表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/251

帝の正室

 香華殿に入り、露草さんに挨拶しようと顔を向けた瞬間、私は声もなく固まった。


 露草さんは、私が使わせてもらっているようなすのこベッド(そこに敷き布団代わりのゴザ? を何枚も引いて、厚手の着物を掛けて眠るのが、この国の貴族の寝具みたい)に横たわっていたんだけど。


 ひと目で病人だとわかるほど顔色は青白く、目の下のクマは濃く、唇は血色悪く乾燥していた。

 ここまでハッキリ察せられてしまうほど容態が悪いとは、まったく思っていなかった私は、ショックでしばらく声が出せなかった。


「リナ、リア……姫……殿下。このような……場所に……お呼び、立てして……しまい……まして、誠に……申し訳、ございませ……ん」


 苦しげに――でも顔には笑みを浮かべながら、露草さんが私の方へ顔を向けた。

 私はハッと我に返り、慌てて露草さんの枕元に近寄る。


「い、いえ! 私こそ、ご挨拶が遅くなりまして申し訳ございませんでした!」


 その場に正座し、深々と頭を下げる。

 露草さんは優しい声で顔を上げるように言ってくれて、私は恐る恐る従った。


 私より少し下の方に、露草さんの顔がある。

 彼女はじっと私を見て、『わたくしのような者に……もったいのう、ございますわ』と、はかなげに微笑んだ。



 正直に言えば、人をハッとさせるほどの華やかさや、惹きつけて離さないような美しさは、露草さんからは感じられない。


 その代わり、どこか人をホッとさせるような柔らかさと、内面からにじみ出るような温かさをまとった、感じの良い人だった。



 ……だからこそ。

 彼女の青白い顔や、血管が浮き出て見えるほど細い手や、クッキリしすぎた鎖骨が――。

 泣きたくなるほど、痛々しく感じられた。


「リナリア……姫、殿下……。どうか、そのようなお顔を……なさらない……で……? わたくしは……気の毒などでは、ございません、のよ……?」


 微笑みながら告げられた言葉に、ヒヤリとした。

 表情を読まれずに済むように、慌ててうつむく。



 ……私、今……どんな顔をしていたんだろう?

 露草さんを憐れむような……そんな失礼な表情を、してしまっていたんだろうか?


 だとしたら……。


 無意識とは言え――ううん。無意識だからこそ。

 私は……。私はなんてひどいことを……!



 恥ずかしくて、すぐには顔が上げられなかった。

 涙が滲んできてしまい、小さな声で『ごめんなさい』と伝えるのが精一杯だった。


「……いいえ。わたくしの方こそ、失礼なことを……申しました。……ですが、リナリア……姫殿下……。あなた様は、お優しい……方ですわね」


 そう言って、露草さんはフフっと笑った。

 私は下を向いたまま大きく首を振り、彼女の言葉を否定する。



 ……優しくなんかない。

 優しい人は、きっと憐れんだりなんかしない。


 ううん。

 私だって、そんなつもりはなかったけど……。


 でも、露草さんが私の顔を見てそう感じたなら。

 ……たぶん、憐れむような顔をしてしまっていたんだろう。


 そのことで、きっと私は露草さんを傷付けた。

 傷付けてしまった……。



 ただただ恥ずかしくて、自分が情けなくて。

 いつまでも顔を上げられないでいる私に、優しく語り掛けるように、露草さんはポツリポツリと語り出した。



 私の反応を見て、やはり帝に似ているなと思ったこと。


 帝も初めて対面した時、とてもショックを受けたような顔で黙り込み、しばらくの間うつむいてしまっていたこと。


 次に顔を上げた時、涙を幾つも幾つも流しては、『すまない』『申し訳ないことをした』と、繰り返し繰り返し口にしていたこと――……。



「ウフフ。……本当。よく似ていらっしゃいます。……お優しいところは、帝そっくり……」


 少しくすぐったそうに露草さんが笑った後、数分ほど沈黙が横たわった。


 さすがにしびれを切らした私は、ゆっくりと顔を上げ、彼女の顔を盗み見る。

 露草さんは、眠ってしまったかのように目を閉じていた。



(疲れちゃったのかな? あまり長居すると、お体に触るだろうし……。もう、戻った方がいいのかも……)



 そんなことを考え始めた瞬間。

 露草さんは再び目を開き、私の方へ視線を投げた。


「お話の、途中で……失礼、いたしました。……普段は、あまり……お話することが、ない……もので……。ほんの少し……の、間でも……疲れて、しまって……」


「あ、いえ……! どうか、ご無理をなさらないでください。お疲れなのでしたら、今日はもうこれで――」


「いいえ!」


 『これで失礼します』と言おうとしたとたん。

 その言葉を聞きたくないとでも言うかのように、露草さんが鋭い声を上げた。

 予想外の大きな声に驚き、私は思わず目を見張る。


「お願い、です……。もう少し、だけ……お話を……させてくださ……い」


 訴え掛けてくる切なげな声に、ドキドキしながらも。

 ここで断るほど無情にはなれないと、私はコクリとうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