぐに向ける。
驚いている様子だったが、フィリスを詰っていた要領でブルースが勢いづいてそのままカイルに言う。
「い、いや、フィリスの兄上殿は、関係ないだろ」
ぎこちない言葉だったが、たしかにその通りだと思ってカイルを見ると、彼は、攻撃対象を定めたようで鋭い瞳をブルースに向けた。
「そもそも、敬意が足りなさすぎるだろ。君、ブルースとか言ったな。跡取り息子らしいがこんなに世間知らずのお坊ちゃまだとは呆れた」
「な……なんだと」
「聖女が何たるかも知らずに、こき下ろして、君たちこそ一度も本当の戦闘に参加したこともない癖に何を偉そうに言ってるんだ」
……カイル。
彼はフィリスの為に怒ってくれている、その気持ちがうれしい。
しかし、フィリスだってそういったことを彼らに言った事はあった。それでも態度は変わらなかったし、ダイアナには偉そうなことを言うなと言われてしまったのだ。
……だから、説得しようとしても……。
フィリスはうれしいので無駄ではないが、彼らには伝わらない、。きっとあれこれと理屈をこねて自分に正当性があるのだと主張してくるに違いない。
そう思ってブルースの反応をみる。
しかし彼は、言葉に詰まって、しばらく考えてからやっと口を開く。
いつもならすぐに言い返すダイアナも今だけは静かで、口を開かなかった。
「お、俺らまだ、学生なのに知ってるわけ、ないじゃないっすか」
ブルースが気弱に反論した。それにすぐさまカイルは返す。
「知らないなら、身を粉にして国を守っている人間に敬意を払え! 自分の無知を自覚して謹んで生活をすべきだろ」
「え、えらそうに。こいつが、そんな大それたことできるわけ━━━━」
「偉そうにだと? 少なくとも安全な国の中でのうのうと毎日勉学に励むことを許されて労働もせずに、聖女を捕まえて常識が云々と講釈を垂れる君らよりも自分はよっぽど重要な立場にいる」
「っ、」
「そちらの君も、何故、フィリスに施しを与える側のようなつもりでいるのか意味が分からない。たしかに勉学に励む時間がほかの同じ年の子供よりも少ないかもしれないが、どうしてそれだけをみて他人よりも劣っていると判断する」
黙り込んだブルースから視線を外して、カイルはダイアナにも同じように高圧的に指摘した。
魔法学園の教師でもこれほど強く言う人はいないので、彼らもたじろいでいる様子だった。
「フィリスは君らよりよほど優秀で、君らよりも重い役目を背負っているだけだ。決して劣ってなどいない。友人として接するならばいいが、その幼い自尊心を慰めるために立場の違う人間を引きずり込んで貶めるな」
「……」
カイルの言葉にダイアナは黙り込んだままだったが、睨みつけるように彼を見て、すぐさまカイルに「言いたいことがあるなら言え」と言われて視線を逸らした。
あっという間に彼らはすっかり黙ってしまって、フィリスはどうして自分が懇切丁寧に話をしたときと違っているのだろうと思う。
カイルほどにきつい言い方をしたわけではないが、それでもきちんと言ったのだ。
けれども茶化されたり馬鹿にされたりしてまともに取り合ってもらえなかった。
それなのに今日ばかりは違う。彼らはまた、カイルに反論しろよとお互いに発言権を押し付け合っていた。
そのうちにダイアナが吐き捨てるように言った。
「不利になるって思ったからって怖そうな人連れてくるとか卑怯でしょ……」
「卑怯なわけないだろ。君らこそなんだ、二人してフィリスを貶めて、婚約まで引き合いに出してたな。同じ年頃の子供同士から見てフィリスがどう映ってるか知らないが、フィリスと結婚したいと思ってる人間なんて山ほどいる」
「いや、いないし。皆、フィリスはむかつくって言ってるし」
「それは、君の周りの仲間内での皆だろ。国に貴族がどれほどいると思ってるんだ。騎士見習いの奴らなら全員、フィリスの婚約破棄を聞いたら自分がと手をあげる」
