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辛いよ! 人事さん  作者: 伊都川ハヤト


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11/13

新卒と人事さん

 世の中、色んな人がいるよねって話。

 


「今年も色んな子がいたね」


「いたね。入社一週間でご懐妊の子とか」


「居た居た。雨の日に車で通勤してきて、駐車場代を経費申請した子」


 緑川さんと桃山さんが、お茶を手にボンヤリと天井を見上げている。


 緑川さんは今日も、花粉対策のゴーグルとマスク姿だ。暑くなってきて花粉のピークは過ぎたと思うのだけれど、彼女曰く、春から秋までは色々飛んでいてキツイらしい。最近では、黄砂も気にしている様子。


 緑川さんと桃山さんは、ストレスが溜まるとお茶を淹れて現実逃避を始めることがあった。彼女たちなりのリフレッシュ方法なのだろう。


 現実逃避とはいっても、二人のそれは十五分くらい。電話が鳴れば秒で出てくれるし、話しかければ何時でも対応してくれる。不憫になるくらい、仕事人間だ。たまには外へ出て、短い間でも仕事を忘れてくればいいのに。


 僕(田中正直です)はそんな二人の後ろで、顧問弁護士からのメールに頭を悩ませていた。


 今年の春も、沢山の新卒が入社してきた。大学を卒業したばかりの彼らは、夢と希望に溢れて目を輝かせている――半分くらいは。


 毎年、入社式にバックレする人や、入社早々に大けがや妊娠で休職になる人がいる。人には事情があるのだから、それはそういうものだと僕らは割り切っている。


 でも、中には、どうしても割り切れないこともある。


 僕はデスクで中腰になって、辺りを見回した。赤井先輩が席を外して、もう三十分になる。急ぎの用件で、僕は先輩からの指示を必要としているのだ。


 ちなみに、僕らの上司である黒岩マネジャーは、昨日から出張中。黒岩さんは「お土産買ってくるよ~」と上機嫌だったけれど、僕らは内心、戦々恐々としている。彼の買ってくるお土産は配りやすい個包装ではなく、生ものだったり、要冷蔵・要冷凍だったりするのだ。


 勿論、貰っておいて文句を言う訳にはいかない。お土産は、それがどんなものでも、皆でありがたく頂いている。ただ、「美味しかったんだ~」と言われて殻付きのホタテを渡された時は、どうやって持って帰ろうか本気で悩んだけれど……。


「悪りぃ。捕まってた」


 僕は後ろから、赤井先輩に肩を叩かれて振り返った。先輩は右手に、なにか箱を持っている。

 先輩が言うには、法務部に顔を出しに行った帰り、別の部署の知り合いに捕まってお土産を貰ったという。

 

 先輩は僕に、土産は湯呑だと教えてくれた。魚を表す漢字が沢山書いてあると、彼は嬉しそうに話している。


 どうでもいいけど、先輩の喜ぶお土産って、外国人旅行者も好きそうなやつが多い気がするな……。


「で? なんて?」


「やっぱり予想通りみたいで……」


 僕は赤井先輩の方へノートパソコンの画面を向けた。画面に表示されているメールには、僕らが相談した内容について、対応が難航しそうだということがツラツラと遠回しに書かれている。


 この春、四月一日付で入社を予定していた新卒(仮にSさんとしますね)が、入社日に現れなかった。

 僕らはいつものバックレだと思い、入社の手続きをしない(入社辞退)として進めていたのだが、ここで新卒採用を行っている部署の担当者(A)から、入社手続きを進めるように依頼があったのだ。


 僕らは手続きを進めるために、Sの状況をAに確認した。Aは当時、新卒採用に関する責任者を務めていて、さらに、Sに関する状況を知っているのは彼しかいなかったのだ。


 今思えば、この時から黒岩さんと赤井先輩は嫌がっていた。多分、予感がしていたんだろう。


 Aは、Sについての状況を僕らには伝えようとしなかった。彼は、保険の手続きなどを含む入社処理を進めるようにとだけ僕らに伝えて、こちらからの質問には一向に答えない。辛うじて聞き出せたのは、「本人の事情で、出社日がズレている」ということだけ。

