双子の女官見習い
萌黄ちゃんは、どうしてあんなにおびえていたんだろう?
私、おびえるほど怖い人に見えたのかな?
ひたすら考え続けても、おびえられるようなことはひとつもしていない気がして、私は頭を悩ませていた。
……ん? 待てよ?
もしかして、おびえていたと言うより……軽蔑されてたのかな?
あの顔は〝おびえ〟ではなく、〝さげすみ〟?
……あ。
だとしたら、なんとなくわかるかも。
あの時私、大声で『シャッキリしなきゃ』とかって、自分に言い聞かせてたんだったよね?
誰もいないところで、一人で大声上げてたら……そりゃあ、気味悪いか。
一人でブツブツ言ってるだけでも、『変な人』って、普通なら思っちゃうかな?
……そっか。
怖いから逃げ出したとかじゃなく、変な人には近付きたくないって……そういう感情の表れだったのかも。
「う~ん……。怖い人って思われるのも辛いけど、変な人って思われるのも、それはそれでキッツいなぁ……」
思わず口にしたとたん、
「リナリア姫殿下?……お一人ですか? 雪緋はどちらに?」
背後から声がして、ハッとなって振り返る。
「――萌黄ちゃんっ!?」
いつの間にか萌黄ちゃんが立っていて、不思議そうに私を見つめていた。
「あれっ、萌黄ちゃん? さっき、あっちの渡り廊下の方にいたよね? なのにどーして、もうここに……? あ、そっか。向こうの建物の中を通って、逆方向の渡り廊下から来たんだ?」
「はい?……申し訳ございません。おっしゃっている意味がわかりません。姫殿下が最初に指差された方角には、露草様がお住いになる香華殿がありますけど、わたしは一度もうかがったことはありません」
「えっ? 露草さんって、確か……」
「はい。帝のご正室でいらっしゃいます。露草様の身の回りのお世話をさせていただいている女官見習いは、わたしの双子の姉です。姉の千草を、わたしと見間違えたのではありませんか?」
「双子? 萌黄ちゃんって、双子だったんだ?」
「はい」
「そっか、双子かー。……なるほどねぇ。だから印象が違って見えたのか」
あの子は、萌黄ちゃんみたいにハキハキ喋るタイプには見えなかったし。
おびえて見えたのも、わたしとは初対面だったからか。
よく知らない人間が、一人で大声出してたら……まあ、怖いか。
怖いっていうか、不気味……?
萌黄ちゃんのお姉さんの第一印象を悪くしてしまったという事実に、私はズズンと落ち込んだ。
この国での〝可愛い認定〟、第一号は間違いなく萌黄ちゃんだけれど。
第二号である子の前で、あんな醜態をさらしてしまうとは。
萌黄ちゃんのお姉さん――えっと、千草ちゃんだっけ?
千草ちゃんとも、仲良くなりたかったのになぁ……もうムリなのかな?
二人並んでいるところを、しみじみ鑑賞――……もとい、見てみたかったのになぁ……。
ガックリしながらも、諦めの悪い私は、
「ねえ、萌黄ちゃん。千草ちゃんに会ったら、『さっきは驚かせてごめんね。でも、決して怪しい者ではないから』って、伝えておいてくれないかな?」
両手を合わせて、一応お願いしてみる。
萌黄ちゃんは思いっきり眉間にシワを寄せて。
「は?……伝えるのは、べつにかまいませんけど……。『驚かせて』って、どういうことですか? 千草にどのようなことをなさったんです?」
「えっ? えー……っと。それは、そのぅ……」
私はさりげなく萌黄ちゃんから目をそらし、愛想笑いを浮かべた。
ここは正直に、
『一人で大声上げてたら、向こうの渡り廊下から、千草ちゃんがこっちを窺っててね? その顔が、すっごくおびえてるように見えたから、驚かせちゃったのかと思って謝ろうとしたんだけど、ピューって逃げるように駆けてっちゃったの』
とかって、白状すべきなのかな?
……でも、思いっきり呆れられちゃいそうだしなぁ。
続けて、『大声上げてた? お一人で、何をおっしゃってたんです?』なんて訊かれたら、それはそれで恥ずかしいし……。
「べ、べつにっ? 大したことは言ってないんだけど! ただ、あの……母国語で言ってたから、異国語を聞き慣れてない千草ちゃんには、怖く思えちゃったんじゃないかなぁ?……うん、たぶん。アハハハ……ハ」
ポリポリと頬をかきつつ、私は苦しい言い訳をした。
萌黄ちゃんの眉間のシワはさらに深く、目は怪しむように細くなって行く。
うわー、マズい。ごまかせてないっぽいぞと焦った私は、やはり正直に言うべきかと迷い始めた。
すると、
「リナリア姫様。申し付けられましたように、お二人のご様子を窺ってまいりました」
ちょうどいいところに、雪緋さんが戻ってきて。
私は天の助けとばかりに、
「あ! おかえりなさいっ、雪緋さん!――それでそれでっ? 二人はどんな風に過ごしてたっ?」
注意を彼に向け、萌黄ちゃんのジトッとした目つきから逃れることに成功した。




