岩陰に隠れて
「…………ふぇっ!?」
私が口にした内容が、すぐには理解できなかったのかもしれない。
カイルは結構な間を空けてから、彼の口からは聞いたことがない、すっとんきょうな声を上げた。
私はめちゃくちゃ焦りまくり、
「あっ、ちっ、違うのっ! 一緒にってゆーっか、い、一緒にじゃなくっ! そのっ、えっと、あー……。っそ、そう! あなたはいつも、鍛錬の後、ここで汗を流してるんでしょ? きょ、今日はその場所を、私が奪っちゃってたってことなんだよねっ? だ、だったらあのっ、すっごく悪いことしちゃったなって思って! だからあのっ、い、いいい一緒にはムリだけどっ、あなたが滝を浴びてる間、私はそっ、そこら辺の岩陰にでも隠れてるからっ! どーぞ遠慮しないで、汗流してって!?」
どもりまくりながらも、『一緒に入らない?』というのは、決して変な意味で言ったのではないことを説明する。
「で、ですが……。姫様の、湯浴みのお邪魔をするわけにはまいりませんし……」
こちらに背を向けたまま、カイルは困った様子でうつむいている。
彼に見えないとわかっていても、私は思いきり首を振り、『邪魔なんかじゃない!』と声を上げた。
「ホントにいいの! このまま汗を流さないで帰ったりしたら、体調崩しちゃうかもしれないもの! そんなの私だって困っちゃうし、し、心配だしっ! だからあの……っ、せめて、汗だけでも流して行ってっ?」
……それに、さっき雪緋さんも言ってたもんね。
巫女姫の御側付きは、常に身を清めていなければいけない決まりがあるって。
カイルも今、藤華さんの護衛をしてるんでしょ?
だったらやっぱり、このまま帰らせるわけには行かないよ!
「ねっ? 私、隠れ終わったら声掛けるから、隠れてる間に浴びちゃって? 終わったら教えてくれればいいから!……ねっ? それならいいでしょう?」
少しの間、カイルはためらっているようだった。
でも、断るのも悪いと思ったのか、
「承知いたしました。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
「うん!……あっ。じゃあ、隠れるね! ちょっと待ってて?」
私は素早く周囲を見回し、身を隠す場所を探した。
えっと……。
岩はそこらじゅうにあるけど。
滝のある場所からは、絶対に見えないくらいの、大きな岩となると……。
「あっ、あった! あそこなら――」
私はカイルの方をチラチラと伺いながら、その岩に近付いて、裏側へと回った。
うまい具合に、大きな岩が弧を描くように三つ並んでいて、身を隠すにはピッタリに思えた。
川岸に近いところだから、水深が浅めなのが、ちょっと困ったところだけど――。
(まあ、カイルが汗を流す間くらい、どうってことないよね。半身浴だと思えばいいんだし)
私はイサークと雪緋さんに聞こえないくらいの声で、カイルに『隠れたから、もう大丈夫だよ』と告げ、岩陰に体を引っ込めた。
……ハァ。
ビックリしたぁ……。
まさかこんな場所で、カイルと鉢合わせするなんて。
……まったく。
偶然にもほどがあるよ。心臓止まるかと思ったじゃない。
でも……カイルの裸(もちろん上半身だけだけど!)なんて初めて見たから、ドキドキしちゃった。
すごく細身に見えるのに、意外とたくましいんだな……。
それとも、鍛錬のたまもの?
頑張った成果が、あの体……ってことなのかな?
……そーだ。
私が見ちゃったのは、カイルの上半身だけだけど。
カイルには、私……いったいどこまで見られちゃったんだろ?
彼がいたところから、前の方は見えなかったと思う、けど……。
……まさか、お尻とか見られてないよね?
背中だけならまだいいけど……お尻を見られてたりしたら……。
わぁあああーーーーーっ!
ヤダヤダヤダぁっ!
裸なんて、お父様にだって見られたことないのに!
もし、カイルに見られちゃってたりしたら、私……。
恥ずかしすぎて、彼をまっすぐ見つめられなくなっちゃうよーーーっ!
膝を抱えて座り込み、大きく首を横に振る。
今さらながら、顔も体も熱くなってきて。
のぼせているわけでもないのに、頭がクラクラして、心臓がドックドックと大暴れしていた。
ようやく再会できたと喜んだ翌日に、まさかまさか、こんな恥ずかしいハプニングが起こってしまうなんて、予想すらしていなかった。
向こうの世界の少年漫画か何かで、確かこういう感じの……〝お風呂場でバッタリ〟っぽいシーンがあったような気がするけど。
横で読んでた晃人は、『おっ! ラッキースケベだ』とか何とか言ってはしゃいでたっけ。
私が呆れて、『それのどこがラッキーなのよ?』って言ったら、『ラッキーだろ! 好きな子の裸が偶然目に入ったら! 男が一度は憧れるシチュエーションだよ!』なんてムキになって……。
(まったく、嘘ばっかり! そんなのに憧れるエロ男子なんて、少数派に決まってるじゃない!……少なくとも、カイルは絶対絶対、そんなのに憧れたりしないんだから!)
あの時の、晃人の締まらない顔を思い出したら、ちょっとムカついてきてしまった。
年齢はひとつしか違わないけど、カイルに比べたら、晃人はかなり子供っぽいんじゃないだろうか。
「そーよ、晃人が子供なだけよ! カイルはもっと大人だもん!」
思わず声に出してしまったとたん、
「姫様、終わりました!」
カイルの声が降ってきて。
焦った私は、
「はっ、はい! お疲れ様っ」
この場合、ふさわしいのかふさわしくないのか、よくわからない言葉を返した。