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埋もれた短編

きっかけなんてそんなもん

作者: 平松冨永




 うちは貧乏ではない、と思う。


 二人兄弟で個室はないけど、週一の習い事には通わせてもらってる。小学生でゲーム機を買い与えられ、弟や両親と週末に盛り上がってるし。


 中学に上がって格安スマホも与えられた。


 課金ゲームやアイテムは禁じられてるが、JavaScriptをオフにしてまとめサイトを回ったり、級友とLINEで馬鹿話をするのに不自由はない。


 それでも無茶苦茶裕福なわけじゃないし、小遣いが倍になればいいのになー、なんて毎月月末に思ったりする。欲しいものは無限にあるし、漫画アプリでも無料じゃないと読めないし。


 学校帰りにダチと向かう古本屋、片っ端から立ち読みしてたら、どんどんカバーが掛けられてしまう。仕方がないからサブスク加入してる佐藤の家にたむろして、観れるアニメで盛り上がる。


 運動神経に見切りをつけて、部活も真面目にやらない学生なんてこんなもんだ。




「あー、金欲しい」


 佐藤の家で絵が微妙なアニメを観ながらそう愚痴れば、我も我もと同意が返る。


「けど闇バイトとかアホじゃんか」


「それなー」


「宝くじ当たんねーかな」


「買う金がねえし、外れたら意味ねえじゃん」


「それなー」


 中学生で一攫千金なんてあり得ない。鬱屈したやり場のないものを持て余し、グダグダ言うしかできないおれたちは下らない人間だ。


「あるぞ」


「なにが」


「種銭なしで一攫千金、完全合法」


「「マジか」」


 思わず声が重なる。いやだって、そんな上手い話があるのかよ。


「このアニメ、Web小説が原作じゃん。本になって印税入って、漫画になって印税入って、アニメになって使用料入ってるじゃんか」


 佐藤が指した画面では、異世界転生した主人公がチートで好き勝手やってる。何故か美少女たちにチヤホヤされてて、デレデレせずに面倒くさがってて、観てて羨ましくもイラついて、それなりにスカッとする。


「小説なんて文字だけじゃんか。絵が下手じゃ漫画描けねえけど、スマホ使えば原稿用紙もペンもいらねえし、売れてるやつっぽい話書けりゃいいんじゃね?」




 バチン、となにかがきれいに嵌まった。それだ、と立ち上がって二人を促す。


「書こうぜ小説。そんで金持ちになろうぜ」


「それなー……って言うと思うかよー! んな上手くいくかよー」


「いや、いけんじゃね?」


 言い出しっぺの佐藤が、自分のスマホを操作する。ほれ、と見せてきたのはWeb小説の投稿サイト。


「エロいやつは年齢制限あるけど、ここなら俺らでも登録閲覧投稿し放題」


「「おおお」」


 LINEでアドレス送ってもらい、速攻でブックマーク。おいこれ、未登録でも読み放題じゃんか。


「うえー、字ばっかでキツそー」


「でもねえって、教科書とかよりダンチで見やすいじゃん」


 人気作と表示されているものを開いてみると、確かに。サクサク進んで難しくない。


「おう、いきなりハズレ扱いで追放されてる」


「こっちはいきなり婚約破棄されてるー」


「ファンタジー世界でYouTuberがRTAとかわけわかんねえのもあるし、思い付くもんはなんでもあるぞ」


 つけっぱなしのアニメそっちのけで、おれたちはやたらと盛り上がった。

 小説なんて、と特に興味はなかったけど、いざ読んでみたら面白い。

 絵がないから美少女キャラの見た目は想像し放題、あれがいいこっちはダメだと評価し放題、これってあの漫画のパクリじゃね? いやあのアニメそのものじゃんか、とわあわあ言いまくった。