 

 僕らは状況が分かるまで手続きをストップさせることにしたのだが、その数日後に、社会保険手続きを委託しているグループ会社から、次のような電話があった。


「S様のお手続きを進めるようにお電話いただきましたが、よろしいのでしょうか――?」


 つまりなにがあったのかというと、Aが労務担当者だと名乗って、委託先の会社に手続き状況の確認を行っていたのだ。そして保険手続きが止まっている事を知った彼は、至急進めるように依頼をした。それを委託先が不審に思って、本来の担当者である僕らに連絡を寄こしたのだった。


 月の半ばを過ぎても、Sが出社してくる気配はなかった。

 そしてAは、突然退職した。元々、Aは夏頃に退職を予定していたそうだが、有給消化を早めて引継ぎもないまま出社しなくなってしまったのだ。


 いよいよ怪しいとなって人事部総出でSの状況を確認したところ、彼のご両親と連絡が取れたことで、なんとか状況を理解することが出来た。


 Sは、勾留されていた。入社式まで間近と迫った三月の終わりに、彼は受け子のアルバイトで逮捕されていたのだ――。


「……本人が犯罪行為と知らずに行っており、初犯であることなどからも……」


 赤井先輩が、メールの一文を読み上げている。


 端的に言えば、今回の場合は、受け子のアルバイトをして勾留されたことだけを理由に、入社取り消しや解雇をするのが難しいだろうということだった。

 弁護士はその理由の一部として、会社が社会保険手続きを進めようとしていたことや、Sが勾留されている事実を入社日の時点で会社が知っていたことなどを上げている。


 会社が知っていたというのは、正しくない。

 Aだけが、知っていたのだ。だが彼は、会社への報告を怠っていた。


 しかし、AがSの状況をひた隠しにしていたことと、Sの入社に関する問題は、分けて考えなければならない。


 Sが手を出したアルバイトは、大手の求人サイトに掲載されているものだった。それは一見して闇バイトには思えない求人内容で、会社の住所も電話番号も実在する。単発の仕事とあって面接も登録も不要。仕事が決まった後に担当者から電話で丁寧に説明があり、そこにも不審な様子はなかったそうだ。


 仕事の内容は、荷物の受取代行のようなものだった。Sは自宅で荷物を受取り、その際に自分の本名で署名をしている。詐欺の片棒を担ぐ人間が、そんな迂闊なことをするだろうか。


 そういった理由などから、恐らく不起訴になるだろうというのが弁護士の見解だ。


 そしてSの両親も、入社辞退を迫るか、或いは解雇するというのであれば、会社を訴えると言い出した。Sは完全な被害者であって、落ち度はないというのだ。

 

「ま、現実逃避もしたくなるわな。一人息子を早○田に入れて、卒業後はデカい会社に決まったと思ったら前科者だもんな。心中お察ししますってやつだ」


「恨む相手を間違えてますよ……。でも、前科にはならない可能性もありますから」


 それで、僕らは困っている。Sが起訴されるか否かで、対応が変わりそうだからだ。


「あーあ。子育てって難しいよなあ」


「こーら! 赤井君はしたこともないのに、そんなこと言わないの!」


 お茶を片手に現実逃避していた桃山さんが、赤井先輩を窘める。

 先輩は、やけに素直に頭を下げていた。育児や結婚など、この分野に関しては、赤井先輩は経験者には逆らわないと決めているようだ。


「……Aの方、どうします?」


「両方まとめて、採用と法務でやって貰おうぜ。労務リスクの確認はしたし、内容も伝えた。言っちゃ悪いが、採用の責任だろ?」


「そもそも、Aの行動が意味不明過ぎですよ」


「自分の責任だと思われるのが嫌だったんじゃねぇの? で、隠蔽するうちに収拾つかなくなった……と」

 

