バカが考えたフランス革命期の「テニスコートの誓い」
『球戯場の誓い』とは、1789年6月20日フランスで起こった事件である。
三部会の第三身分議員が球戯場に集まり、憲法制定まで解散しないことを誓い合った――とされるが、この説明だとあまりにも複雑で何が何やらという人が多いと思う。“三部会”とか“第三身分”とか、よく分からないし。“第零身分”がもしあったらかっこいいなって思う。
つまり、分かりやすく説明するとこうなる。
『球戯場の誓い』とは、「フランス革命をやるかやらないか、テニスで決めようぜ!」という事件だったのである。
1789年6月20日、フランスのパリにあるテニスコートには大勢の観客が詰めかけていた。
およそ10万人を収容できる会場であったが、客席は瞬く間に埋まり、超満員になっていた。
一説には20万人はいたと言われている。
チケットは転売されまくり、多くの転売屋がギロチンにかけられた。
なぜ、これほど盛り上がっていたのかというと、この日は非常に重要な試合が行われるためである。
“フランス革命”をやるかやらないか、決めるための試合が――
神聖なるテニスコートに二人の男が入場する。
一人目は――ピエール。
明るい金髪で、高い鼻を持ち、口髭を生やした紳士である。
なぜピエールという名前なのかというと、フランス人といえばピエール、そんな気がしたためである。
ユニフォームにはフランス語で大きく“革命”と描かれている。
彼は“革命派”の人間であり、「フランスがよりよい国になるためには、革命が必要なのだ!」と主張している。
ピエールの対戦相手はアンリという男であった。
パーマ気味の赤髪を持ち、気難しい顔をした30代の男である。
言うまでもなく、彼は“保守派”の人間であり、革命には断固反対している。
「フランスは今まで通りの国でいいのだ!」と頑なな態度を崩さない。
この二人の試合結果によって、フランス革命が実行されるかされないか決まる。
観客たちは固唾を飲んで見守る。
『お待たせいたしました! まもなくフランス革命をやるかやらないかを決める、テニスマッチを開始いたします!』
実況が会場を盛り上げる。
審判の合図により、試合が始まる。
まずサーブを打つのはピエール。
普段は温和な彼だが、テニスとなると目つきが鋭くなる。
「ボンジュール!!!」
テニスボールをトスすると、掛け声とともに鋭いサーブを放つ。
ボールはコートの隅に突き刺さった。
アンリは一歩も動けない。
「15-0!」
得点がコールされる。
『流石は革命の申し子ピエール! 凄まじいサーブでしたァ!』
応援席の革命派のメンバーが湧き上がる。
「いいぞ、ピエール! ナイスサーブ!」
「いけるいける!」
「アンリの野郎、反応できてないぜ!」
ピエールも今のショットに手応えを感じていた。
しかし――
「ふん、この程度か」とアンリ。
「……なに?」
「この程度の腕前で“革命”だと? 笑わせてくれる」
「なんだと!?」
「もう一度サーブを打ってみろ。そうすれば分かる」
「いいだろう……!」
ピエールはトスを上げ、ラケットを振るう。
打球はアンリのコートに突き刺さったが――
「むんっ!」
アンリはそれをあっさりピエールのコートへ打ち返した。
ピエールは触れることもできず、リターンエースが決まってしまった。
「ぐうっ……!」
ピエールがうめく。アンリはニヤリと笑う。
「分かったか? 格の違いが……」
「……まだ試合は始まったばかりだ!」
ピエールはめげずにサーブを打つが、全てリターンエースを決められてしまう。
「ゲームウォンバイアンリ!」
最初のゲームはアンリが先取した。
力の差を見せつけられる形となったピエールだが、まだ諦めていない。
「勝負はこれからだ!」
だが、アンリは冷たい眼でこう告げる。
「勝負はこれから? いや……このゲームで終わりだ!」
アンリがトスを上げ、ラケットでサーブを放つ。
その打球はあまりに速く、そして重かった。しかも、なぜか色が黒い。
ピエールは打ち返そうとするが、ラケットを弾かれてしまう。
「うぐ……なんて重いサーブだ……!」
「ククク……これがフランスという国家の重さよ! 革命など不可能なのだ! フランス四千年の歴史、思い知るがいい!」
アンリのサーブ。
やはり球は黒く、そのサーブはピエールの腹に突き刺さった。
「ぐはぁっ!」
悶え苦しむピエール。
苦しみながら、敵のサーブの正体を探る。
「うぐぐ……フランスという歴史の重みが、テニスボールに重力を生じさせ、打球を黒くしているのか……!?」
「その通りよ!」
アンリがどんどんサーブを放つ。
打球はピエールの膝、脇腹、そして顔面を直撃する。
