寂しさを堪えて
ギルとの別れの日から、数日が経った。
……でも、カイルの返事はまだ届かない。
色んな感情が、胸の内でぐるぐると混ざり合ったり反発し合ったりと、とにかくグチャグチャで……。
この数日間というもの、私の精神状態はかなり不安定だった。
オルブライト先生に勉強を教わっている最中、自分でも気付かないうちに、涙をはらはらとこぼしていたり。
剣術の時間にも、カイルのことを思い出し、集中力が途切れてしまって、シリルからのまともな一突きを、腕にくらってしまったりもした。
そのせいで、責任を感じたシリルには泣かれてしまうし、グレンジャー師匠には心配されてしまうしで……。
最近の私は、あきれるほど良いとこなし。
おまけに食事中なんかも、毎回ボーッとしまくりで、飲み物をこぼしたり、パンを床に落としたり。
アンナさんとエレンさんには、迷惑掛けっ放しだった。
『このままじゃいけない』とは、思うんだけど。
色々と気掛かりなことがあって、心のバランスが、うまく取れないままでいる。
あぁ、せめて――せめて、カイルから連絡があれば、もう少し落ち着けるのに。
「もう一度、カイルに手紙出してみようかな。もしかしたら、急に病気になっちゃったりして、返事書きたくても、書けない状態なのかも知れないし」
午後のティータイム。
エレンさんが飲み物を注いでくれてるのを、なんとなしに眺めながら、ボソッとつぶやく。
すると、側にいたセバスチャンが『ピッ?』と声を上げ、
「その必要はございませんぞ、姫様。カイルへ――ではございませんが、カイルが宿泊しているはずの宿の主宛てに、私めが、書状を送っておきましたので。本日か明日辺りには、返書が送られて参るでしょう」
うなずきながら告げた後、いかにも得意気に胸を張ってみせた。
「えっ!?……それ、ホントなのセバスチャンっ? ホントのホントに、また手紙出してくれたのっ!?」
興奮して詰め寄る私に、セバスチャンは何度もうなずきながら、翼をバッサバッサと羽ばたかせる。
「誠でございますとも。あの律儀なカイルめが、何日も返事をよこさぬなど、あまりにも不自然と思われますので。私も、何かあったのではないかと、心配になりましてな。初めは、カイルにと思ったのですが……。カイル自身に何かあったとするならば、宿の主に出した方がよかろうと、考え直した次第です」
「セバスチャン……! 偉い! さすがっ! 普段はおっちょこちょいにしか思えないのに、やっぱり、いざって時は頼りになるね!――うん、すごい! 見直しちゃった!」
私としては、すごく褒めたつもりだったんだけど。
セバスチャンは、何故か傷付いたようにうな垂れて、
「そんな、姫様……。『普段はおっちょこちょいにしか思えない』などとは、あんまりでございます。……ピィィ~……。私は姫様に、そのように思われておったのですなぁ……」
なんて言い出して、私を慌てさせた。
「あ、いやっ、そーゆーワケじゃなくて!……え、えー……っと、でも、その……。た、確かに、ちょこっとくらいは、思っちゃってたけど……」
「うぅぅ…っ。姫様ぁ……」
どうにかしてなだめないとと、思ってはいたんだけど。
うるうるした目を向けられたとたん、めんどくさくなってしまった。(ごめん、セバスチャン)
私は話を変えるため、反対側にいたエレンさんに顔を向け、作り笑いを浮かべて話し掛けた。
「そ、それはそうと、今日のお菓子はまた、メチャクチャ美味しいねっ。これ、エレンさんが作ったの?」
エレンさんは恥ずかしそうに微笑み、小さくうなずく。
「はい。あの……お口に合いましたでしょうか?」
「もっちろん!……あー、やっぱりなぁ。この優しい味わいは、エレンさんだと思ったんだぁ。いつも作ってくれてる人のも美味しいけど、私は、エレンさんが作ってくれるお菓子の方が好きだなぁ~。……あ。だからって、いつも作ってくれてる人のが口に合わないとか、そーゆーワケじゃないけどっ。――そ、そこら辺は、誤解しないでねっ?」
焦って付け足すと、エレンさんは、
「承知しております。どうかご心配なさいませんように」
なんて、くすくす笑って返してくれた。
今更だけど、エレンさんはお菓子作りが上手だ。
それを、この城のパティシエ(ここでは、そんな呼び方しないみたいだけど。ただ〝菓子担当〟とだけ呼ばれるらしい)に見込まれたようで、たまーにだけど、代理を任されることがあるんだよね。
いつものお菓子は、見た目がとっても綺麗で、可愛らしくて、味以上に、まずは見た目の繊細さに、惚れ惚れしてしまうタイプのものなんだけど。
エレンさんが作ってくれるのは、見た目はそこまで凝ってないにしても、素朴で家庭的で、味わいも雰囲気も、何もかもが優しく、温かい印象のもの。
正直に言っちゃうと、エレンさんの作ってくれるものの方が、私の好みには合っていた。
でも、それは内緒。
いつも作ってくれてる人に悪いし。
エレンさんだって、きっと、気まずい思いをするだろうしね。
……まあ、それはともかく。
こうやって食欲があるうちは、まだまだ大丈夫。
この私が、食欲失くすことがあったりしたら、それこそ一大事だもの。
まだ、こっちの世界に来てからは見たことないけど、雪だって降っちゃうかも知れないよねぇ……。
――なんて、呑気なことを考えていられたのは、その日の夕食前までだった。