 社会に出ると、相談出来ない大人は思いのほか多い事に気付く。報連相なんて基本だろと思うけれど、自分の常識は相手にとっての非常識ということもある。

 人を育てるのは、難しい。言葉の分かる大人だって難しいのだから、子育てなんて僕にはとても無理だろう。


 僕らが話をしていると、そこへご機嫌な黒岩マネジャーが戻ってきた。彼は畳んだ上着を腕に掛けて、空いた手で額や首元の汗を拭っている。


「お帰りなさい。予定より早かったですね」


「一本、早いの乗っちゃった~。しかし暑いね~。このフロア、外より暑いよ?」


 カーディガンをしっかり着込んだ桃山さんと緑川さんを見て、黒岩さんは驚いた様子でデスクへと歩いていく。


 僕らは皆、黒岩さんの手に注目していた。彼の買ってくるお土産が予想出来ずヒヤヒヤしていたのだけれど、鞄と上着以外は手にしていない。

 

 黒岩さんは自分の椅子に腰を下ろすと、大きく息を吸い込んで、今度はタップリ時間をかけてゆっくり吐き出した。


「あ~。落ち着くね~。新幹線で隣になったオジサン、ずーーーっと食べててさあ。声は煩いし、肉まんだ、シュウマイだ、ギョーザだって、良い匂いでさ~! ビール我慢するの大変だったあ」


 いるな、そういう人。僕もべろんべろんに酔って爆睡した人に通路側の席を塞がれてしまって、京都から新横浜までトイレを我慢し続けたことがあるっけ。


「あ、お土産ね、冷蔵庫に入れてあるから。皆で持って帰ってね~」


 暑いなあと繰り返しながら、黒岩さんは鞄から扇子を取り出してパタパタと仰いでいる。


 嫌な予感を覚えたのか、桃山さんが弾かれたように冷蔵庫の方へ走っていった。

 緑川さんに至っては、まだ何を貰ったかも分からないのに、レシピを紹介しているサイトを開いている。


「ありがとうございます。頂きます。ビールじゃないっすよね?」


「おいおい。ビールの訳ないだろ~?」


 赤井先輩の冗談に、黒岩さんはケラケラ笑っている。


「ホタルイカだよ。あ~。ビールのおつまみにしたいね~」


「いいっすね~。ホタルイカ。生っすか?」


「生! ビールも魚も、生だよね~」

 

 そうっすね~と笑いながら、赤井先輩の口元はややひきつっている。

 会社のお土産に生魚は、どうか本当に止めて頂きたい……。


 それから僕は赤井先輩と一緒に、冷蔵庫まで行くことになった。恐らく先に向かった桃山さんが困っているだろうから、今回は僕らでなんとかしようという話になったのだ。


 桃山さんは面倒見が良くて優しいから、つい甘えてしまう。でも、甘えてばっかりという訳にもいかない。「名もなき家事」なんて言葉を聞いたことがあるけれど、職場にも「名もなき仕事」がゴロゴロしていると思う。お土産を取り分ける作業なんて、正にそうじゃないかな。


 冷蔵庫のある給湯室前に差し掛かったところで、僕は中から出てきた女性と目を合わせた。総務の霞ヶ浦さんだ。


 僕が頭を下げると、霞ヶ浦さんはパパパッとハンドサインを残して去っていく。僕の隣に意中の赤井先輩が居たからか、彼女の表情は普段よりも固い。ガチガチだ。突然のことに驚いて、とても緊張したんだろうな。


「……なんだアレ?」


 赤井先輩は、自分がモテていることも知らずに怪訝な顔をしている。先輩は霞ヶ浦さんから些細なことでよく注意されていて、目を付けられていると思い込んでいるのだ。


 霞ヶ浦さんの残したメッセージは、「週末、前の飲み屋で」だった。その時までには、僕は宿題をこなさなくてはならない。赤井先輩に彼女がいるか、僕は調査して報告することになっている。


