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香華殿へ

 千草ちゃんに案内され、私と萌黄ちゃん、そして雪緋さんは、香華殿の近くまでやってきた。


 露草さんがいらっしゃるんだから、当然、香華殿っていうのは、正室さんの住まう家のことだろうと思っていたんだけど。


 どうやら、そういうことではなく。

 正室の住まいは、帝が暮らしていらっしゃる紫鳳殿からもっとも近いところにある、貴光殿というところなのだそうだ。


 一方、香華殿はと言うと。

 紫鳳殿からは、もっとも遠い場所にあるということだった。



 正室である露草さんの住まいが、どうして貴光殿ではなく、香華殿にされてしまったのか?


 ――それは、露草さんが〝ご病気だから〟というのが、一番の理由らしい。


 露草さんの病は、人に伝染る類のものではない。

 それでも、帝のお側に病人を住まわせるわけには行かないと侍従さん達が猛反対し、結局、香華殿に決まったのだそうだ。



「正室を迎える条件は〝病弱な娘〟だって言い張ったのは、帝ご自身なんでしょ? それなのに、帝の近くに住まわせられないっていうのは……。いくらなんでも、ちょっと勝手すぎるんじゃない?」


 香華殿に向かう道すがら。

 萌黄ちゃん達にいろいろ教えてもらっていたら、そんな話が出てきて、私は思わずムカついてしまい――。


 気が付くと、〝帝批判〟と取られても仕方のないようなことを、ポロッと口に出していた。 


 萌黄ちゃんはギョッと目を見張ってから、焦ったように周囲をキョロキョロ窺い、


「リナリア姫殿下! そのようなこと、軽々しくおっしゃってはなりません!」


 ヒソヒソ声ながらも、強い口調で注意してきた。


「えー? だって、あまりにもひどいんだもの。ワガママおっしゃったのは帝なんだから、そこはどうにか踏ん張って、帝ご自身が、侍従さん達を説得するべきだったと思わない?」


 不満タラタラで同意を求めると、彼女は眉を八の字にして、再び周囲を窺った。

 そして、さらに声を落とすと、


「ですから! そのようなこと、おっしゃってはなりませんってば! 誰かに聞かれていたらどーするんですかっ?」


 呆れるような顔つきで、萌黄ちゃんは私を諭す。


 ……これじゃあ、どっちが年上なんだかわからないな。


 私はすぐさま反省し、


「……ごめんなさい。私だって、帝のことを悪く言いたくなんてないけど……。やっぱりちょっと、許せないって思っちゃったから」


 納得できないまでも、一応は謝っておいた。



 でも、ホントに帝ったらどういうつもりで、〝病弱〟なんて条件を出したんだろう?


 だって、やっぱりどう考えてもおかしいもの。

 正室さんがご病気じゃあ、世継ぎを生んでもらえないじゃない!


 萌黄ちゃん達の話では、ムリに生ませようとするとか――そういう、血も涙もない話でもないみたいだし。

 かと言って、帝が露草さん個人を熱烈に愛していらっしゃって、彼女以外考えられない!……ってことでも、なかったみたいだし……。(第一、帝が露草さんのことを知ったのは、条件を出した後だったそうだ)



 ……だったらどうして?

 なんで帝は、わざわざ病弱な人を正室にしようと思ったの?

 世継ぎのことは、いったいどうするつもりなの……?



「ねえ、萌黄ちゃんに千草ちゃん。帝には、露草さんの他にどなたか……側室、みたいな方はいらっしゃるの?」


 病弱な人を正室にと望んだ理由は、ひとまず置いておくことにして。

 ならば側室に――って話だったりしたら、どうにかわかる気がしたので、一応確認のために訊いてみる。


「いいえ、お一人もいらっしゃいません。どこそこの姫を側室にというお話は、しょっちゅう寄せられるそうですけど、今のところは――」


「そっか……。でもそれじゃあ、いつまで経ってもお世継ぎがお生まれにならなくて、大変なことになっちゃわない? 紫黒帝の次に帝になる予定の方が、すでにいらっしゃるわけではないんでしょう?」


「はい。そのようなお話は、聞いたことはありませんけど……」


「う~ん、そっかぁー。だったらどーしてもわからないなぁ……。帝は世継ぎ問題、どうやって解決するつもりなんだろ?」


 腕組みして考えてみるけど、答えが見つかるはずもなく。

 私は雪緋さんに視線を移し、今度は彼の意見を聞くことにした。


「ねえ、雪緋さん。雪緋さんは、ずーっと帝の護衛みたいなお仕事をしてるんでしょう? 身近で感じる帝の性格って、どんな感じ?」


「は? どんな感じと申しますと……?」


「帝って、ワガママだったりする? 人の意見をまったく聞かない、ボウジャクブジンな性格だったり……?」


「え――? あ、いいえ! 周囲の者達の意見を、まったくお聞きになられないというわけでは……。お好みなどは、ハッキリしていらっしゃる方ではございますが、ワガママというわけでは……ない、と……思い……ます」



 ……んん?

 常に身近で接している人の意見としては、なんだか自信なさげだなぁ?

 語尾が妙にモゴモゴしてるし……。


 やっぱり口に出せないだけで、本当は、すっごくワガママな人だったりするの……?



 大きな体を、いつも縮こめるようにして歩いている、雪緋さんではあるんだけど。

 私の質問に答えた後、うつむき加減を深くしてしまった彼をじーっと見つめながら、さらに質問を投げ掛けようと口を開いたとたん、


「あ……あの……着きました。……こちらが、露草様のいらっしゃる、香華殿……です」


 今まで黙り込んでいた千草ちゃんが、相変わらずの蚊の鳴くような声で告げた。

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