法務も辛いよ②
ハッキリ言って、昇進なんて興味ない。
プライベートを犠牲にして、無駄に責任を背負うだけ。
そんなん、罰ゲームだろ。
「――Colonel, can you hear me ?」
「Loud and clear」
謎のやり取りの後、穂高リーダーが頭に被っていた段ボールを遠くへ放り投げた。
富士マネジャーと穂高リーダーは、顔を合わせてガハハと笑う。
「インテグラルから入ったから、実はこっちのがイメージ強いんですよ~」
「え~? 奇特な人だね、君も~」
「そんなこと言って、自分も遊んでるくせに~」
僕(法務部の浅間です)はメールのチェックで忙しいフリをしながら、上司たちの会話が終わるのを待っていた。多分、彼らは先程からゲームか何かの話をしている。
数分前、穂高リーダーは軽快なBGMを口ずさみながら、身を屈めたり資料棚の隙間に隠れたりしていた。彼が段ボールを被り始めた時は、流石に不安になって株価をチェックしてしまったけれど、大暴落という訳ではないらしい。単に、不審者なだけだ。
二人がキャッキャと遊び始めてから、数少ない法務のメンバーは席を外してしまった。フリーアドレスの席に逃げたか、休憩室か、早めの昼に出掛けたのかもしれない。
時計は、十一時を回ったところだ。午前の終わり。スロースターターな僕は、これくらいの時間が一番冴えている。だからランチは十三時位が理想なのだけれど、法務に配属されてからは、上司二人に連れまわされて自分のペースで食事出来たためしがない。
僕も逃げればいい?
それは違う。波風立てずに適当にやろうと思ったら、それなりに嫌なことも受け入れる必要があるってこと。プライベートを浸食されるよりマシだ。退勤後は完全に自由になれるんだから、これは人間関係の先行投資みたいなものでしょ。
それに、逃げ出したのは、派遣と契約社員の女性。この部署には、正社員の若い男は自分しかいない。……この状況、察してくれ。
「……で、内通者を見つけた訳だが」
突然、富士マネジャーが真顔になった。
「はい。予め、目を付けていた人物で間違いないですね。ログも一致していますし」
穂高リーダーは小走りでデスクに戻ると、ノートパソコンを手に再びマネジャーの元へ。僕は目線が合って呼ばれたように思い、慌てて二人の元に駆け寄った。
気付けば、法務の島の周りには人がいない。僕らだけになっていた。
恐らく、二人は人がはけるまで待っていたのだろう。
だからといって、寸劇するのはどうなんだ。
「ま~やってくれたね。情報漏洩、許すまじだよ」
「悪即斬の精神で、さっそく人事にも話を通しています」
富士マネジャーは深く頷いて、それから溜息を漏らした。こんな仕事は嫌だねと、彼は呟く。
情報漏洩は、割と馬鹿にできない頻度で起きている。その殆どが、うっかり、知らずに、悪気なく行われているもので、いわば意識・知識の問題だ。リテラシーさえしっかりしていれば防げるようなものが殆どということになる。
しかし、故意に情報を持ち出す不届き者もゼロではない。今回のケースは、退職を間近に控えている営業員が、転職先で活用するために顧客リストを持ち出していたのだ。
会社では、同業他社への人材流出を避けるため、競業避止に関する書類に署名を貰うことにしている。勿論、これは拒否できる。職業選択の自由があるからだ。それは署名したとしても同じことで、署名を盾に競合へ行くことを邪魔したりしない。情報の取扱いに関する署名は、別に取っている。
僕も形骸化した書類なんて意味はないと思うのだが、それでも、稀にこの書類が切っ掛けで怪しい人物が割り出せたりするので、一応意味はあると考えられているようだ。
そして今回のケースは、正にそれだった。
件の営業員(以下、Sとする)は、退職を申し出た際に渡される競業避止と情報管理に関する二枚の書類にサインをしていない。Sは職業選択の自由を盾に署名を断固拒否することを表明し、人事に「対応が前時代的だ」とクレームまで入れていたそうだ。
だからSは、この時点で、「ちょっと怪しいな」と思われていた。
そこまで過剰反応したら、なにかあると思うでしょ。普通に。
「浅間君はさ~ゲームしないの~?」
富士マネジャーから話を振られることは予想出来ていたけれど、思っていた質問ではなかったので、僕は頭の中が真っ白になった。この場面、普通だったら、情報管理体勢の強化とか、他部署との連携について意見を求められるのでは……。
「すみません、お二人のように詳しくないですね……。やったことはありますが」
「あれじゃないですか? 今の子は、ほら、スマホでやるんでしょ?」
穂高リーダーは、アプリがどうこうと話をしている。
でも僕は、スマホでゲームをしたことがない。特にこれといった理由はないけれど、小さい画面でチマチマするのが好きじゃないのかもしれない。
どんなゲームをやったことがあるのかと尋ねられたので、僕は「マ○オカート」や「ゼ○ダの冒険」と答えた。
「……なんだろうね。何故か親御さんの気持ちになって、ほっこりしちゃったよ」
「育ちの良さが出てますよね」
「正に、こういうゲームをして欲しいなっていう……親目線でね」
富士マネジャーと穂高リーダーは、僕を温かい目で見ている。
やったことがあるゲームで、育ちの良さなんて分かるのか……?
コース上でのバナナの置き方で性格診断されるくらい、意味不明じゃないか?