 僕らが給湯室に入ると、中では桃山さんがトロ箱(発泡スチロールの箱だよ)を脇に置いて、ポリ袋を手にホタルイカを小分けにしている所だった。


「あ! 二人とも、必ず今日持って帰ってね。イカだったの。ホタルイカ」


「ありがとうございます。それ、代わりますよ」


「わあ! ありがとね。でも、大丈夫。二人とも忙しいでしょ?」


「でも、いつもやっていただいているので」


「いいの、いいの。大丈夫だから。ね?」


 桃山さんの笑顔は、何処かで見たそれと似ていた。百パーセント善意だと分かっているから怒れないし、文句も言えない時のような。

 それはまるで、「子どもが良かれと思って手伝いを申し出たけれど、かえって仕事が増えちゃった時のお母さん」みたいな顔。もしくは、「お手伝いは嬉しいけど、今は余裕ないから自分でパパッとやっちゃいたいな~」と考えている時の表情だ。


 赤井先輩は自炊しないし、仕事以外は大雑把。僕はそれなりに自炊するけれど、掃除とか片づけは苦手。そういうところを、見抜かれているんだろう。


 つまりこれは、戦力外通告だ。

 

「本当、黒岩さんたら……。こんな大きい箱を共用の冷蔵庫に入れっぱなし出来ないでしょ? この箱も何曜日にゴミ出せば良いのか調べなきゃいけないし。困っちゃう。黒岩さんたら、もう……」


 作業している桃山さんに頭を下げて、僕らは給湯室を後にした。

 

「ブツブツ言う割に、楽しそうだったよな……」


 赤井先輩の横顔は、理解出来ないという表情だ。

 

「桃山さん、優しいですからね。なんだかんだ、世話好きというか」


 桃山さんは仕事の合間に「本当にもう~!」とか、「全く、もう~!」と言いながら皆が手の回らない雑用をササッと片付けてくれる。その度に僕は申し訳ない気持ちになっているのだけれど、僕らが先に片付けると桃山さんは寂しそうな顔をするから不思議だ。

 

 思うに、皆なんだかんだ言って世話を焼いたり焼かれたりするのが好きで、そういうのが自然と上手く治まっているんだな。人間関係って、時々、奇跡みたいなバランスを保っている。


「なんか、おかあ……母親を思い出したわ」


「ホタルイカ持って、顔を見せに帰ってあげたらいいじゃないですか」


「たまには親孝行すっかあ~」


 先輩の口から出掛かった、「お母さん」という一言。普段は荒っぽい口調だけど、この人は時々、育ちの良さが隠せない時がある。


 女子ってこういうギャップが好きそうだよな……なんてことを考えながら、僕は霞ヶ浦さんのことを思い出していた。教えてあげたら喜びそうだ。


 デスクに向かっている途中、エレベーターホールの前を通り掛かったところで、僕らはエレベーターの前で談笑しているグループに気付いて慌てて脚を止めた。真ん中にいるのは、社長だ。


 五十代とまだ若いうちの社長は、いつも眉間に皴を寄せて、周囲に威圧するようなオーラを放っている。しかし今日の社長は、珍しく笑顔だ。しかも、声を上げて笑っている。


「一緒に居るの、法務の皆さんですよね」


「浅間も居るな。最近、社長のお気に入りらしいって噂されてる」


「凄いな。社長となんて、なにを話せばいいか分かりませんよ」


 談笑中の彼らを邪魔しないように、僕らは会釈しながらその場を走り抜けた。挨拶することも考えたけれど、社長や法務部のメンバーはかなり盛り上がっていて、話しかけられる様なムードではない。


 去り際、僕はそっと振り返って法務の浅間さんの顔を見た。会話の内容は一切分からないけれど、今の浅間さんは堂々として格好よく見える。営業時代は色々と苦労したような話を聞いたことがあるけれど、その経験が今の彼を作っているんだろうか。


 会社って色んな人がいる。それを思う度に、自分も頑張らなきゃなと、僕は自分に言い聞かせるのだった。



 おわり 

 

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