紫黒帝の異常〇〇疑惑?
「えっ? 露草さんが私と話したがってる?」
藤華さんの次は露草さんかと、私は身を硬くした。
だって、藤華さんも露草さんも、この国の偉い人と言うか、身分の高い人達でしょう?
特に露草さんなんて、紫黒帝の正室……正妻さんだし。
もし、気に触るようなことを、言ったりやったりしちゃったら。
最悪の場合、国際問題にまで発展しちゃうかもしれないじゃない?
それを考えると、『わかりました。行きまーす』なんて、気楽に返事できないと言うか、会うのが怖いと言うか……。
急なお誘いに、すぐには返事できないでいると。
ものすごく心配そうに、千草ちゃんが表情を曇らせた。
「あ……あの……。お、お願いします。露草様と、お話してさしあげて……くださ、い」
内気な感じの千草ちゃんが、ついさっき見知ったばかりの私に、一生懸命お願いしてくれている。
こんな健気な子を見てしまうと、後先なんかまったく考えず、了解したくなってしまう。
でも、無責任にOKして、何か仕出かしてしまったら。
後で先生に、こっぴどく叱られてしまうに決まってるし……。
――って、そーよ! こーゆー時こそ先生じゃない!
この話を受けていいかどうかとか、相談したいことがある時に限って、側にいてくれないんだから!
私は口をへの字にして、今頃は裏庭散策でテンション爆上がりしているであろう先生に、恨み言を言いまくった。(もちろん、心の中でだけど)
きっと、教え子のピンチなんか知りもせずに、珍しい植物やら鉱物やらを見て、子供みたいに瞳を輝かせているに違いないんだから、あの人は。
……まあ、先生が側にいられないのはこの国の決まりであって、先生のせいではないんだけどさ。
それでもやっぱり、こういう時こそ側にいてほしかったなぁ……。
「あの……。だ……だめ、ですか……?」
千草ちゃんに蚊の鳴くような声で訊ねられ、私はうっと詰まってしまった。
よくよく見ると、可愛らしい黒目勝ちの瞳は、今にも泣き出しそうに潤みきっている。
「あ……ううん。ダメなんかじゃないよ? ダメなんかじゃないっ……んだけど……」
「と、藤華様には、もう、お会いしたん……ですよね? 藤華様はよくて、露草様はダメっ……なん、ですか……?」
「えっ?……あ、うぅん……。それは……ええっ、とぉ……」
痛いところを突かれ、私はますますしどろもどろになった。
確かに、藤華さんには会えて、露草さんには会えないっていうのは、失礼極まりない話だ。
そう思い直し、『わかった』と返事しようとした時だった。
隣でずっと話を聞いていた萌黄ちゃんが、いぶかしむように眉根を寄せて。
「でも千草。露草様のお加減は? 少し前に、起き上がれないほど苦しんでらしたって言ってたじゃない。お話できるくらいにまで、回復なさってるの?」
「え? 露草さん、ご病気なの? 起き上がれないほど苦しんでらした、って……?」
驚いて、萌黄ちゃんと千草ちゃんを交互に見つめる。
萌黄ちゃんは私をまっすぐ見つめ返し、コクリとうなずいた。
「露草様は入内なされる前から、重いご病気をわずらっていらっしゃったのです。お小さい頃から、ほとんど歩くこともかなわず、ご不自由にお過ごしだったそうです」
「ええっ!? 小さい頃からって……。そ……そんな……」
帝の正妻が重いご病気?
しかも、小さい頃から?
……そんなことってあり得るの?
だって、帝の正室や側室は、跡継ぎを生むことが何よりの役目って言うか、求められていること……なんじゃないの?
そんなに重いご病気なら、子供を望むのはどう考えたってムリだと思うし。
それでも、どうしても露草さんに御子を……ってことなら、ひどすぎる話じゃない!
「重いご病気の露草さんが、どうして帝の正室に? 誰も止める人はいなかったの? 帝が露草さん以外は嫌だ――って、おっしゃったとか?」
どういう経緯で露草さんが正室になられたのかが知りたくて、思い切って二人に訊ねてみた。
すると、二人は暗い表情で顔を見合わせ、力なく首を横に振った。
「わたし達も、詳しい話は知らないのです。……でも、うわさによりますと……帝がご正室候補の条件として、たったひとつお示しになられましたのが、〝病弱な娘であること〟だったそうで……」
「はぁああッ!? 病弱な娘であることぉおっ!?」
あんまり驚いて、姫には似つかわしくない声を上げてしまった。
萌黄ちゃんも千草ちゃんも、ちょっと驚いたような顔をしていたけど、私は軽く咳払いしてごまかした。
でも……嘘でしょ? とても信じられない。
正室候補の条件として一番望まれるのって、普通に考えたら〝健康〟じゃない?
それなのに〝病弱な娘であること〟って……。
紫黒帝って……そこまで常識から外れた人だったの?
引いちゃうやら不気味やらで、私が言葉を失っていると。
萌黄ちゃんは言いにくそうにしながらも、さらに続けた。
「さすがにそれはありえないと、周囲の方々は、お考え直しを帝に進言なさったそうです。でも、その条件をのめないというのであれば、絶対に正室は迎えないと、かたくなに帝がおっしゃったそうで……」
「えぇぇぇ……ナニソレ?……コワイ……」
完全にドン引きして、気が付くとカタコトになっていた。
病弱な正室じゃないと迎えないって、どういう了見なんだろう?
紫黒帝は、特殊性癖の持ち主なんだろうか?
まさか、『病弱でひ弱そうな女性じゃないと萌えませーん』……とか?
ひ弱そうに見えるだけで、実は病弱なわけじゃない……っていうのが条件なら、まだわかる気はするけど。
本当に病弱な人を理想とする人なんて、そうそういないと思うけどなぁ?
あ……いや。
病弱な人がいけないってわけじゃなくてね?
病弱な人が好き、なんて……条件としてそれを挙げることが、ちょっと失礼と言うか、無神経な気がして……。
でも、いくら本人が望んだとしても。
よくその条件を受け入れたなぁ……帝の周りの人達。
特に、露草さんのご両親とか。
嫌な気持ちにならなかったのかな、帝が『病弱な娘がいい』って言ってるって知った時?
私が親だったら嫌だけどな、そんな条件で自分の娘望まれたら。
ただでさえ、体が弱くて心配してる子を……そんなわけのわからない帝には、絶対に渡したくないよ。
和洋折衷の服を、わざわざ作って贈ってくれたり。
会えたことを、涙浮かべながら喜んでくれたり。
紫黒帝って、すごく良い人なんだろうなって、感動してたのに。
今聞いたことが、もしも事実なんだとしたら……彼に対する認識を、改めなきゃいけなくなるかも。
自分の叔父にあたる人の異常性癖疑惑発覚に、心底ゲンナリしながらも。
病を押してまで話したいと言ってくれているならと、私は露草さんに会ってみることを決意した。