「妹贔屓とか……キツいんだけど」
「黙れ。それにフィリスが望めば公爵の地位だって手に入る。そもそも君らとは身分も格も違うんだ。ダイアナとブルースといったな、この件は騎士団の中で共有させてもらおう。君らの領地に魔獣が出た時が運の尽きだと思え」
カイルはダイアナの言葉を一蹴して厳しく言い放ち、騎士団までも引き合いに出して彼らに脅しをかけた。
カイルは騎士団長の地位を継ぐ人間だ。今もそれなりの地位にいる。
そんな彼がいえば騎士団は思いのままに動く。しかしそれではブルースとダイアナの問題なのに彼らの家族を巻き込むことになってしまう。
そんなことをしていいのだろうか。
フィリスは、難しい気持ちになった。しかし、カイルを止めるつもりもない。
ダイアナが言っていた怖い人という言葉を聞いてようやくわかったのだ。
彼らはただカイルの外見が恐ろしいから、話も聞くし反論もしないし、ふざけた態度も取らない。
所詮は外見だけで判断して強そうな人には従って自分よりも下だと思う人間の言葉は聞かない弱い人間なのだ。
そう考えれば彼らのことをフィリスは途端にしょうもなく思えた。
「話は以上だ、帰れ。実家に帰って自分のやったことを話して素直に謝罪をするんだな。少しは、自分たちの小さな価値観でなく周りの大人からの他人と自分の評価を感じればいい」
学園という小さな世界では彼らは絶対的な存在に思えたのに、今ここにいるのは大人に怒られて不服そうにしているただの二人の子供だ。
彼らはフィリスに視線を向けてそれから「あんたなんかもう知らないッ」と捨て台詞を言って去っていく。
応接室を出ていく背中を眺めながらフィリスは、きっと最後の別れになるだろうブルースとダイアナに少し寂しくなったけれども、それでももう心残りはなかった。
カイルの言葉を聞いて自分が悪かったのではなく、彼らがどうしようもない子供だったのだと思うことが出来る。
……でも、彼らと同じように生きようと思ったのは私で、普通の女の子みたいに生きるためには、やっぱりああいう子たちと上手く付き合っていかなきゃいけないのかな。
考えるけれど上手くやれる気はしない。やっぱりこれからの身の振り方を考える必要があると思う。
「はぁ、やっと帰ったな。……それで、フィリス。あの侯爵令息との婚約はどうするんだ?」
何もかもうまくはいかないなと考えているとカイルは隣から問いかけてきた。
すでに敵の隙を狙うようなぎらついた瞳はしていなくて雰囲気も緩んでいた。
「婚約は破棄すると思う。彼とはやっていけないし……でも、そうなったら爵位を継ぐ人への嫁入りは難しいし……」
そうするとカイルも困るだろうし、父や母の期待を裏切ることになる。
「私、普通の女の子みたいにやっぱりなれないのかな……」
落ち込んで彼の質問とは関係のない言葉を言ってしまい、また情けない気持ちになった。しかし、カイルは俯いたフィリスの顔を覗き込んで、ほんのちょっとだけ笑みを見せた。
……あ、笑った。
それは笑みというにはあまりにも些細な表情の変化で、傍から見れば怖くて厳つい人だということに変わりはないだろう。
しかしフィリスにとってはとても優しそうに見えた。
「魔獣に対してはあんなに勇ましいのに、意外な弱点だな、フィリス」
比較するように言われて、カイルの方こそよく人間に対してあそこまで強気に出られるなと思う。
フィリスは倒せない相手とどういう風に戦ったらいいのかわからなくていつも困ってしまうのだ。ダーナにも、ダイアナにも、ブルースにも。
「比較にならないと思うんだけど……」
「そうか? それになんで君が普通になる必要がある。君がああいうのと付き合っていきたいって思ってるのか? 外見だけで強さを測るような連中だぞめんどくさいだろ」
