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藤と翡翠の恋詠~【桜咲く国の姫君】続編・カイルルート~  作者: 咲来青
赤面必至の出来事

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神の憩い場

 神の憩い場からは湯気が立ち上っていて。

 そこが本当に温泉なのだということを、私達に教えてくれた。


 問題は、どれくらいの温度かということだ。


 三十八~四十度くらいのぬるめのお湯に浸かった方が、体のためには良いらしいけど。

 個人的には、四十度以上はあってほしいところよね。



 私は川に近付いて、まずはそうっと、川面を指でつついてみた。


 ……うん。

 ぬるい。


 入れないことはないけど、もうちょっと熱めの方が、私としては嬉しいかなぁ……。



「リナリア姫様。奥の方でしたら、もう少し熱めのところもございますよ。滝壺の辺りなど、浸かるには一番かもしれません」


 私の表情を見て、温度に納得が行っていないことを、瞬時に察してくれたんだろう。

 優しい笑みを浮かべながら、雪緋さんは奥の方を指し示した。


 私はくるりと振り向いて、単刀直入に訊ねる。


「雪緋さん、ここにはよく来るの? ここって、誰でも自由に入れるわけじゃないんでしょう?」


「はい。私は、早朝の鍛錬の後のみ、こちらで汗を流すことを許されております。本来、神の憩い場を使用する許可を帝よりいただいているのは、藤華様のみなのですが……。巫女姫の御側付きは、常に身を清めていなければならないという決まりがございますので、特別に使用を許されているのです」


「へえー、そーなんだ?……あれ? でも……私の護衛をしてくれている間は、早朝の鍛錬ができなくなるんじゃない? その場合はいつ入るの? まさか……私の護衛をしてるせいで、しばらく入れなくなっちゃうの?」


 私の護衛を命じられたことで、入浴する機会を失ってしまったんだとしたら、申し訳ないなと思いながら訊ねると。

 彼は私を安心させるように、ふわりと微笑んだ。


「ご心配には及びません。鍛錬は、姫様の護衛の任に着く時刻より、少し早く起きさえすれば問題なくこなせますし、汗を流すことも可能です。どうかご安心ください。前任の巫女姫であらせられた紅華様の、大切な御子でいらっしゃいますリナリア姫様に、不浄な体のまま仕えさせていただくわけにはまいりませんので」


「あ……。そ、そーなんだ? それなら、よかったけど……」



 ――なんて、言っては見たものの。


 雪緋さんにとって、私はいつでも『紅華様の大切な御子』っていう存在なんだなと思うと、ちょっとだけ顔が引きつる。



 ……べつに、それが嫌ってわけじゃないんだけど。


 なんだか、ほんのちょこっとだけ、私を『個』として見てもらえていない気がして、モヤッとすると言うか……。



 もっ、もちろん!

 雪緋さんにそんな気はまったくないって、わかってはいるんだけど!


 わかってはいる、けど……。


 彼の見つめている先には、いつもお母様がいるんだろうなって思うと、少しだけ切なくなるんだ。



 雪緋さんは、今でもずっと、お母様のこと想ってるのかな?


 想っているとしたら、それは……〝従者〟として?

 それとも、一人の〝男性〟として……?


 そんな疑念が、チラッと浮かんだりすると。

 同時にお父様の顔が浮かんで、妙に落ち着かない気持ちになっちゃうし……。


 雪緋さんがザックスに滞在していた間、お父様との関係はすごく良好に思えたけど。

 その関係を保てているのは、彼がお母様への想いを、必死に隠し続けているからなのかなって、思ったりも……して……。



 もし、それが真実なんだとしたら。

 彼の、お父様に対する本当の気持ちは――……。



「おいっ、姫さん! いつまでボーッと突っ立ってんだ? 何しにここに来たんだよ? 入んならサッサと入っちまえって」


 イサークの怪訝そうな声で、我に返る。

 私は慌てて顔を上げ、ヘラリと笑った。


「ごめんごめん。ちょっとボーッとしちゃってた。……うん。そーだよね。まだ朝ご飯も食べてないし、サッサと入って戻らないとね」


「ああ。だろ?――んじゃ、俺らは向こうの方行って見張っとくからよ。用が済んだら大声で呼べよな?」


「うん、わかった。……あ。あんまり近くにいないでね? ここからずーっとずーっと離れたとこにいてね? 絶対絶対、覗いちゃダメだからね?」


「バ――っ! だっ、誰が覗くかってんだ! あんたみてーな乳くせーガキの裸なんざ、これっぽっちも興味ねーよ!」


「な……っ! だっ、誰が乳臭いのよ、失礼ねッ! 私、もう十七よ!?」


「十七なんざまだまだガキだろーが! あんたが素っ裸で横切ったとしても、興味持つのは幼児趣味の変態ヤローだけだろうぜ!」


「なっ、幼児――っ?……むぅぅ~~~っ。誰が幼児よ、誰がぁああッ!?」


 完全に頭にきて。

 イサークをにらみつけながら、私はギリギリと奥歯を鳴らした。

 彼は目と眉を釣り上げ、腕を組んでそっぽを向く。


 雪緋さんはと言うと。

 困惑した表情で、私とイサークを交互に見つめていた。


「フンっだ! まったく興味ないって言うなら、早く向こう行きなさいよ!」


「言われなくても行くってーの!――じゃあな!」


 イサークはくるりと背を向け、きた道を大股で戻って行く。

 雪緋さんはこちらをチラリと窺ってから、一礼して彼の後を追った。



(……もう! 幼児って何よ!? 誰が幼児だってーのよ!……まったく、イサークのヤツぅ~! ほんっと失礼しちゃうんだから!)


 心でブツクサ文句を言いながら。

 一応辺りを窺いつつ、私は素早く服を脱いだ。

 それを適当にたたみ、下着をくるんだタオルと共に、岩の上に置く。


 川辺まで近付き、足で湯加減を確かめると。

 私はバシャバシャ音を立て、滝壺付近を目指して身を沈めて行った。

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