もたらされた朗報
どれくらい話していたのか、正確な時間はわからないけれど。
結構いろいろな話をした後、藤華さんは雪緋さんと共に、自室へと戻って行った。(雪緋さんは藤華さんを送り終えた後、私の護衛についてくれるらしい)
藤華さんとの話の中で、一番意外だったのが。
彼女が貴族出身ではない、ということだった。
彼女は平民として生まれたものの、幼い頃から不思議な能力があった。
そのため、お母様の夢見の力(予知夢)によって見つけ出され、後継者候補として御所に迎えられたのだそうだ。
なんでも、次の巫女姫を見つけ出すのも、巫女姫の役割のひとつだとかで。
巫女姫を指名できる権限も、巫女姫にしか与えられておらず、次の巫女姫が見つかるまでは、役目を終えることができないということだった。
「えっ? 巫女姫って、もともと不思議な能力をそなえてる人だけが、なれるんですよね? そんなすごい人、世の中に何人もいるものなんですか? それに……どれだけ探しても、能力のある人が見つけられなかったらどうするんですか? 亡くなるギリギリまで役目を務められたとしても、次の人が見つけられないうちに亡くなってしまったら、終わりじゃないですか。この国から、巫女姫がいなくなってしまいますよね?」
私の質問に、藤華さんはニコリと微笑んで。
「おっしゃるとおり、歴代の巫女姫は、不思議な能力がそなわった方が多かったそうですけれど。巫女姫に選ばれる条件は、〝不思議な力がそなわっているかどうか〟のみではございません。もちろん、そなえているに越したことはないのですけれど、極端なところを申しますと、まったくなくとも構わないのです。かくいうわたくしも、そなえている能力など些細なものですし……」
「えっ、そーなんですか!?」
「……ええ。わたくしの能力は、〝人ならざるものの気配を感じる〟こと。ただそれだけなのです」
「人……ならざる、もの?」
「はい。人ではない何かのことです。もののけや……そうですわね、神も――〝人ならざるもの〟のうちのひとつ、だと思いますけれど」
「ええっ、神様!? 藤華さんは、神様も見えちゃうんですか!?」
ビックリして、思わず大声を上げてしまったら。
藤華さんは困ったように微笑して、
「いいえ。見るではなく、感じる、ですわ。ほんの少し、気配を感じることができるだけなのです。……紅華様は、神様をご覧になることも、お話することもできたそうですけれど……」
「えええーーーッ!? お母様ってば、そんなことまでできたんですか!?」
驚きすぎて、スットンキョウな声が出た。
お母様ってば、すごすぎ!
雪緋さんから、予知夢のことなんかは聞いてたけど……。
まさかまさか、神様を見ることも、話すこともできただなんて!
……ん?
でも、この国の神様って……?
私の国の神様は、一応、桜の木ってことになってたんだよね?
……や。正確に言うとちょっと違うか。
桜の木に長年住み着いていた意識体? みたいなものが、神様って呼ばれるようになった――ってだけなんだっけ。
だけど、神様は桜さんに会うために、私が元いた世界に行っちゃったから……。
私の国には今、神様はいない……ってことになっちゃうのかな?
それでも、まあ……人間には普通、神様は見えないから。
実際そこにいようがいまいが、いるって思ってさえいれば、いることにはなるんだよね。
なるんだろう、けど……。
お母様が神様と話せた、っていう話が本当なら。
この国にも、ザックス王国の神様みたいな存在がいる、ってことになるよね?
藤華さんは、姿までは見えないみたいだけど、気配を感じることはできるそうだし。
この国の神様、か……。
いったい、どんな存在なんだろ?
さすがに、ザックス王国の神様みたいに、子供の姿はしていないだろうけど。
見られるものなら、いつか私も見てみたいなぁ……。
……なんて。
一人の部屋で妄想にふけっていたら、萌黄ちゃんがやってきて。
隣の部屋(ここが寝室ってことらしい)にあった、大きなすのこベッドみたいなものに布団(?)を敷き、ベッドメイクっぽい作業を終えてから、『それでは、本日はこれでしつれーします。おやすみなさいませ』と言って戻って行った。(彼女はこれからが〝ゆうげの時間〟なんだろう)
萌黄ちゃんの手際の良さに、ひたすら感心していたら、今度は雪緋さんが戻ってきて。
障子の向こうから、『私はここで控えておりますので、どうかご安心ください』と告げ、こちらに背を向けた。(障子があるから、見えるのは影のみなんだけど)
彼は私がこの国にいる間中、寝ずの番をしてくれることになっている。
寝ずの番なんてと、イサークの時と同じように、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまうけど。
慣れなきゃいけないことだっていうのは、わかってる。
私はザックス王国の姫って立場で、これからもずっと、護られる対象でい続けなきゃいけないんだろうから。
でも、それでも――。
姫じゃなかった期間が、十年もあるんだもの。
すぐに慣れろって方が、ムリだと思うんだよね……。
ため息をつきつつ、障子越しの雪緋さんの影を見つめる。
廊下に立つ彼の姿は、いつも以上に大きく見えて頼もしい。
……ハァ。
夜はまだ始まったばかりだし、眠気が襲ってきているわけでもないけど。
護られ続けていることに罪悪感を抱きながら、ここでボーッとしているのも不毛だよね……。
寝るにはまだ早い時間だ(と思う)けど、特にやることもないし、今日はこのまま寝ちゃおうかな?
お風呂に入らないまま眠るっていうのも、なんだかモヤモヤしてしまうけど。
この国には、まだお風呂ってものが存在しないんだから、仕方ないよね……。
――と、さっきまでは思っていた。
でもでもっ、藤華さんに聞いたところによると。
山の奥の方にはキレイな川が流れていて、低いけど、滝もあるそうなんだよね。
しかもその滝、上流の方にある源泉が川と合流して、落ちてきているところなんだって!
川底からも、ポコポコ温泉が湧いてるところがあるんだって!
これってもう、あれでしょ!
温泉! 川の温泉以外の何物でもないでしょ!
私はもう、大興奮して藤華さんにお願いし。
好きな時に温泉に入っていいという、約束を取り付けることに成功した。(この場所は『神の憩い場』と呼ばれていて、巫女姫のみが好きに使っていいことになっているそうだ。ちなみに、萌黄ちゃんが案内しようとしてくれていた場所もここ)
今日はもう、外は真っ暗で危ないから、明日の早朝以降――ってことで、話はついたんだけどね。
滝壺のある辺りまでは、雪緋さんが案内してくれることになってるの。
あーっ、嬉しい~っ!
めーっちゃ久しぶりに、ゆっくりお湯に浸かれる!
川の温泉がどのくらいの温度かはわからないけど、適温だったら最高だな~。
私は期待に胸を膨らませ、ニマニマ笑いを浮かべながら、すのこベッドに横になった。