「……でも私は女だから。やっぱりお母さまとお父さまの気持ちもあるだろうし、それにカイルも私が今更、嫁にいかなかったら困るでしょ」
言われて思っていたことをそのまま口にした。
フィリスの言葉を聞いてカイルは少し考えた。それから、あっけらかんとして言った。
「騎士団の守護神である君が変なところに嫁に行くぐらいなら、自分はこの地位も捨てるぞ」
「……」
「騎士団の若い連中は大体同じことを言うんじゃないか?」
「でも、私がブライトウェルを継ぐことは望まれてないし、期待を裏切ることになる」
「期待を裏切ったら何か実害があるのか? 襲い掛かられるわけでもあるまいし、何なら自分が君を守るが」
「守る……ってどうして?」
「君が大切だから。……君が望むことなら好きにすべきだが、望まない事をやる理由が、期待を裏切るのが恐ろしいからというのなら自分が手を貸す。見ての通り人間には強いからな」
…………大切……大切か……。
さわやかに言われた言葉がなんだかとっても嬉しくて、人間には強いというカイルはたしかに少しすごめば大体の人が黙り込む強面だ。
「フィリスが跡を継いで自分を婿にすればいい。というか自分でなくても騎士団の中から適当に選んで婿にすれば君の盾になるだろ」
「……」
「君には君の得意分野がある。わざわざ相手のフィールドに入っていって弱い自分をさらけ出さなくてもいいんだ。フィリス」
彼の提案は思いやりにあふれていて、たしかに魔法学園も女性同士の付き合いの場もフィリスの得意な場所ではない。
彼らの懐に飛び込んでの生活はとても苦しいものだった。だからこそ自分の居場所にいていいという人がいるのなら、フィリスも望んでもいいかもしれない。
「ありがとう、カイル。じゃあちょっと失礼して」
カイルは自分でなくてもいいようなことを言ったけれども、フィリスを助けてくれた相手はカイルであり、彼の言った作戦を決行するならば相手は決まっている。
それが決行可能かどうか確かめるためにフィリスはソファーから立ち上がって両手をめいっぱい広げて、抱きしめる。
体が大きくてとても腕を回すことはできないが、まったく嫌悪感もない、匂いも肌の触り心地もよくて魔力もよくなじむ。いい感じである。
「結婚できそうだし、そうしようかな。カイル、嫌悪感は無かった?」
そうしてフィリスは当たり前のように聞いた。
彼女が至極当然のような顔をしているのでカイルは、魔法使いの学校で習った相性を見るための行動なのだろうと納得した。
しかしカイルは魔法使いではないので魔力的な嫌悪感などはまったくわからない。感じたことといえば、自分よりも一回りも二回りも小さな少女のぬくもりだ。
暗闇の森の中で鎧を纏って男たちに混ざって馬に乗り、大規模な魔法を使うこの国の最強の戦士である彼女の細い腕と柔らかい肌。
先ほどの友人たちの件で、彼女にも苦手なものがあるのだと少しは人間らしく感じた敬愛している人物。
そんなフィリスはまごうことなく小さな少女だったらしく驚きつつも「まったく」と短く返す。
「そっか良かった。じゃあ、迷惑をかけるけど、よろしくね。カイル、私、立派な公爵になるから」
「こちらこそ……悪い。確認の為にもう一度、抱擁してもいいか?」
「うん。いいよ」
話を決めてさっさと部屋を出ていこうとするフィリスをカイルはもう一度抱きしめた。
簡単に持ち上げられそうで、ひな鳥のように温かくて小さい。可愛らしいとその時初めてカイルはフィリスに愛情を覚えた。
これから結婚しようという二人なのに、愛情の芽はカイルの中に芽吹いたばかりで夫婦という関係になるのはまだまだ遠い未来の事であった。
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