それぞれの過ごし方
雪緋さんの報告によると。
先生は紫黒帝の許可を得て、今日は裏山の散策に行っているらしい。
許可なんていつの間に取ったのかわからないけど。
ザックス王国には生えていない珍しい植物や、まだ発見されていない鉱物なんかを求めて、すごく張り切って出掛けて行ったそうだ。
まあ、先生がこの国に来た目的は、最初から研究するため、好奇心を満たすため、だったんだろうから。
張り切って出て行ったと聞かされても、正直『そうでしょうね』としか言いようがない。
……でも、珍しい植物や鉱物を見つけたとして。
それをいったい、どうするつもりなんだろう?
特徴とか大きさとかを、記録しておくだけなのかな?
それとも、スケッチとかもするの?
こっちの世界には、まだカメラとかはないみたいだし。
そのものを持って帰れないんだとしたら、スケッチするしかないよね?
先生、絵も上手だったりするのかな?
植物学者とか鉱物学者とかは、たくさんスケッチしてそうだもんね。
まあ、先生は学者じゃないんだし。
そこまで詳しく描く必要はないのかな……?
でも、見られるものなら見てみたいもんよね。
もしも画伯(笑)だったりしたら、思いっきり吹き出してしまいそうで怖いけど。(特に、吹き出した後の先生の反応が)
……あ。
スケッチで思い出した。
確か、向こうの世界にいる時。
高校の地学の時間に、鉱物のスケッチとかさせられたんだっけ。
地学とスケッチが結びつかなくて、『美術じゃないんだから』って、思いっきり心でツッコんでたりもしたなぁ。
高校、か……。懐かしいな。
晃人、元気でやってるかな?
桜さんには、告白できたかな?
神様も、無事あっちに行けたみたいだし、力もちょこっと戻ったって言ってたけど。
桜さん挟んで、晃人とバチバチやってたりしたら……どっちに軍配が上がるんだろう?
……ん?
でも神様って、体(神様は〝器〟って言ってたけど)がないんだよね?
告白がうまく行ったとしても、実体がないまま、どうやって桜さんとお付き合いするの?
私が神様として見てたのは、彼が人間を見て作り出したイメージ? みたいなものだったんだもんね?
実際の神様は、意識体だけ……ってことなんだよね?
むぅ~ん?
だとしたら、いったいどうやって……?
「リナリア姫様……? いかがなさいましたか?」
心配そうな声が聞こえて、私はハッと我に返った。
いけない、いけない。
雪緋さんの報告受けてから、物思いにふけっちゃってたんだわ。
「う、ううんっ? べつにどーもしないよ? 先生のこと考えてたら、昔のことをあれこれ思い出しちゃって。ちょこっとだけ、浸っちゃってただけなの。ごめんね、心配させちゃった?」
「あ、いえ……。何もないのでしたら、それでよろしいのです。安心いたしました」
「うん。体調崩したとかじゃないから、気にしないで大丈夫!――あ。それで、イサークの方は何してた? やることなくて暇だから、部屋でダラっとしてたり?」
「いいえ。イサークさんは、何もしていないと体がなまるとおっしゃいまして、やはり裏山の方へ――」
「え? 先生もイサークも裏山に?」
「はい。いつも私が利用しております鍛錬場が、裏山にあるのです。体を鍛えるのに良い場所はないかと、私にお尋ねでしたので、そちらをお教えいたしました」
「へえー、そーなんだ? 鍛錬場かぁ……。でも、イサークってば偉いじゃない。誰にも見られていないところでも、ちゃんと体鍛えようとしてるなんて。ちょっと見直しちゃった」
言いながら、私は感心してうなずいた。
雪緋さんも、それに応えるようにうなずき返す。
「あの方は口は悪いですが、根は真面目で誠実なのでしょうね。リナリア姫様の護衛をしっかり務められますよう、常に努力しておいでのようで……」
「あ。ううん。イサークは、今は成り行きで私の護衛をしてくれてるけど、他にちゃんと、一生仕えようと思ってる人がいるの。だから、彼が努力してるのは、私のためって言うより、その人の騎士になれるようにっていう一心から……だと思うよ?」
「え?……ああ、そうなのですか。他にお仕えしたい方が……」
「あー……うん。正確に言うと、仕えたいって気持ちより、借りを返したいって気持ちの方が、強いみたいなんだけどね」
「〝借りを返す〟?」
「うん、そう。……彼、その人に命を救ってもらったことがあってね。彼の性格上、受けた恩をそのままにしておくのは、我慢できないんだって。借りはキッチリ返さなきゃって思ってるみたいよ?」
「受けた恩を……そのままには、できない……」
ぼうっとした声でつぶやいた後、雪緋さんはうつむいて黙り込んだ。
どうしたんだろうと、今度は私の方が心配になり、声を掛けようとしたんだけど。
彼は再び顔を上げ、
「やはり、私が思っていたとおりの方なのですね、イサークさんは」
そう言って、口角を左右対称に引き上げた。