そして勝手に親目線で語られるのは、非常に気味が悪い。
このまま黙っていても話題が元に戻るようには思えなかったので、僕は敢えて自分から話題を振ってみることにした。こういう時は、言いたいことを先に吐き出させてしまえばいい。それが、会話を早く切り上げるコツだ。
「おススメとか……ありますか?」
言いたいことだけ言わせようと思ったら、相手の好きそうな話題を振るに限る。
でも、僕のこの作戦は失敗だったようだ。
僕はてっきり、二人がそれぞれ好きなゲームの名前を挙げて、少し話をして終わり程度に思っていた。でも僕を見る彼らの目は、もう親目線じゃなかった。
これは、獲物を見つけたハンターの目――。
「戦略シミュレーションとノベルゲーだったら、どっちがいい?」
穂高リーダーの目は、ギラギラしている。怖い。普段ガ○ダムの話をしている時の愉快な笑顔は、一体何処へ行ったんだよ。
「ちなみに、どっちもエロゲだけど大丈夫? 蟲、平気?」
「エ……虫……? いや、それは、どうなんでしょうね……」
会社で部下にエロゲを勧めるのは、全然大丈夫じゃない。
……でも、どうしてもと言うなら、一度くらいは付き合いでやってみてもいい。全然、興味はないけれど。ある意味、社会勉強みたいなものだろうし。全然、興味ないけど。
僕と穂高リーダーのやり取りを見ていた浅間マネジャーが、突然ニカッと笑った。
「こらこら、ダメだよ~。流石に」
「あ……すみません……」
窘められて、穂高リーダーは軽く頭を下げた。
「浅間君は、多分PCでやらないでしょ? 持ってるハードってs○itch? 先ずはそこからの方が手を出しやすいよね?」
「全くその通りです……。つい……」
「後は、あれだ。うちにプ○ステ5が余ってるから、貸してあげようね」
口では貸してあげると言ったけれど、マネジャーの表情はどう見ても「持って行け」と言っている。圧が強い。窘めるフリをしていただけで、富士マネジャーの方がガッツリ布教する気満々だ。
穂高リーダーはプ○ステの四文字に反応して、ゲームタイトルらしき何かを何作も延々と呟いている。全部で幾つあるのか分からないが、シリーズものはどれか一つだけで勘弁してほしい。『スーパーロ○ット大戦』って、何作あるんだよ。
「こういうのって難しいよね。本当におススメしたいゲームがあっても、それを紹介する前に紹介する用のゲームってあるでしょ?」
「アー○ードコアを勧めたいけど、心が折れたら困るから、ガ○ダムブレイカーから勧める……みたいなやつですね?」
「それは、ガ○ダムが好きな人にしか通じないじゃない? やるなら、先ずはガ○ダムを好きになってもらう必要がある訳だけど、アニメをファーストから勧めるのは難しいだろうねぇ」
二人のおじさんは、ついに目の前にいる僕を置き去りにして話を進めだした。この状況で無理矢理ガ○ダムを勧められたら、むしろ意地でも観ないと思う。こんなのもう、ハラスメントみたいなものだ。
ふたりのおじさんは腕を組んで頭を捻らせ、最終的に僕の前にスマートフォンを差し出した。画面には、ガ○ダムの名を冠するゲームアプリが表示されている。
「検討した結果、これが一番入りやすいだろうということになりました」
「オートバトルだし、育成要素あるし、シナリオはフルボイス」
「はあ……」
適当にやり過ごそうと思ったけれど、おじさん二人は僕をずっと見ている。
僕が「後でチェックします」と言うと、おじさん二人は悲しそうな目で僕を見つめだした。犬猫だったら拾うけれど、おじさん二人じゃなあ……。
とはいえ、気まずさもあり、さっさと仕事したいのもあって、僕は仕方なく二人の目の前でゲームアプリをダウンロードした。無料だからいいものの、こんなの相手次第じゃ本当にハラスメントになるだろ……。大体、ここは会社だし、仕事中だ。
ま、いいか。家に帰ったら消せばいいんだ。
「――お、後白河さん、明日来てくださるそうです」
穂高リーダーが、メールを読み上げている。二人のおじさんは部下にゲームアプリを勧めて満足したのか、もう仕事の顔に戻っていた。
ちなみに後白河さんというのは、顧問弁護士だ。
「Sの件とは別に、人事とタッグ組んでこのチームまるっと洗うから。忙しくなるよ~」
「前から、疑惑ありましたらからね。営業成績水増しの」
「あとは、引き抜きだね。金銭報酬でもあるのかな。仲介してるっぽいのがいてね~。事業部も人事もブチギレだよ」
Sの所属している部署では、以前から不正が疑われていたという。僕はマネジャーやリーダーのいうような事実は知らなかったので、そんなことをしている人間がいることに驚いていた。どう考えてもバレることを、態々会社で行う意味が分からない。そんなことでキャリアに傷を付けるなんて、勿体ないじゃないか。
僕は早速、穂高リーダーの指示で、不正を疑われている対象者をリストアップした。Sを含めて、全部で十一人。これが全員黒なら、大変なことだ。
しばらく忙しくなりそうだなと僕が憂鬱な気持ちでいると、富士マネジャーが突然思い出したように言った。
「さっきのアプリ、社長もやってるから」
「……どうしてご存じなんですか?」
「たまに一緒に遊ぶんだよ~。元々、釣り友」
富士マネジャーは、ガハハと笑う。
僕はマネジャーの隣で笑っている穂高リーダーの表情を見て、彼もその一味なのだと察した。
全身で感じる、嫌な予感。さっきのアプリ、もしかして、消せない感じ……?
そしてこの後、僕は社長や上司のおじさんたちとゲーム仲間になり、やがて意に反して昇進ルートへと乗せられていくこととなる。
だがこの時の僕は、まだそれに気付いていないのだった――。
おわり