ついにピエールがダウンした。
「がはっ……ぐほっ……!」
「無様なものだ。遥か東の国ジパングでは、我が国を“仏”と書くそうだが……私に仏心などというものはない。このままテニスコートで処刑してやろう!」
だが、ピエールの鋭い眼光は薄れていなかった。
「見破ったぞ、お前のサーブの正体……!」
「なに?」
「お前のサーブの重さ……お前はテニスボールではなく、鉄球を打っている!」
「……!」
ピエールの指摘は正しかった。
アンリはテニスボールではなく、重さ10kgの鉄球を打っていたのだ。
重力など纏ってはいなかった。
「きたねえぞー!」
「反則負けだ!」
「フランス人の風上にもおけねえ奴だ!」
観客席からも野次が飛ぶ。
が、アンリは彼らに鉄球を打ち込んで、すぐに黙らせた。
「私のサーブの正体を見破ったのは褒めてやろう。だが、打ち返せなければなんの意味もない!」
アンリは隠し持っていた鉄球を大量に地面に置き、次から次へとサーブを放つ。
そのいずれもが、ピエールの肉体に命中する。
『あーっと! アンリ選手の猛攻! ピエール選手、万事休すかぁー!?』
重さ10kgの鉄球が、時速200km以上でピエールを幾度も打ちのめす。
並みの人間ならば、とっくに倒れていておかしくない。
しかし、ピエールは倒れない。
その姿に、アンリは次第に気圧され始める。
「なぜだ……なぜ倒れない!? もう何十発も鉄球を打ち込んだのに……!」
「“革命”を……したいからさ」
「……なに?」
「今こそフランスには革命が必要だからさ!」
高らかに宣言するピエール。
すると、ピエールの周囲に二つの幻影が浮かび上がる。
伝説の聖女ジャンヌ・ダルク!
伝説の英雄ナポレオン・ボナパルト!
フランスを代表する偉大なる二名が、ピエールに力を貸しているのである。
ピエールは雄々しく叫ぶ。
「私は貴様に勝ち、“革命”を成し遂げる!」
「お、おのれぇ~!」
アンリがサーブを放つ。
鉄球はまっすぐピエールの心臓めがけて飛んでいく。
命中すれば、確実にその鼓動を止めるだろう。
だが、ピエールは華麗なフットワークでこれをかわすと、ラケットで打ち返そうとする。
が、やはり重い。
ラケットを持つ両腕がミシミシと悲鳴を上げる。
「無駄だ! 打ち返せるわけがない!」
「わけがない? ……燃える言葉だ」
「なにい!?」
「私の辞書に……“不可能”の文字はないッ!!!」
まるでナポレオンが乗り移ったかのような、凄まじいショットであった。
アンリはその返球に思わず見とれてしまう。
「こ、これが……! これが革命か……!」
鉄球はアンリの顔面に命中。
アンリはノックダウン。レフェリーによってTKO負けが宣告された。
ピエールが倒れたアンリに手を差し伸べる。
「立てるかい?」
「ああ……」
スポーツマンシップに溢れた二人の戦いぶりに、観客たちは一人の例外もなく、涙を流した。
そして、そんな試合会場に拍手の音が響き渡る。
会場に設置された階段を一段ずつ下り、手を叩くその男は――
「あ、あなたは……!?」
ピエールが目を丸くする。
「ルイ16世……!」
アンリもその名を口にする。
時のフランス国王ルイ16世が、テニスコートに現れたのである。ちゃんとウィキペディアで調べたので間違いない。
王の登場に、会場にいた全員がその場にひれ伏した。
ルイ16世はおごそかに告げる。
「二人とも、見事な試合であった。これほど素晴らしいテニスの試合、余は見たことがない! 二人はこの試合で、フランスという国家にかけられていた錠前をこじ開けたのだ!」
ルイ16世は錠前職人の一面があり、その一面を生かして上手いことを言うのは当然のことであった。
「今こそやろうぞ! フランス革命!!!」
ルイ16世が高々と拳を突き上げる。
ウオオオオオオオオオオッ!!!
会場が沸騰した。
ピエールは“革命”は成ったと微笑んだ。
アンリもまた敗者として“革命”の礎になれたことに喜びを覚えた。
こうしてフランス革命は始まった。
瞬く間にフランスのGDPは100倍となり、ベルサイユには薔薇が咲き、エッフェル塔が建設された。
フランスは革命によって、世界一豊かで平和で、美しい国となったのである。
そんな中、一人のパン職人がこうつぶやいた。
「フランスが豊かな国になったおかげで沢山の小麦粉を仕入れることができた。これだけあれば、今までよりもっと長くて固いパンを作れるかもしれないな」
そう……。
こうして生まれたのが、あの有名な、誰もが大好きな――
フランスパンだったのである!
完
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