千草、再び来訪する
先生は裏庭散策。
イサークは裏庭で鍛錬、か……。
この国での食事は、朝と夜だけでしょ?
――ってことはつまり、昼間は丸ごと自由時間ってことでいいんだよね?
……さて。
夜になるまで、何をしてようかな?
紫黒帝からは、昨日『再び会う機会を設けたい』って言われたけど。
いまだ何も言ってこないのは、今日はそんな暇ないってことなんだろうし。
雪緋さんも、立ってるだけじゃつまらないよね?
萌黄ちゃんも、私の側で座ってるだけじゃ、かえって疲れるんじゃないかな?
三人でできることとか、何かあればいいんだけど……。
トランプも花札も、この世界にはないだろうしなぁ。
う~ん……どーしよう?
なーんにも浮かばないや……。
ため息つきつつ、何気なく庭へ目をやると。
萌黄ちゃんが心細げな顔つきで、こちらをじーっと見つめて立っている。
……ん?
萌黄ちゃん、いつの間にあんなところに?
さっきまで、少し離れたところに座ってたのに――と視線を室内に戻す。
そこにはちゃんと、見張るようにこちらを向いて座っている、萌黄ちゃんの姿が……。
「……あれ?」
ここに萌黄ちゃんがいる、ということは。
庭にいるのはもしかして……。
ううん。もしかしなくても!
「千草ちゃんっ?」
もう一度庭に目を向け、たたずんでいる少女に声を掛ける。
千草ちゃん(……だよね? 『実は三つ子で』とか言わないよね?)はビクッと肩を揺らしてちぢこまった。
「あっ、ごめん! ごめんねっ? 驚かせるつもりはなかったんだけど――っ」
慌てて立ち上がり、千草ちゃんの前まで歩いて行く。
萌黄ちゃんも、すぐに私の横までやってきて、
「千草っ、どーしたの? あんた、さっきもリナリア姫殿下をこっそりうかがってたそーじゃない! 何か用があってきたの? それとも、ただの好奇心?」
早口で訊ねながら、千草ちゃんの顔の高さに合わせるようにしゃがみ込む。
千草ちゃんは胸の前で両手を重ね、何か言いたげにモジモジしていた。
「なあに? 用があるならハッキリ言いなさい! リナリア姫殿下だってお暇じゃないのよ? あんたに付き合ってるヨユーなんかないんだから!」
(……え? 思いっきり暇ですけど……?)
苦笑いを浮かべつつ、横にいる萌黄ちゃんに目を向ける。
彼女はまっすぐ千草ちゃんを見つめていて、私の視線にはいっこうに気付いていない様子だった。
「ほら! 早く言いなさいってば! 用があってきたんでしょ? 違うの?」
前かがみになりながら、萌黄ちゃんは千草ちゃんに詰め寄って行く。
私は慌てて萌黄ちゃんの肩に手を置き、まあまあとなだめに掛かった。
「落ち着いて萌黄ちゃん? そんなに矢継ぎ早に訊ねられたら、千草ちゃんだって頭まっ白になって、言おうとしてたことすら忘れちゃうかもよ? 私のことを心配してくれるのはありがたいけど、時間はまだまだたっぷりあるんだから。もう少しゆっくりめに、千草ちゃんの話を聞いてあげよう? ねっ?」
愛想笑いを浮かべる私にチラリと目をやると、萌黄ちゃんはちょこっと口をとがらせて私から目をそらした。
そして小さな声で、『姫殿下がそうおっしゃるのでしたら……』とつぶやいて、私より数歩ほど後方に移動した。
私はホッと息をつき、再び千草ちゃんの方へ顔を向ける。
目が合ったとたん、彼女はおびえるようにうつむいて、胸の前で重ね合わせている両手にギュッと力を込めた。
「ごめんね、またおびえさせちゃったかな? さっきも、いきなり大声出した私に、ビックリしちゃったんでしょう? それで怖くなって、引き返して行っちゃったんだよね?……ホントにごめんね? 用があったから、また来てくれたんだよね? 二度も勇気出させちゃって、本当にごめんなさい」
今度こそ怖がらせずに済むように、なるべく穏やかな声で伝えると。
千草ちゃんは素早く顔を上げ、目をまん丸くして、私をじぃっと見返した。
「萌黄ちゃんは私に気を使って、『暇じゃない』って言ってくれたと思うんだけど……。実は私、今日はすっごく暇なの。夕食――ゆうげの時間までたーっぷり空いてるから、気にしないでゆっくり話してね?……あ。立ちっぱなしだと疲れちゃうから、よかったらここ座って?」
縁側のような場所を指し示してから、私もそこに腰を下ろそうとしたんだけど。
ふいに、
「あ、いえっ!……あ……あの……」
千草ちゃんが可愛らしい声を上げたので、私は座るのをやめて中腰になった。
「ん?……どーしたの?」
できるだけ柔らかい声色で、小鳥に話し掛けるような気持ちで先を促す。
千草ちゃんは再びうつむいて、しばらく恥ずかしそうにモジモジモジモジしていたけど、やがて、勇気を振り絞るかのように顔を上げ、
「つっ、露草様がっ! リナリア姫殿下とお話したいとおっしゃっていてっ! も、もしよろしければっ、香華殿までお越しいただけないでしょーかと――、そ、そー伝えてきてくれるかって、つ、露草様がっ!」
少し震え声ではあるものの、ハッキリとした口調で告げた。