「なあ、こんな簡単ならおれたちでも書けんじゃね?」


 やってみるか、と頷いたおれたちは、小説という泥沼地獄を甘く考えていた。そりゃもう、砂糖を倍入れたココアより甘く。




 まずは主人公をどうするか。


「おれらと同じ中学生でいこうぜ」


「高校生でもいいんじゃねー」


「社会人だと仕事がどうとかいるしなあ。俺、親の職場見学以上のこと知らんわ」


 よし、中学生男子でいこう。


「んでやっぱファンタジー? 異世界転生?」


「いきなり死ぬのかよー」


「どうやって死ぬんだ、トラックに轢かれるのも通り魔も病死も過労死も心不全もありきたりだぞ」


 と、おれたちよりWeb小説に詳しい佐藤が言うので、座り直す。


「あれだなー、やっぱ誰も書いてない死因の方がインパクトあるよなー」


「確かに他と死因が同じってだけで、しょっぱなから『アレのパクリですね』とか言われたらムカつかね?」


「んじゃ検索かけてみるか」


 三人で座って、スマホタップを繰り返す。五分、十分、だんだん眉間にシワが寄る。


「……自殺、他殺、突然死、事故死、自然死、死因不明……全部あった」


「嘘だろー戦死や流行病、隕石衝突まであるー」


「ちょ、新聞持ってくるわ」


 佐藤がリビングから持ってきたのを広げ、三人がかりで死因、死因と繰り返しながら活字を睨む。




「強盗に刺されるってのは」


「ざんねーん、あったー」


「痴情のもつれ」


「……恋人に刺されたのとー、道路に突き飛ばされたのとー、駅で突き飛ばされたのとー、建物から突き落とされたのがヒットしたよー」


「えげつねえ、ってか中学生でそれは無理だろサッカー部の主将でもそこまで彼女と揉めねえって」


「土砂崩れ」


「地震と台風で生き埋めってのがあるー」


「……加納、検索早くね?」


「あーなんか『異世界転生 死因』でググったらまとめてるサイトがあってさー」


「「先に言え!」」


 佐藤と一緒に加納をどついてから、新聞を畳んでそのサイトを教えてもらう。


 うん、おれたちが考え付く死因は全滅だ。どうするんだしょっぱなから終わったぞこれ。


 おれと佐藤が頭を抱えていると、ぼんやりしてるくせに妙なとこでスピーディーな加納が口を開いた。


「組み合わせたらいいんじゃないかなー」




 組み合わせ? と尋ねると。


「豪雨災害で避難勧告が出てー、避難中に川に落ちて家族とはぐれてー、どうにか岸に上がったところに土砂崩れとかー」


「なんだその不幸のフルコース」


「いやでもそれだけ不幸だと、転生前から主人公に同情するんじゃね?」


「あーでも地形が問題かー」


 言われてみると確かに。フルコースがあり得るとすれば、山間部か限界集落スタートになるだろう。


「……なあ、ちょっと調べてみねえ?」




 その後、土砂災害を本気で検索したおれたちは、帰宅した佐藤の母さんに驚かれるほど顔色が悪くなった。

 金目当ての発端をはぐらかしつつ説明したら、図書館の新聞記事や消防署が詳しいと教わった。


「勉強も大事だけど、そういうことを知るのも大事よね」


 何故か誉められた。後ろめたい。




 翌日、おれたちは学校帰りに図書館へ向かって司書さん(って言うんだな図書館の人)に色々教わり。


 防災HPやら災害記事やらで、更に青ざめた。


「そもそもさー」


 なんで土砂崩れが発生するんだろー、とこぼした加納が涙ぐんでるのを見た司書さんが、山の構造や土壌と水のことなら、地理や物理の先生に訊くといい、と教えてくれた。




 なので次の日は、放課後に職員室へ行き、社会科の先生に突撃した。科学の先生も混じってあれこれ話し、理科クラブの連中と一緒になって水槽実験になった。


「山の開発ってヤベエ。木はいるんだな」


「うわー、大雨こえー」


「表面を固めても中に染みたらごっそりじゃんか」


「だから法面工事というのがあってな」


「のりめん、ってうちのオヤジの仕事だ」


「マジかよ田中のとーちゃんスゲエな」


「なあ、今度田中の親父さん紹介してくれよ」


「ただの土建屋勤めだぜ」


「ばっか、土建屋ってスゲエだろ、これを防げるんだぞ!」


 わあわあ言ってたら、理科クラブの田中きっかけで土建屋社会見学活動が決まり、おれたちも組み込まれた。

 なんかレポート一枚書け、とか言われた。

 何故だ。




 その後、よく分からないうちに土建屋・消防署・市役所防災課を理科クラブと一緒に回ったおれたちは、防災マップと研究発表の手伝いにも加わった。市役所の人とJAの人と一緒に用水路地図の測量をしたり、水道局の人にマンホールマップを見せてもらったり、暇を持て余した放課後どころか、門限延長を親に相談する事態になってくる。


「市街地がこんなにヤベエとは思わなかった」


「つーかさー、避難所が安全じゃないとか、距離ありすぎるのってダメだよなー」


「線状降水帯が停滞したらここらも赤くなるじゃん」




 理科クラブの連中と唸り、先生や大人たちに相談し、加納や佐藤との帰り道で盛り上がる。


「なあ、異世界転生しなくてもよくね?」


「それなー」


「災害小説でサバイバルとかでさ、面白くて役立つとか最強じゃん」


 何枚書いたか分からないレポートが役立ったのか、おれたちは国語のテストの点数が良くなった。

 分かりやすく伝わりやすくなった文章は、きっとWeb小説を書く時に役立つだろう。


 ちなみに三人揃って、親から誉められたり校長先生たちから応援されたりするようになった。ふふふ、金儲けのための行動とも知らず呑気なこった。


閲覧下さりありがとうございました。

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