目指せ、川の温泉!
よほど温泉に行くのが楽しみだったのか。
自分でも驚くくらい、今朝はパッチリと目が覚めた。
もともと寝付きも寝起きもいい方だけど。
起きた後は、しばらくボーッとしちゃってる私なのに。
部屋がほんのり明るくなってきたと同時に飛び起き、気が付いた時には、すっかり身支度を整えていた。
ワクワクする気持ちを抑えきれず、障子を勢いよく開く。
ギョッとしたように振り向いた雪緋さんに、私は笑って挨拶をした。
「おはよう、雪緋さん! 温泉――っじゃなかった。えーっと、なんて言ったっけ?……あっ、そうそう! 神の憩い場! 神の憩い場には、もう行ける? 私の方は、すっかり用意できてるんだけど!」
足元には、ザックスから持ってきたタオル(のようなもの)と替えの下着。
もちろん、下着は外から見えないように、しっかりとタオルでくるんでいる。
それから、髪や体を洗う、乳白色の液体。
ザックスには石鹸がないらしく、これを入れたお湯の中で、体も髪も洗うスタイルなんだよね。泡の立たないバブルバス、って感じ?
これも一応、持ってきてはいるけど……。
液体の成分が何だかわからないまま、川で使うわけには行かないか。
セバスチャンに『この液体って何からできてるの?』って訊いたら、よくわからない植物の名前とかが、たくさん出てきちゃって。
覚えるのも面倒だったから、『まあいっか。毒ではないだろうし』って、確かめるのは諦めちゃったんだよね。
――ってことで、仕方ない。
滝をシャワー代わりにするしかないか。
キレイなお湯で、洗い流すだけにしておこう。
低めの滝ってことだから、滝行みたいにはならないと思うんだけど……。
う~ん、どうかなぁ?
……まあ、とにかく。
行ってみなけりゃわからないよね!
私は遠足前日の小学生みたいな気持ちで、雪緋さんと共に川の温泉――神の憩い場に向かった。
「えっ? なんでイサークがいるの?」
御所から出て、山の奥に向かおうとしていた先に、何故かイサークが立っていて。
私の顔を見るやいなや、『なんでいるの? じゃねえッ!』と怒鳴りつけてきた。
私は両手で耳を押さえ、
「ちょ……っ、なんなのよ!? 朝っぱらから大声で!」
ちょっとムッとしながら文句を言う。
すると彼は、真っ赤な顔で私をにらみ、さらに声を大にして言い返してきた。
「うっせーッ! 昨夜俺と冷血眼鏡が、どんだけ長いこと山ん中捜し回ったと思ってんだ!? こっちの気も知んねーで、ニヤニヤ笑って歩いてきやがって!」
……え?
昨夜……イサークと先生、私のこと捜してくれてたの?
どんだけ長いこと、って……。
まさか、萌黄ちゃんと私が見つかった後も、二人で、ずっと……?
事実を知らされ、私の心は、みるみるうちに罪悪感で塗りつぶされて行く。
「ごめんなさい。二人にも知らせが行ってたなんて、思わなかったから……。でも、あの……どれくらい捜してくれてたの?」
胸の前でタオルをギュッと抱きながら、おずおずとイサークを見上げる。
私が素直に謝ったことで、多少怒りが収まったのか、彼は声のボリュームをしぼり、
「どれくらいって……んなん、知るかよ。とにかくずーーっとだ、ずーーーっと!」
投げやりに言い放つと、腕を組んでそっぽを向いた。
「そっか。そんなに……。ホントにごめんね。二人の貴重な時間、奪っちゃってたなんて……」
私ったら。
知らなかったとは言え、二人が必死に捜し回ってくれてた頃には、たぶん……『明日は温泉だー』なんて、一人で浮かれてたんだよね。
うぅ……。恥ずかしい。
出会って早々、イサークが怒鳴るのも当然だよ……。
申し訳なくて、イサークに顔が見えなくなるくらいまでうつむいた。
「な――っ! べっ、べつに、そこまで落ち込むことねーだろーが!」
とたん、面食らったようなイサークの声が降ってきたけど、私は顔を上げられなかった。
昨日、カイルに道案内してもらって、私と萌黄ちゃんが御所に戻った時。
紫黒帝も、御所の他の人達も、あんなに大騒ぎしてたんだもの。
当然、私の従者(ってことになってるだけだけど)のイサークと先生にも、すぐさま連絡が行くに決まってるよね。
……そんな簡単なことにも、思い至れなかったどころか。
二人のことも一切気にせず、ぐっすり眠っちゃってたなんて……。
やっぱりダメだな、私。
ここに先生がいたら、『君には、時期女王になるやもしれぬという、自覚が足りない』って、思いっきり叱られちゃってたに違いないわ……。
いろいろ考えていたら、どんどん落ち込んで行ってしまって。
とうとう、涙までにじみそうになった私の頭上に、鈍い衝撃が走った。
「痛っ!」
片手で頭を押さえ、反射的に上を向く。
そこには、右手を手刀にし、呆れたような困ったような、微妙な顔で私を見つめるイサークがいた。
「いっ、イサークさん! 姫様に、なんと恐れ多いことを……っ!」
隣では、青い顔をした雪緋さんが、私とイサークの間で、視線を行ったり来たりさせている。
イサークは、雪緋さんを無視して腕を組み直すと。
「……ったく。いつまでも下向いてんじゃねーよ、あんたらしくもねえ。反省してんならそれでいーってーの。こちとら、クドクドと説教してくる陰険眼鏡とはちげーんだからよ」
「イサーク……」
「おらっ、わかったらシャッキリしろ! 神のナンタラってとこに行くんだろ?……雪緋! ボーっとしてねーで、サッサと案内しやがれ!」
照れくさそうに言い放ち、イサークは先に立って歩き出した。
(……え? 結局、イサークも行くの?)
――なんて思いながらも。
私はクスリと笑みをこぼし、慌ててイサークの後を追った。